見出し画像

ほろ酔い日記 2023/10/22


今日は珍しくポジティブ(ハイ)だった。ハイパー躁だっただけかもしれないけれど嬉しい。こういう日があるからどうしようもなく死にたい日もどうにか乗り切れている、と思う。

ここ最近はずっと対人関係に悩んでいた。悩みの全ては対人関係から生じる、というアドラーの説もあるし、私はそれをなかば信じてきた。実際そんな感じの月間だったかもしれない。

人に嫌われるのが怖くて嫌なことを嫌だと言えない、私は自分が好きではないから不安で、好いてもらいたいと願う。そして空回って、大切にしたいと思えば思うほどぞんざいに扱われるようになる。そんなことばかりを繰り返して心身をすり減らして、また悲劇のヒロインかよとひとりごちている。見返りを求めていたわけではないはずなのに、大切な人には大切にされたかった。そんな虚しさだけが残る。(友達関係の話をしています←恋人に捨てられたの?と勘違いされた人)

ありがとうとごめんねって大事だよね。そんな些細で重要でかけがえのないことが共有できなくなってしまったとき、とても悲しくなる。そういうとき、私はありがとうって思うよ、ごめんねって言うよ。それがすれ違ったとき、もうだめなんだなと悟って割り切れないまま諦める。ただ、あなたはどう思っているの?と聞けたならよかったのに。

この2日間は遠隔のスクーリングを受講して、とても有意義な時間だった。スクーリング終わりには最近はまっている二階堂のソーダ割りを飲みながら煙草を吸って趣味の小説を書く。本当に楽しい。ひょんなことから新たなネッ友もできた。もともとLINEを返すことは苦手だと思っていたのに、なんだか楽しい。こういうイレギュラーなライフイベントによって自分の価値観が変わる瞬間は心が踊る。変わっていくことも進んでゆくことも私は尊んでいたい。だけれど、それによって離れてしまった人もいる。さびしいけれど、元気でいてくれたらいいな。

今日は楽しかった。そう思えることがどれだけ幸せなことかを、私はちょっと知っているつもり。昔はできなかったこと、諦めざるをえなかったこと、叶わなかったことに取り組めている今が幸せ。浮き沈みの激しさは相変わらずだし自分に付き合いきれなくなってしまうこともあるけれど、こう思えた夜の感情を、そのとき頭のなかに湧いてきた言葉を拾い集めて、どうしようもない夜だって生き延びる。そうして私は進んでゆくのだと思う。

あからさまに悩むこと、つらいことを言葉にすること、それをかっこ悪いと思っていた時期があった。こいつ病んでるなって思われるのが怖くて口を噤んでしまうときがあった。だけれど今は、うだうだ悩んで地団駄踏んで、もがいて足掻いてかっこ悪く乗り越えてゆくのが私だと思っている。ありのままで不格好でしょうがない、それでも私は素直な私のままでいたいと思う。それを病んでいるだとかイタいだとか思われても、それが私だから、生きてゆくから、それでいいのだと今夜は思えた。

夕飯のクリームシチューがあったかかった。それだけでほっこりできたことを大切に、きっとまた悲しくなってしまう夜も、どうにかやり過ごしてゆきたいな。


2023/10/23


いただいたサポートは、より良い記事を書くための情報収集や執筆技術の向上に使わせていただきます!!!(そして私が幸せになります!!!)