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短編小説『いつもじゃない』

 スマホのアラームを止めて数分後、起き上がると大きく伸びをしてベッドを抜け出す。裸足で踏むフローリングはいつも他人行儀で、ひんやりと冷たい。キッチンでグラス一杯の水を飲んで、トーストを焼いた。お決まりの朝食を食べて、意味もなくスマホの画面をスクロールする。今日もいつも通りの休日か。窓越しにベランダを見ると、セキレイが物干し竿に止まっていた。いつも通りじゃない休日、もいいかもしれない。  私はクローゼットの奥にしまいこんでいたアイボリーのワンピースを身に纏って、いつもよりふん

    • 短編小説『花を育てられる人だから』

      「きみは、花を育てられる人だから」  彼はそう言って、煙草の火種を潰した。振り返らずにドアを閉めた背中の残像だけをぼんやりと眺めながら、「正確にはリトルシガーっていって、葉巻の一種なんだよ」なんて笑った彼の、薄い唇を思い出す。細くて茶色いブラックジャックは、骨張った白い手によく似合っていた。  鎖骨に薔薇のタトゥーを彫っているくせに、彼は花を育てられない人だった。水をやりすぎて、いつも腐らせてしまう人だった。灰皿に捨てられた長いままのそれを手にとって、彼が置いていったライ

      • エッセイ『誓いのような祈りをこめて(大好きな彼らのライブについて)』

        大好きな人たち。大切な音楽。かけがえのない空間。遠いな、と実感してしまったこと。ホテルについてから、しばらく泣いた。 彼らのライブ空間にはいつも、喜怒哀楽すべての感情が存在している。 大好きな人たちと同じ空間に存在できることを喜ぶファン、生で顔が見られたことを、生でその声を聴けたことを喜ぶファン、熱狂と陶酔が入り乱れた歓喜の熱さ。 はたまた大好きなメンバーからファンサがもらえなくて怒っているファン、マナーが悪いファンに怒っているファン、銀テープの取り合い、周囲の声がうる

        • 短編小説『敗北エンカウンター』

           悔しい、悔しい、悔しい。ずっと悔しい。その悔しさに勝ちたくて、頑張ってきたつもりだった。  昇降口を出れば、憎たらしいほどの晴天。燦々と降り注ぐ太陽の光を睨みあげてため息をつく。なんで私が。期末テストの順位が記された紙の白さだけが脳裏にこびりついて消えない。数か月前から毎日こつこつと勉強を続けてきた結果は2位だった。友達に褒められても、私は全然嬉しくない。どうして、どうして、そればかり頭のなかでぐるぐるする。教科書を詰め込んだリュックが重い。  私は、1位になれなかった

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        短編小説『いつもじゃない』

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        記事

          旅行記『ひとり福岡編、1日目』

          2月3日、午前11時過ぎ。数年ぶりに乗った飛行機で羽田空港から発つ。ときおり横に揺れたり不安定に降下したりするたび、ぎゅっと手を握りしめて目を瞑った。福岡まで生きてたどり着けるだろうか。死ぬときは乗客もパイロットさんも乗務員さんもみんな一緒だ。でも、一緒だからといって怖さが消えるわけではない。怖い、という感情が人数分増えるだけだ。 飛行機の窓から見える景色を眺めていると、自分ひとりの存在って本当にちっぽけなんだよなぁ、なんて改めて実感してしまう。スカイマークは機内サービスで

          旅行記『ひとり福岡編、1日目』

          短編小説 『きらいなピンク』

           ピンクのクマのぬいぐるみ。ピンクのハートのネックレス。ピンクのショルダーバッグ。二十才の誕生日に届いた、ピンクベージュの三つ折り財布。私が幼いころにお母さんと離婚したお父さんは、いつまでも私のことをピンクが好きな女の子だと思っている。誕生日になると毎年決まって届く段ボール箱、そのなかに入っていたピンクのプレゼントは、今ではほとんど押入れの奥。久しぶりに引っ張り出して眺めると、ピンクはピンクでもそれぞれ色が違うことに気づく。唯一色の主張が控えめな三つ折り財布が、いちばん使いや

          短編小説 『きらいなピンク』

          エッセイ『勉強って、こんなに楽しかったっけ!?』

           高校1年生の10月、私ははじめて勉強を好きになった。マークシートを埋めていく手が止まらない。ペン先が紙の上を滑る音を聞きながら、今ならどんな難問でも解けてしまいそうな全能感に満たされる。思わず笑みがこぼれてしまいそうなほど、わくわくした。勉強って、こんなに楽しかったっけ!? 私の変化に誰よりも驚いたのは、私自身だった。  小中高、課題やテスト勉強はそれなりにこなして、赤点を取ったことは一度もない。だけれど、勉強を楽しいと思えたことは一度もなかった。人から課されたものをただ

          エッセイ『勉強って、こんなに楽しかったっけ!?』

          短編小説 『鈴の音のイヴ』

             シャンシャンシャン、鈴の音が聞こえたあの夜を思う。似合わないサンタ帽をかぶった彼の面影が、暗い部屋の天井にゆらりぷかりと浮かんで消えた。隣に寝転ぶ横顔に指先で触れて、少しだけ笑う。大人になったらサンタクロースはやってこない。私もずっと、そう思っていた。  今日は眠れそうにないな、という感覚とは仲良しだから、すぐにわかる。がんばってもどうしたって寝つけない夜というものは、諦めて朝を待つしかない。そういえば今日は、12月24日だった。クリスマスイヴだなぁなんて思う暇もない

