06_冥王12_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第四十八話

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Chapter06 冥王 12


「こ、お、の、野ァ郎ォォォォッ!」
 一、二、三、四、五、六――十四。嵐のように放たれるグレンの連撃が、地獄の火《ヘルファイア》洞窟の空気をかき乱す。
 裏拳、肘打ち、膝蹴り、回し蹴り、踵落とし、正拳突き。荒々しい、しかし確かな技術にも裏打ちされた打撃の奔流。
「ふふ」
 その奔流に晒されながら、しかし冥《メイ》の微笑は崩れない。
 拳撃。掌を添えて軌道を逸らす。蹴撃。巧みな体捌きで見切って回避。
「こぉ、のぉっ!」
 大振り。焦りが滲んでいる。その隙を、当然冥は逃さぬ。
 かいくぐり、密着。携えたリボルバーを、グレンの胸元へ突き付ける。
 ごり、と胸部装甲を擦る銃口。辰巳《たつみ》のものと同じ霊力武装であるそれは、S&W M29並みに口径が巨大だ。
 その引金が、静かに引かれる。グレンの眼が見開かれる。
 かちり。
 撃鉄が鳴った。そして、それで終わりだ。
 銃声は轟かない。弾丸は射出されない。ただ冥の薄笑いだけが、グレンの双眸をいやと言うほど射貫く。
「――ッ! クソがぁッ!」
 大振りの横薙ぎ。音速の壁に迫りそうなそれを、冥は当然のように、踊るようなステップで回避。そのまま二つ三つとステップを踏み、冥は間合いを開ける。
 そして、これ見よがしに銃口へ息を吹きかける。
「どうした少年? これでもう四回くたばったぞ?」
 拳銃をくるると回転させ、余裕たっぷりに冥は笑う。慣れた手付きで弾倉をスイングアウトさせれば、輪胴の中には弾丸の一発どころか、僅かな霊力の粒さえ見つからない。
 冥は、遊んでいるのだ。
 あからさま過ぎるその侮蔑に、しかしグレンは歯噛みする事しか出来ない。怒りにまかせて突っ込んだ結果、三度目の死を額に受けたとあれば。
「見せつけてくれるじゃねえか、この野郎ォ……!」
 憤りを奥歯で磨り潰しながら、グレンは眼前の敵、ファントム3を睨む。
 その身は今までの私服ではなく、鎧装に変わっている。戦い始める直前に展開したのだ。
 色こそ紫と黒のツートンカラーだが、造り自体は風葉《かざは》の鎧装とまったく同じだ。そもそも風葉が冥の予備鎧装を装備しているのだから、当然ではあるのだが。
 注ぐ視線に殺意をたっぷり混ぜ込みながら、グレンは思い出す。
 この一方的な状況の、始まりを。

