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「作る」と「食べる」の間にあるもの【#私とヨックモック 有賀薫さん】

ヨックモック公式noteでは、お菓子を愛する方々によるエッセイ企画「#私とヨックモック」もお届けします。

今回のゲストは、スープ作家の有賀薫さんです。有賀さんは、1964年生まれの東京育ち。ヨックモックが1969年創業のため、物心がついた頃からシガールが近くにあったそうです。青山本店の喫茶室(現ブルー・ブリック・ラウンジ)にも、昔から足を運んでいたのだとか。食のプロから見たヨックモックの魅力を、ぜひお楽しみください。


シガールの形に魅せられて

「そんなお行儀の悪い食べ方はやめて」

誰かの声が遠いところで聞こえたような気がして顔を上げると、眉をしかめた母がいた。そのとき私が何を食べていたかというと、ヨックモックのシガールだ。あの、キュッと美しく巻かれた生地を外側から少しずつ食べたら、きっと中心の細くなっている部分が現れるに違いない。小学生だった私は、歯で少しずつシガールの生地をはがそうとしていたのである。

子どもの頃から食べることに関心があった。マヨネーズとケチャップを混ぜたらどうなるか、アイスクリームに醤油をかけたら本当にプリンの味になるのか、バタートーストを解体したらどの部分が一番おいしいか。私の食への飽くなき探求は、大人から見ると「お行儀の悪い」食べ方に見えたのだろう。よく注意されたが、好奇心がそれにまさった。

味はもちろん、寿司や餃子やお菓子など、食べ物にいろいろな形が与えられていることも面白かった。小学生の私がヨックモックのシガールに心を惹かれたのも、まず形だった。どうしてこんなに細くきれいにクッキーが巻けるんだろう。

食の実験と造形好きの私が最初にはまったのが、お菓子作りだ。母に教わりながら一緒に型抜きクッキーを作ったのがきっかけだった。上手にできたクッキーを祖父母に贈ったら喜んでもらったことが、心震えるほどうれしくて、それが私の熱に拍車をかけた。マドレーヌ、カスタードプリンと、作りたいものは山ほどある。粉を量ってふるったり、卵やクリームを泡立てたり、手を動かす作業も楽しかった。

中学生パティシエ、シガール作りに挑戦

中学生になった頃には私のお菓子作りはさらに本格的になり、ショートケーキやアップルパイなどのホールケーキにも取り組むようになっていた。食べ方にはうるさかった母も、作る方は自由にやらせてくれた。

製菓の面白さは、小麦粉、卵、砂糖と材料は同じなのに、配合と混ぜ方で、ふわふわのスポンジケーキも、サクサクのパイも、カリッとしたシュー皮も作れるところにある。面倒な工程も楽しめたのは、子どもだったからこそだろう。調理も遊び感覚で、自然に吸収していけた。

ある日、お土産にいただいたシガールを食べながら(その頃はもう、ちゃんと普通の食べ方をしていた)、これを作ってみようと思い立った。家にあるお菓子のレシピ本には載っておらず、図書館に行って調べると、あのざらっとした感じの生地は、ラングドシャーという、バターをたっぷり使ったお菓子のようだ。焼き立てのやわらかいうちならくるっとした形が作れるらしい。

早速、レシピを見ながら分量を量りはじめる。小麦粉に対してバターの配合が多いのと、卵の白身だけを使うのが特徴だった。やわらかい生地だから型抜きはできない。天板にスプーンでたねを落として広げるのに苦戦しつつ、なんとかオーブンに入れる。タイマーが鳴ってとり出してみると、いびつながらもこんがりと良い色に焼きあがっていた。

しかし、問題はここからだった。レシピ本には「焼き上げた生地を丸いものに押しつけて形を作る」とあるのだが、そう簡単に事は運ばない。丸い菜箸に巻き付けようとしても、生地がやわらかいままでいられる時間は短く、すぐに冷めて固くなってしまう。

バターの多い生地はデリケートですぐ割れる。大きくカーブさせたものは作れたものの、くるくる巻いたシガールなど、中学生の私にはとうてい作れなかった。

バニラの甘い香りがするバターたっぷりのクッキー生地はおいしかったけれど、キュッと巻かれたヨックモックのシガールはやっぱり職人のお菓子なんだなと子ども心に思った。甘くてちょっぴり苦い、お菓子作りの思い出だ。

80年代のブルー・ブリック・ラウンジ

作ることはもちろん、食べることも私は大好きだった。高校生、大学生と年齢が上がっていくと、雑誌などに載っているお菓子に目が留まる。実家が都心だったこともあり、渋谷や青山などの洋菓子店の情報は入りやすかった。
当時はまだ「スイーツ」という言葉も一般的ではなく、パティシエは菓子職人と呼ばれていて、人気のカフェにインスタを見た人たちが行列することもなかった。40年前、ケーキを食べるということは今よりもう少し大きなイベントだったように思う。来客などのときに母からおつかいを頼まれて、話題の店にケーキを買いに行く。そんなことがたまにあったぐらいだ。

