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クラッチレバーはいつも海色

「千マイルブルース」収録作品

なにわ、ハヤブサ、関西弁。
そんな男を、広い北海道で、どうやって探せというのだ……。

※サービス画像あり。


クラッチレバーはいつも海色


「え? 跳ねないで行っちゃうの?」
 呆れたという顔で、その女の子はテントを畳む俺を見下ろしていた。昨夜ここでも跳ねまわり、俺のテントの張り綱で転び、俺が足の傷をてやった子だ。幼い顔をしているが、この子はなんと、ひとりで新潟から原付でやって来たという。なんとも、バイク好きを惹きつける祭りのようだ。ねぶたは。
 俺は、青森フェリーターミナル前の臨時キャンプ場にいた。ここは、ねぶたに参加するライダーのために、会期中特別に用意された野営地だ。集まったバイクのナンバーを見ても、日本中から来ていることがわかる。皆、連泊してねぶたを楽しむらしい。
 俺はゆうべここに泊まり、ねぶたは「ついでに」観た。それはたしかに壮観だった。だが、『ハネトセット』まで買い連泊する気にはとてもならない。いや、強面こわもてで無愛想な俺がまわりに馴染めないからではない。跳ね、駆けまわるべき場所は、海峡の向こう側に広がる北の大地だからだ。
 あらかた荷物をバイクに積み、俺は改めて女の子と向き合った。なぜか、もじもじしながら女の子が言う。
「どういうルート?」
「決めていない。おそらく、晴れている方角だと思う」
「ずっとキャンプ?」
「たぶん。ライダーハウスは苦手でな。ユースは礼文れぶん島で懲りた」
「じゃあさ、頼まれてくれないかな」
 俺は嫌な予感がし、急ぐのだという仕草で、腕時計を覗こうと袖を捲った。だが、ない。着けていた跡すらない。そうだった。「旅時間」に身を委ねたかったので、ポケットの奥にしまっていたのだった。
 俺は恥ずかしくなり、空咳をして女の子に向き直った。
「なんだか知らないが、腕時計がいるような面倒な頼み事はゴメンだな」
 いささか無理がある。すると女の子は、違うの、と首を振った。旅の間、ある男を気にかけていてくれないか、と言う。一緒にねぶたを跳ね、そのあと朝まで語り明かし、昨日青森から北海道に渡ったという男のことらしい。その男に伝えてほしいことがあるのだと話す。やっぱり厄介事だ。腕時計に目をやることもできず、俺はフンフンと聞いているフリをした。女の子が続ける。
「彼も、ずっとキャンプの予定だと言っていたの。だから、もし会えたらでいいの……」
 男の目印は三つ。なにわナンバーの隼、関西弁、小川テント。函館から時計回りで海岸線を一周するとも言っていたらしい。俺は内心で首を振った。それだけで見つけるのは、どう考えても無理。この時期、何百台、いや何千台もの旅バイクが集う北の聖地なのだ。それでも調子を合わせてやる。
「で、なんて伝えればいい? そのハヤブサ君に」
「来年は連れて行ってください、って」
「それだけ? それで通じるのか?」
「たぶん」
「あんたの名は?」
「いい。お互い名前は言ってないし」
 俺は、会えたら伝えてやると約束した。もちろん空約束だ。せっかくの旅に、こんなモヤモヤした荷物など積みたくはない。だいたい、出会えるはずがないのだから。どうせ、津軽海峡を渡っているうちに忘れてしまうだろうが。
 彼女に見送られ、俺は目の前のフェリーターミナルに向かった。

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