◆ ◆ ◆

『へぇー。これは困ったなぁ』
 グレンの挑戦に対し、冥はやおら立ち上がる。
『全力で抵抗しないと、殺されてしまうかもなぁ』
 物騒な言葉とは裏腹に、口元には笑みが浮かぶ。
 その笑いを隠すように、冥の手首が翻る。リストデバイスが輝く。
『ファントム3、鎧装展開』
 何気ない挨拶をするように、冥はファントム3となった――そこまでは、特に変わった様子は無かった。
 違ったのは、その次だ。
 冥はおもむろにタブレットを操作し、何かのプログラムを起動。
 そして表示された内容を見た……いや、『読んだ』のだ。
 つらつらと走る視線。すいすいとめくる指。
『なんだなんだオイ、読みかけのマンガでもあったのかよ?』
 鼻をならすグレン。だが、そんな余裕はすぐさま霧散する事になる。
『まぁ、そんなトコだな』
 邪魔にならぬよう、冥はタブレットを腰の後ろに装着。
 次いで、立ち姿が変わる。隙が消え失せる。
 手付き、体捌き、足運び。その全てが、数瞬前の冥とは根本から違っている。
 どんなカラクリかは知る由も無いが、冥はその技量を根本から書き換えたのだ。それも、恐るべき練度の達人に。
『面白れぇ!』
 その豹変に、しかしグレンは嬉々として突貫する。それくらいの歯応えが無ければやりがいが無いと、そう思っていたのだ。実際に拳を交えるまでは。
 ――後はご覧の通りだ。冥はグレンの打撃をそよ風のようにかいくぐりながら、霊力武装のリボルバーを構築した。
 それを用いて、先程からグレンをいたぶり続けているのである。
 ち、とグレンは露骨に舌を打つ。
「ファントム3、だったか。アンタ、見た目より遙かに強かったんだな」
「当然だ。僕はファントム・ユニットの近接戦闘指導もやってるからな」
「マジかよ」
 仮面の下で眉をひそめたグレンは、そこでふと気付く。
「……いや、待った。つーことはよ、アンタひょっとして、ファントム4の師匠だったりするのか?」
「おや、察しがいいね。その通り、ファントム4は僕がマンツーマンで指導した生徒だよ」
 まだまだ練り込みが足りない部分はあるけどね、と肩をすくめる冥。実際、ファントム・ユニット内で最も体術に優れているのが、このファントム3こと冥・ローウェルだ。
 そしてその秘密が、先程立ち上げたタブレットのプログラムにあるのだが、グレンにとってそんな事はもうどうでも良い。
「そうだね、コレも何かの縁だ。キミも少し指導してあげようか。何、金はいらないよ」
「いらねえ。つーかそれよりもよぉ――」
 ぎしり。
 握り込んだ拳と、噛み合わされる歯が、同時に軋む。
「――要するに、アンタはファントム4より強いワケだ?」
「ん? まぁ、そうだけど」
「だったらよォ……!」
 ゆるりと、グレンの構えが変わる。上体がじりりと沈み、跳びかかる直前の肉食獣じみた緊張が全身に走る。
「アンタを倒せば、俺はファントム4より強いってワケだな?」
「ほう? 大きく出たな、少年」
 三日月のような口元を更に引き上げながら、冥は銃把を握り直す。
 ――数度打ち合った程度だが、冥はグレンの実力を概ね正確に見て取っていた。
 技量は辰巳と同等か、やや上くらいだろうか。もし二人が立ち合えば、きっと良い勝負を見せてくれるだろう。
 しかして、それ以上に不可解な点が冥の興味を引いている。
 何故、このグレンとやらはファントム4に、辰巳にこだわるのか。
 何故、このグレンとやらは拳の感触がファントム4と、辰巳と似ているのか。
 何かある。他人の空似という単語で済まされない、何かが。
 だが。
「けどな、少年。僕ははっきりいって、強いぞ?」
 そう言って、冥は唐突にリボルバーを背後へ振り抜く。そして撃つ。
 弾倉内への弾丸構築、構え、照準、射撃。一瞬で完了した一連の動作から放たれた弾丸は、紫に光る転移術式の右、誰も居ない壁へと直進。射線上へ浮かんでいた小さな光の球体を、容赦なく砕いた。
「あ?」
 目を見開くグレンは、球体の正体を良く知っていた。
 あれは、偵察術式の一種だ。以前、サトウが使っているのを見た事がある。
「……なぁ、サトウさんよぉ。このタイミングで水差さないでくれよ」
 構えを解かず、振り向く事もせず、グレンは落胆をぶつける。
「いやぁ、ははは、すみません。見た事がない術式だったので、つい調べたくなりまして。それに……」
 微かな苦笑を浮かべながら、サトウは紫色の転移術式を見た。
「……もしあれを潜れたら、凪守《なぎもり》の情報が得られるかもしれないじゃないですか。見たところファントム3さんはグレンくんにかかりっきりのようでしたし、これはチャンスだと思いまして」
「ほほう。中々良い根性をしているな、サトウとやら。少し気に入ったぞ」
「気に入るなよ!? 状況考えろよ!?」
「いやいや、彼は仕事熱心な良い男だよ。機先が読める事もあるが、何より控えめな所が特に良い。知り合いの坊主を指導して欲しいくらいだ」
 ころころと冥は笑う。戦いの真っ最中だというのに、まるで屈託の無い表情だ。
「あー」
 その笑顔に、何だかグレンは毒気を抜かれてしまう。
 それに、そもそもサトウの術式は偵察目的ではあるまい。本当に調査するつもりなら、サトウはもっと上手くやる。
 ならば、何故わざとばれるような事をしたのか。
「……あー」
 理由は分かっている。あれは、遠回しな帰還の催促だ。
 本来グレンの仕事はサトウをこの場から安全に退避させる事、それだけなのだから。
「ところで少年、キミは他に何か仕事があったりするのか?」
 ちら、と冥はグレンの背後を見やった。そこにはグレンが潜って来た青色の転移術式――フォースアームシステムが、未だ輝いている。
「ち、まぁな」
 舌打つグレン。冥もどうやらサトウの狙いを看破したらしい。
 これは明らかな挑発だ。言外にサトウが含ませた催促を、塗り潰すための。
「ま、僕はどっちでもいいぞ? やってもやらなくても。時間ならたっぷり持て余してるからな」
 くるくる、と冥の手元で回転するリボルバー。霊力光を反射するその銃身を見ながら、グレンは一つ息をつき、構えを解いた。
「……いや、止めとくぜ。ちったぁ気も晴れたしな」
 手を振り、グレンはサトウを促す。撒き散らしていた闘気は、もう欠片も無い。
 実際、今の言葉に嘘は無いのだ。ファントム4ではなかったが、その師と拳を交える事が出来た。尻切れトンボ気味であるが、これはこれで収穫だ。
 そして今の自分には、優先せねばならない仕事がある。忌々しい話だが。
「そうですか、それは良かった。ではファントム3さん、申し訳ありませんが、先にお暇させて頂きますね」
「ああ、気をつけてな」
 見送る冥の視線を背に、まずサトウが、次いでグレンが、術式の門を潜る。
 そうして転移術式を筆頭とするあらゆる術式が、地獄の火洞窟の大ホールから消失した。
 グレン達は、この場における作戦行動を全て完了したのだ。
 残ったのは紫の転移術式と、それの管理者である冥だけだ。
「ちぇー、引っかからなかったか。意外と冷静だったな、アイツ」
 冥はリボルバーの維持を解除、息を吹きかけた。きらきら踊る霊力の粒が、淡雪のように消えて行く。
 中々に綺麗な眺めだ。が、それを見る冥の双眸には、うっすらと不満が浮かんでいる。
「もう少し遊べると思ったんだけどなぁ」
 要するに、今度は冥が不満を覚えてしまったのだ。折角楽しめそうだったグレンへの指導が、尻切れトンボになってしまったために。
「状況を考えればまぁ、妥当な判断ではあるけどさ」
 ぶつくさ言いつつ冥はタブレットを取り出し、通信回線を接続。今現在、最も白熱しているだろう身内、即ちファントム4へと回線が繋がり、立体映像モニタが灯る。
「やぁファントム4、そっちはどうなってる?」
『……大物がかかった』
「は?」
 目が点になる冥に、辰巳は無言でオウガのカメラ映像を繋ぐ。
 かくして冥のモニタに映りだしたのは、地球の軌道上でゆるりと身を波打たせる、巨大な神影鎧装の姿であった。

