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等身大な自分へ

なにを不貞腐れているのか。

朝ごはんもろくに喉を通らず、お昼ごはんも食べなかった。
何もやる気が起きず、ひたすらに深夜ラジオを聴く。笑うことすらできない。笑いの感情が多少起こっても、ニヒルな笑い方しかできない。

自分の不甲斐なさが心に突き刺さりまくっている。
元はと言えば、自分への過信、過大評価。

明るくありたい。明るいことを書きたい。

俳優なのだから、もう少し演じればいいのだ。

無理やり笑ってみる。大きく笑ってみる。
すると胸のあたりにズシンとした重みと痛みが襲う。
そう考えると、心というのは胸のあたりにあるんじゃないかと思う。

ことばを書けば書くほど、自己解決されていく。

嘘をつくと胸のあたりが痛むのは呼吸が浅くなるからだと思う。
大きく笑うとなぜか泣きそうになって、呼吸が浅くなる。
呼吸が浅くなって、意識的に大きく息を吸おうとすると余計に自分の状況を思い知らされる。

いてもたってもいられなくなって、若林さんのエッセイを読む。

「(日本語ラップが)仕事も金もない20代に何度も腐った心に再び命を吹き込んでくれた~」
「ワクワクするためには、安全過ぎないことといつ来るか分からないことを引き受けなければならない」

前者のことばには「若林さんの心だって幾度となく腐ってきたんだよなあ」なんて失礼なことを思いつつ、勇気づけられる。
そして自分の腐った心に再び命を吹き込んでくれるものが何かを考える。

この文章を無理やりにでも表に出すことかもしれない。

後者のことばには今の自分が安全なところに引きこもろうとしていることに気づかされる。
ワクワクは与えられるものではなく、自分で作るものだ。
ワクワクする方向に、いつだってぼくは進んできたじゃないか。

それでたくさん失敗もした。自分の承認欲求を満たすだけで終わったものもあった。

でも良いじゃないか。もっとわがままに生きれば良いじゃないか。

承認欲求を満たしたければ満たせば良い。
他者にチヤホヤされたければされれば良いじゃないか。

ぼくの人生の主人公はぼくだ。

文章を書いたおかげで前向きな自分勝手さを取り戻せた。

等身大な文章を書けていることを誇りに思おう。

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