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愛するには言葉が足りない

相手のこういうところが好きとか、あの癖が可愛いとか、言いたいことは幾らでも見つかるけれど、どうも言語化してしまうとしっくりこない。
だから、強いて言えば「愛してる」と換言するしかない。

言葉が足りない。
どれだけ相手を愛しているか、どれ程相手に支えられているか、それらを十全に伝える術は誰も知らないから、言葉は足りない。
この際、恋と愛のちがいなんて分からないままでいい。
好きだ。それ以外の感情はないし、要らない。

先日、好きなひとを泣かせた。
凜々しい眉が八の字になって、頼りなく不安そうな顔をしていた。泣きながら私の過ちを咎め、懇願し、骨が軋む程強く抱きしめてきた。
私は肩口にあるそのひとの頭を撫でながら「愛されている」と感じた。不謹慎だが幸せな充足感でいっぱいだった。このひとはこんな表情もするのか、と新しい一面を垣間見た気がして愛おしさに拍車がかかった。
それと同時に、身が擦り切れる程の凄まじい痛みに心臓を貫かれた。空いた穴から鮮血がどくどくと流れ出て、抱き合った私たちの足もとをじわじわと赤黒く染め上げていた。
好きなひとが自分のせいで悲しむことがあるなんて知らなかった。
好きなひとを自分のせいで悲しませることがこんなに辛いなんて知らなかった。
私は今、本気でこのひとを愛している。

過去にも好きなひとはいたけれど、相手に嫌われたくないという気持ちがいちばん大きい、一人よがりな自己中心的な恋愛だった。相手の辛さや痛みを想像したことすらなかった。

今、目の前には、目尻に滲む涙を指先でそっと拭ってやってもすぐにまた瞳を潤ませるひとがいる。
痛い、辛い、申し訳ない、泣かないで、行かないで、離れないで。
抱きしめても抱きしめても足りない。言葉も勿論足りない。
どうしたらいい。好きだ。ごめんなさい。愛してる。

愛を受け取る資格がないからと、彼からの好意をのらりくらりと躱しつづけていた少し前の自分に今の自分を見せてやりたい。
もう逃げても仕方ないよ、ここは心地よい沼だよ。おいで。
私はもう、彼からの好意を遥かに超えた好意を抱いてしまっている。そのことを伝えたら「分かってないなあ」と苦笑された。私が想定している以上に私を愛してくれているらしい。
まだまだ知らないことだらけだ。

愛されるのが怖かった。
愛されたらそれ相応のお返しを提供しなければならないと思っていた。他人に対する執着もあまりなく、卒業したらさようなら、みたいな淡泊な人間関係を築いてきた。
愛されるのを恐れるなら、ひとを愛することもできないだろう。
ずっとそう考えて生きてきた。無意識で寂しがっていた。
彼はそんな私に「君はひとを愛することができる人だ」と教えてくれた。

「君は愛されたらその分なにかお返しをしなきゃいけない、返せなくて申し訳ないから愛を受け取れないと思っているみたいだけど、そんなことはない。与えられた愛を拒まずただ受け取ることだって、愛を与える行為のひとつになる。だから君はもうすでにひとを愛せているんだよ」

すぐに不安になって早とちりして悪い方に考えてしまう私を見捨てずに、何度でも「大丈夫だよ」と笑いかけてくれる。
私は本当に、このひとが好きだ。
この気持ちを、この感動を夏のせいにはしたくない。
秋には海に行く約束をしているし、来年の春には京都旅行の計画も立てている。
有限だけれど、だからこそ終わりが来るその時まで愛していたい。
足りない言葉をかき集めて、精一杯の好きを込めて。
出逢えてよかった。生まれてきてくれて、生きていてくれてありがとう。
愛してる。

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