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不登校の子供の母です

私がnoteを始めたのは、「なんとなく」でした。
その頃は絵を描くことがメインの創作活動だったので、その傍らで、文章でも形にしてみようかな、程度のものでした。

noteを書き始めて約2ヵ月半経過しましたが、その間、私の中で様々なことが変化していきました。
創作のメインが絵から文章になったことについては、以前記事に書きましたが、

その他にもいろいろな考え方に変化がありました。

その上で、
noteを始めた当初は絶対に書くことは無いと決めていたことを、書こうと思いました。
数日、悩みましたが、何らかの強制力や義務感が働いていないか、正直に思っていることなのか、自分に確認して、書くことに決めました。


別に有名人でもなければ、何百、何千とフォロワーがいる立場でもないので、そんな重大な発表みたいにすることはないんだけども。
てゆうかタイトルに書いちゃった。


私には2人の子供がいます。
9歳長女と、6歳次女です。
彼女たちは、不登校です。完全不登校ではなく、現在は平均して週に2日程登校しています。
登校がとても不規則なので、私は仕事をしていません。


noteには、子供たちのことを書かないと決めていました。
その理由はいくつかあって、
まず第一に、noteやその他のSNSを私が活用する目的は、
「母親以外の自分のアイデンティティの確立」にあったからです。
私は「母親である」自分と切り離した、自分の場所が必要だと考えていました。
その表現の方法として絵を描くことをしていましたが、noteを始めて、絵を描くことよりも文章を書くことの方が、自分を表現したり、伝えたいことを正直に伝えていける手段であることがわかり、これまで楽しみながらnoteを続けてきました。

当初はこんなにたくさんの方から読んでいただけたり、リアクションをいただけると思ってはいなかったのですが、たくさんの方々から温かい言葉をかけていただいたり、交流をしていく中で、
ネット上の私の人格が、「母親以外のアイデンティティ」から、「私そのもの」へと変化していきました。
これは私の記事を読んでくださったすべての方のおかげだと思っています。
ありのままの、正直な自分を受け入れてくれる、noteという街の温かさであると思います。

しだいに、私の日常である「母親である」こと、子供たちのことを、書かないことが不自然に感じてきました。
自分を表現する場所だから、包み隠さず書かなきゃいけないとか、自分が何者かを明確にしなければならない、などとは思いません。表現も、自己開示も、自由に自分の思った通りであれば良いと思います。
私自身が変化する中で、読んでくださる方や、私の家族、そして何より自分に対して、正直ではない気がしてきたのです。


2つ目の理由として、私自身の生い立ちがあります。
noteを始めた当初から、「毒親育ち」であることは明確にしていました。
それは、私自身がその回復からの途上であったので、そのことについて発信することが必要だったからです。
毒親育ちであること、そのことに向き合って気付いたことなどを、言葉にして表現することが私にとっては必要でした。


私が恐れていたのは、
子供たちが不登校であることで、毒親育ちの私は結局子供たちにもその毒を連鎖させていると思われることでした。

他人からのジャッジや、人にどう思われるかを気にしていました。

毒親育ちであることが、子供たちの不登校の要因であると思っているわけではありません。

ですが、つい最近まで私は、自分を嫌い、自己否定を繰り返していました。
自分に対する寛容の心も、自分に対する本心からの信頼も、不足していました。

子供たちが生まれてから、愛情を持って育ててきたつもりです。ですが、自分に対する寛容も信頼も愛情も不足して、内心で自己否定を続けていた私が、子供たちに寛容と信頼と愛情を与えられていたのか、正直自信がありません。


繰り返しますが、不登校の要因が親にあるとか、毒親育ちの子育てが十分でないと思っているわけではありません。
あくまでも、自分の子育てに対して、思うことです。


不登校の要因は、生まれ持ったその子の特性や、外的な要因など、実に様々です。要因も一つではなく、様々な要素が複雑に絡み合っています。
娘たちも、私に似たのか、とても繊細な感受性を持っています。
その繊細さも、学校という集団生活に恐れを抱く理由のひとつだと思います。

現在4年生である長女は2年生の頃から、学校へ行けなくなりました。
詳細はここには書きませんが、紆余曲折を経て、今は週に2日程度、2~4時間のペースで通っています。
次女も、お姉ちゃんが休むと一緒にお休みしています。


これまで、とても悩んできました。
色んな方や、色んな所に相談したし、たくさん本も読みました。
精神的に追い詰められてしまうこともありました。

そんな中で、私が強く感じたことは、
【私は私の人生を生きなくてはいけない】
ということでした。

私が自分の人生を楽しめていないのに、どうやって子供たちに人生を楽しく生きることを教えられるのだろう、と思いました。

そのために、自分だけの時間を持とう、「母親である」以外の、自分を確立しよう、しなければ、という想いに駆られ、自分の内面と深く向き合い、自分の声を聞き、自分のやりたいことを探求するようになったのです。


これは結果的には、私をとても良い方向へと導いてくれました。
私は絶えず自己否定を続けていた自分に気付き、自分を受け入れ肯定する作業を行いました。
有料記事になりますが、詳細はこちらに書いています。