アンテナの高い叔母から「表参道の交差点近くにあるヨックモックのカフェで、おいしいケーキが食べられる」と聞いたのはいつ頃だったろう。深いブルーのタイルと、変わったデザインの鉄の門扉。少し奥まった場所にテラス席があり、5月ごろになると花を咲かせるハナミズキの木。おしゃれな店の立ち並ぶ表参道でも突出してハイセンスだったヨックモックのブルー・ブリック・ラウンジは、鼻たれの子どもが入るような店ではなかった。

流行の服に身を包んでこの店に入っていくのは「本物の大人たち」だった。そんな姿に憧れて、いつかここでケーキとコーヒーを注文するぞと思いながら、制服を着た私は友人たちと店の前を通り過ぎ、旺盛な食欲を満たすドーナツ屋に向かった。大学生になり初めてこのカフェに入ったときも、身の丈に合っている感じはしなかった。

ゆっくり過ごしたいとき、人と話をしたいときにブルー・ブリック・ラウンジを利用するようになった今でも、テラス席に案内されると「私はこのカフェに値するような、かっこいい大人になれているだろうか」と思う。制服を着た私が、店の外から私を見ているような気がするのだ。

シガールとコーヒーの午後3時

カフェはハードルが高かったその一方で、手土産でもらうシガールやラングドシャーは親しみぶかい。もらってうれしい手土産はいくつかあるけれど、あのブルーの缶を見るとなぜかほっとするのは、子どもの頃から馴染んできたお菓子だからだろう。

家で仕事をしているときは、午後3時になるとコーヒーを飲むのが日課だ。ずっとパソコンに向かったり、料理の撮影をしたりしていると、頭の芯が熱くなってくる。作業から離れてやかんを火にかけ、コーヒー豆をミルでゆっくりと挽く。コーヒーの粉に少しずつお湯を落としていると、次第に頭がからっぽになっていくのがわかる。

コーヒーを飲むときにはお菓子が絶対に必要で、ヨックモックのお菓子がある日はすごく嬉しい。バターたっぷりのシガールは、コーヒーとの相性が抜群だ。
サクっと齧る楽しさと、ほろっと溶ける心地よさ。コーヒーの苦みが後を追う。シガール、コーヒー、シガール、コーヒー。この行ったり来たりはまさに口福そのものではないだろうか。どうしても2本は食べてしまう。3本目は少し迷って、やっぱり食べる。

そんなことをしているうちに時計の針がずいぶん回ったことに気づいて、仕事に戻る。頭はだいぶすっきりして夕飯までの時間をもうひとがんばりという気持ちになっている。

作ると食べるの間にあるもの

私にとって、「食べること」と「作ること」は、切り離せない関係にある。何を食べても、作るプロセスや作った人を思い浮かべてしまうし、料理をする先にはいつも、食べる自分や家族、そして私のレシピを作ってくれる人たちがいる。お菓子でも同じだ。手を動かして作ることと、幸せな気持ちで食べることの間を行ったり来たりしながら、その中に生まれるものを、誰かと共有したいと思ってしまう。

お菓子の中でもヨックモックが私にとって魅力なのも、自分自身の食べるシーンとお菓子を作るシーンを行き来する間にあったからだと思う。

今、私はお菓子ではなくスープに熱中しているけれど、子どもの頃と何も変わらない。やはり食べることと、作ること、その両輪があって楽しめている。

そういえば最近、表参道で仕事の打ち合わせをすることになった。編集者に「有賀さん、ヨックモックのミュージアムが青山にあるのをご存じですか? そこのカフェも素敵なんです」と言われて、初めてヨックモックミュージアムへ足を運んだ。

青山の閑静な住宅地にひっそりとたたずむギャラリーに併設されたカフェは、高い天井とゆったりした席の、心落ち着く空間だった。ギャラリーには思いのほかたくさんの作品が展示されていて見ごたえがある。ピカソの描いた小さなお菓子の絵は、このギャラリーが持っている価値があると思った。

小さなお菓子とコーヒーをいただきながらの話ははずみ、良い打ち合わせができた。帰りぎわにピカソの絵がプリントされた缶に入ったシガールを買った。

私の食べると作るは、また明日に続いていく。

<書いた人:有賀薫>
素材の味を生かしたシンプルなスープレシピや、現代の暮らしに添ったキッチンの考え方を各種メディアで発信。著書は『スープ・レッスン』(プレジデント社)『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など多数。最新刊は5月13日発売『有賀薫のだしらぼ』(誠文堂新光社)。

<編集:ピース株式会社(小沢あや)

#私とヨックモック   その他のエッセイもお楽しみください。

(おわり)

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