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[やれたかも委員会]フルスイング

両毛線に乗ってたんです。
あの、栃木にあるローカルの路線。

当時、僕は栃木でも有数のマンモス高校に通っていました。
その高校では、生徒会に所属していて、そこに彼女は居ました。

名前は田中・ミレイユ・フェリア。
みんなはフェリって呼んでました。

本人の努力もあるのでしょう。クォーターで、名に恥じぬ美貌を持っていました。
制服は紺のブレザーにグレーのチェックスカート。
髪はゆるふわのロングで、スタイルが良く、ただ、女性らしい柔らかな体つきのセクシーさも持ち合わせた女の子でした。

完璧でした。
「マンモス高校のマドンナ」
それが僕の中の彼女の印象です。

僕は当時から、おちゃらけでしたから、彼女が生徒会室に居ると、「あれ?天使がいる……!?あっ、違うか。フェリか。なんだよびっくしたぁ!あまりに綺麗だから、天使がいるんのかと思ったよ」なんて言っていました。
これは当時人気だったドランクドラゴン塚地の一発ギャグのパクリでした。

そんな事を言うと、彼女は決まってお腹を抱えて笑って「褒め過ぎだよ~」と喜んでくれたんです。
彼女はキリシタンでしたら、「危なかったぁ。神のご加護受けるところだったよ」などと追加し、さらに笑わせたりしてました。

僕はそんな彼女の笑った顔を見ることが好きでした。その笑った顔が、彼女の持ついろいろな表情の中で最も可愛かったのです。今でもしっかりと覚えています。

ある日、そんな彼女と、帰りに一緒に帰ることになりました。
車内で横並び、まばらに高校生が乗っていました。
同じ高校の生徒も多かったのですが、近くの工業高校の生徒も乗っていました。

やはりマンモス高校トップの美女とあって、界隈のカーストの頂点、車内の視線はいつも彼女に釘付けでした。
よくヒソヒソ声で「あの子、可愛くね?」「やりてー」などと囁かれていました。

でも、意外にもフェリは、そう言う事を言われると、耳を赤くして気づかない振りをしていました。
まさかの処女で、シャイなタイプだったのです。

僕はその時、彼女の耳が赤くなっているのに気づいていましたが、その事をうまく茶化すことはできませんでした。
そうです。僕も童貞で、なんやかんやシャイでした。
そんな外野の声に対して、僕も「同意です。超やりたいです」と思っていました。

僕らは共通の話題はあるもの、その日はあまり盛り上がらず、二人でぼんやりしていた時、工業高校の男子が近づいてきました。

「ほら、言えよ。自分で」

「えっと、自分とメアド交換してもらってもいいすか?」

まさかのナンパでした。ナンパって突然なんですね。何の予感もありませんでした。少なくとも僕は近づいて来そうな事に気づいていませんでした。
危なかったです。ここがサバンナだったら捕食されていたところです。

フェリは僕の事をチラッと見て、困った顔をした後、話しかけて来た彼に向って「え~いいよぉ~」と言いました。

ギャルっぽい言い方でした。

「あざっす!」
彼は喜んで、フェリとメールアドレスを交換しだしました。

彼の友人達も「やったやんけ!」「おぉ!」などと口々に盛り上がっていました。
その一人が僕に「ちなみに彼氏さん?」と聞いてきました。

僕は「いやいやいや、そんなわけ」と言いました。
フェリは携帯電話から目を離し、僕の事を見つめてきました。
1秒チョット。この時はなぜ見られたのかわかっていませんでした。

「どうして止めてくれなかったの?」

彼らが去った後、彼女は僕の顔を覗き込むように囁きました。
その瞬間、僕は頭が真っ白になりました。
まさか、そんな事を言われるなんて思っていなくて、

「僕が……なんでさ……僕みたいなのが」

「止めて欲しかった」

そう彼女に言われました。この時、初めて僕は自分の間違いに事に気づきました。
彼女は僕の事を恋愛対象として見ていたのです。
そんなことにも気づかないで、「マンモス高校のマドンナ」「生徒会に住む妖精」なんておちゃらけ、崇拝して、恋愛対象外としていました。
なので、肝心なところで、こんな大事なところで「男」を出せなかったのです。

その後、彼女が最寄りの駅で降りるまで、ほとんど会話はありませんでした。
僕は終点の駅に着いても、車掌から話しかけられるまで、電車から降りる事ができませんでした。

僕が「いやいやいや、そんなわけ」と言ったところが、最大の失敗だったと気づいたのはずっと後の事です。

今ならわかります。僕は外野ではなかった。
今ならば、あの瞬間が9回裏満塁フルカウントの逆転ホームランのチャンスだったとわかります。
いや、もっと簡単だったかも。
ストレートが必ず来るとわかっていたはずです。
だから、当たっても当たらなくても良いから、ボールをよく見て、練習通りフルスイングすべきでした。

「いや、おれの好きな人に声かけるのやめてもらっていいですか?」
このセリフを言うべきでした。

今、こうして35歳になって、リビングから子供達の笑い声が聞こえくる中、仕事部屋でコソコソこれを書いています。
もちろん、フェリとの子ではありません。
たらればとなりますが、あそこでフルスイングしていれば、あの絶世の美女と「やれたかもなあ」と思うのでした。

おわり

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