          短編小説 『鈴の音のイヴ』

          冬の海辺|短歌

          さざなみに洗われ転がるまるい石 蹴飛ばし届くか遠く灯台 波打ち際、走り去る大型犬 しっぽの影がゆらゆら揺れる 髪をさわる 風が吹いては何度もさわる 意味はなくとも必要だった 地平線、コートの裾がなびいて消える 小舟の青、灯台の白 つよく吹く潮風に目がしみる 滲んだ目尻はそのままでいい 焦がれていた、ファインダー越し橙の陽 輪郭ぼやけて夢うつつ日和 さよならと言わないままで手を振った 絡まる髪に潮の残り香 冬空に滲む月光 針の色 わたしの真ん中ちくりと痛い おま

          冬の海辺|短歌

          短編小説『先生の左手』

           大学の心理学部に入学して二年。毎週金曜日、実験心理学の授業のあと、羽藤先生の研究室に入り浸ることは私の日課になった。廊下を歩きながら、今日の授業で学んだ「心理的リアクタンス」について頭のなかで反芻する。やってはいけないと禁止されたことほどやってみたくなる、やりなさいと強制されたことほどやりたくなくなる、外的な理由によって失われた選択肢を魅力的に感じる、といった現象を説明する概念が心理的リアクタンス。禁止されるとやりたくなる現象は、「カリギュラ効果」としても有名だ。私はこの現

          短編小説『先生の左手』

          ほろ酔い日記 2023/10/22

          今日は珍しくポジティブ(ハイ)だった。ハイパー躁だっただけかもしれないけれど嬉しい。こういう日があるからどうしようもなく死にたい日もどうにか乗り切れている、と思う。 ここ最近はずっと対人関係に悩んでいた。悩みの全ては対人関係から生じる、というアドラーの説もあるし、私はそれをなかば信じてきた。実際そんな感じの月間だったかもしれない。 人に嫌われるのが怖くて嫌なことを嫌だと言えない、私は自分が好きではないから不安で、好いてもらいたいと願う。そして空回って、大切にしたいと思えば

          ほろ酔い日記 2023/10/22

          エッセイ『憧れの靴』

           中学1年生のころから、憧れていた靴がある。メゾン・マルジェラのタビブーツだ。タビブーツを履いている人を街中で目撃した瞬間、私はどきっとして、その靴に魅了されてしまった。いつか私も、あのブーツを履いて街を歩いてみたい。あの靴にふさわしい自分になれたら、買いに行こう。私は、タビブーツを買うための貯金をはじめた。  19歳の春、私は進路を変更した。大きな転機だった。めまぐるしく変化する環境のなかで、私はふとあの靴のことを思い出す。「あの靴にふさわしくなれたかどうかはわからないけ

          エッセイ『憧れの靴』

          エッセイ『日記を書いて、感情を可視化する』

           私は1年ほど前から、毎晩日記を書いている。日記を書き始めたきっかけは、自分の感情を正確に認識するためだった。私には、物事と感情を切り離して捉え感情を蔑ろにしてしまう癖がある。たとえば「道端で転んだ」という出来事があったとしても、「そういうことがあった」という事実しか感じないようにしてしまい、本当は「痛い」や「恥ずかしい」などと感じていたはずなのに感情が出来事と乖離してしまっているのだ。私はこの癖を直すために、日記を書くことで自分の感情に着目してみることにした。  日記とい

          エッセイ『日記を書いて、感情を可視化する』

          月をみるたび、元気だろうかと思い浮かぶひとのこと|短歌

          おなじ月、あなたは見上げていましたか。降り注ぐのは、月までの距離 やわらかく静かに浮かぶ月のなか映るまぼろしあなたの瞳 雲隠れ 見えなくなって手を伸ばす 光のなかに立っていた彼 天高く飛んだあなたの後ろ髪 月に届いて秋夜を包む 煌々とひかる彼の生き写し 今夜だけは空に住みたい こんばんは、生きていますか。空に問いかけ、深呼吸する

          月をみるたび、元気だろうかと思い浮かぶひとのこと|短歌

          どうにもならない日

          覚えたてというほどでもないけれど、吸い慣れているわけでもない煙草を吸う。ミントが好きだからメンソールは吸いやすい。依存しそうで怖いから、重い銘柄は吸わないようにしている。そんな足掻きもそのうち通用しなくなるのだろうなと思いながら火を消した。自分が思っていたよりも私は弱かったな、ということに気づく。 あのころの母は、あのときの父は、寄りかかるものがほしかったのだろうか。思考回路を鈍らせる嗜好品なしには、日々に耐えられなくなってしまった。寄りかかるものがないと生きていけない、思

          どうにもならない日

          短編小説『万華鏡をみているみたい』

           万華鏡をみているみたい。初恋はそういう、魔法だ。  使い古した有線イヤホンをして、再生ボタンを押す。つくりものの声がつくりものの恋を歌う、それなのにどうしてか私のこころは揺らぎ、今日も生き生きて痛みを感じている。  初夏の湿り気に項垂れながら立ち寄ったコンビニ、覗き込んだ色とりどりのアイスたち。あのころ鮮明にみえていた世界と今私が眼差す世界は、なにか変わってしまったのだろうか。不意に引き戻されて鼻の奥がつんとするような、そんなきっかけが多すぎる。もやがかかってしまった、

          短編小説『万華鏡をみているみたい』