このことをnoteに書こうと決めたきっかけになった時のことを書きます。


私は普段、朝5時半に起き、身の回りのことを整えたり、一人の時間を持つようにしています。
低血圧の私は朝起きてからエンジンを温めるのに時間がかかります。
ぼーっとしたり、noteを読んだりいろいろですが、この時間は自分にとっては大切なものです。
子供たちが学校へ行く日は、教室まで送り届けなければいけないので、万全の体制を整える為でもあります。


その日も、朝起きて、カーテンを半分開け、ソファーに座りました。

前日は、子供たちは二人とも学校へ行き、寝る前には、「明日学校に行くのが怖い」と話していました(毎日ですが)。
昨日の疲れもあるし、今日は行けないかも知れないな、
そんなことを考えていた時です。

ふと、


「不登校って、問題なんだろうか。」


と思いました。


長女は学校に行けなくなった当時は、宿題も勉強も家でできませんでした。
”学校”を連想させるもののすべてが娘の気持ちを辛くさせたので、その頃はYouTubeやゲームなど、ただ好きなことをして過ごしていました。

今は家で宿題も勉強にも取り組めるようになったので(ただしとっても時間がかかる)、午前中は家で一緒に宿題や勉強をします。

昼食を食べて午後は、自由に過ごします。
私はこの時間に家のことをしますが、家事をすべて放っておいてnoteを書いたりもするし、たまには宿題もほったらかして午前中から娘たちと遊びに行くこともあります。


こんな風に過ごせるようになったのは、ごく最近のことです。
それまでは、学校を休んで家でゲームをしている娘のことも、子供を学校に行かせることができない自分のことも、認めることができませんでした。


学校に行けない子供。
学校に行かせられない母親。
そんなことで価値は決まらないと頭ではわかっていても、心が追いつきませんでした。

不登校に向き合って、不登校の娘に向き合って、自分がダメな母親であるという気持ちをいつも抱えていました。


自分の内面と向き合って、自分の心の声を聞き、自己受容できるようになってからは、娘にも、自分にも、とても穏やかな気持ちを持てるようになりました。

家で子供たちと過ごす日常が、とても愛おしいものに変化しました。

姉妹喧嘩もしますが、家では長女も次女も、とても楽しそうにのびのびとしています。


「不登校」が問題であるならば、私たちのこの愛おしい日常は、「問題」ということになります。
彼女たちは「不登校」という「問題」を抱えた子供で、
私は「不登校」という「問題」を抱えた子供の親です。


果たして本当にそうなんだろうか。

この日々の愛おしい日常が、
この愛おしい存在が、本当に『問題』なんだろうか。


私にはそうは思えませんでした。

そして、「不登校」という「問題」は、私の中にあったことに気付きました。


不登校の子供の数が増加していると言えど、まだまだ「学校へ行く」ことがスタンダードで、多くの人の価値観も、「学校は行くべきもの」であると思います。私もそうでした。

そして不登校という問題の解決は、学校へ行くことであると多くの人は捉えていますし、社会の仕組みとしても、学校へ行けなければ不利になるように出来ています。

勉強だけではなく、様々なことに挑戦する場だったり、人との繋がりを持つ場だったり、学校が持つ役割は大きいと思います。家庭だけで子育てをすることにも限界があります。

ですが、不登校という問題の解決は、学校へ行けるようになることではなく、
その子が生きる道を見つけることにあると私は思います。

”見つける”といっても、将来の職業を定めるとか、そういったことではなく、
その子が持つ特性を理解し、その子がどうやったら社会の中で生きて行けるのか、その道を一緒に探すことではないかと思います。


その子が生きる道は、必ずあります。


ですがその為に必要なことが、必ずしも学校に毎日通うことではないかもしれません。

毎日学校へ通うことで、生き辛くなってしまう子も居ると思うのです。


私に出来ることは、娘たちをありのままに受け止め、
彼女たちの道があることを信じ、それを一緒に探すことだと思っています。


その為には私自身も、私の道を生き、自分を信じ、ありのままの自分を受け止めていくことが必要だと思うのです。


お母さんが幸せであることは、子供たちが学校へ行くことよりも、大事なことなのではないかと考えています。


娘たちの不登校は、そのことに気付かせてくれて、私が本当に自分の人生を歩むきっかけを与えてくれました。
できることなら、娘が生まれた時から私が自分を受容できていて、自分にも子供にも優しいお母さんであったなら、良かったのだろうと思います。
私は子育てにおいてとてもたくさんの間違いをしてきたと思います。
申し訳ない気持ちもたくさんあります。

だけど私のもとに生まれた娘たちと私にとって、不登校は、必要な出来事だったのだと思えてなりません。

娘たちと、私が、幸せに生きていく為に起こっていることだと、思えてなりません。

不登校が解決することが、ゴールなのではなく、

子供たちと一緒に試行錯誤しながら歩む一日一日が、宝物なのだと思っています。

その先には、彼女たちが自分らしく生きられる未来があるのだと信じています。


「不登校になって良かった」

と心の底から宣言することはまだ難しいかもしれませんが、

今、胸を張って堂々と言い切れることは、

「私は不登校の子供の母です」

ということです。



随分と長くなってしまいました。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。








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