◆ ◆ ◆

 冥がグレンと、オウガがライグランスと拳を交えていたのと同時刻。
 ファントム5――霧宮風葉《きりみやかざは》は、人造Rフィールドの赤色を突き破っていた。
「い、っ、けえええええ!!」
 轟然と猛るサークル・セイバーに任せ、風葉は赤い結界内にレックウをねじ込む。
 入り込んだ結界内に、当然地面は無い。ここは霊力供給術式を改竄した、即席のトンネルなのだから。
 入り口は地球、ウェストミンスター区方面。出口は宇宙、ニュートンの遺産方面。とは言え出口側は現在突貫で建造中であり、その建造をフレームローダーが追いかけている格好である。
 重力は若干あるが、その方向は地球、ウェストミンスター区の方向だ。ぼやぼやしていると自由落下に引きずられるまま、大変な距離をダイビングする羽目になる。
 なので、風葉は速やかにスラスターを起動。落下の方向を調整し、危なげなく赤色の壁面へ到達。
 勢い余れば反対側へ突き抜けかねないサークル・セイバーを巧みに操作し、風葉はレックウの両輪を赤色に接地。間髪入れずアクセルを全開、レックウは猛然と人造Rフィールドの内壁を駆け上がっていく。
 ごう。ごうう。
 時折、風葉の鎧装に装着されたスラスターが唸りを上げる。ぐらつきかけたレックウの体勢を補正し、また先を行くフレームローダーへ追いつくための加速も兼ねている噴射だ。
 だがその響きは、あまりにも獣の咆哮に似ている。それが支える一直線の疾駆も相まって、あたかも獲物へ直進する狼のようにも見えた。
「――追跡者」
 そんな獣が突撃してくる光景を、怪盗魔術師はフレームローダーのコクピットで見ていた。
 オウガローダーで言えば肩部ブロックにあるこのコクピットは、大鎧装のそれと普通のトレーラーを足して二で割ったような造りをしている。
 左右に並んだ二つのシートを、ぐるりと囲むモニタ群。一見すればまさにトレーラーの運転席であるが、無論実際は違う。
 ハンドルも、シフトレバーも、フットペダルの類いも無い。
 代わりにあるのは大鎧装の規格に応じた操縦システムと、複雑怪奇な霊力供給術式の光だけだ。拍動のような明滅を繰り返す光の紋様は、二つの操縦席を中心にフレームローダーの内部システムへ深く刻み込まれている。
 その中枢の片方、メインシートに座る怪盗魔術師が、おもむろに指を鳴らす。
 ぱきり。その音に従う霊力供給術式の拍動が動きを変え、サブシートの方へと流れ出す。
 溢れた霊力は瞬く間に人型のワイヤーフレームを編み上げ、コンマ数秒の内に鎧甲冑の分霊となって具現化した。
 すなわち怪盗魔術師の戦闘形態、レギオンである。
「頼むぞ」
「ああ」
 応答は短い。もはや芝居がかった仕草どころか、普通に会話する余裕すら彼等には無いのだ。その証拠が、レギオンの胸部装甲に現れている。
 ピンク、金、灰。黒い甲冑の中に刻まれていた色彩《パーソナリティ》が、見当たらないのだ。
 このザマでは例え神影鎧装を展開出来たとしても、果たしてその姿をいつまで維持できるやら。
 だから彼等はフレームローダー形態で消耗を極力抑えながら、可能な限りニュートンの遺産へ近付こうとしていた。そして人造Rフィールドは、外敵を寄せぬ最高の防壁となりうる筈だったのだが――何事も、思うようにいかぬものである。
 さりとて、敵はたったの一人。しかも目標へ辿り着くまで、あと数分あるかないか。
 おもむろに、怪盗魔術師が口を開く。
「キミがどうなろうと、神影鎧装展開は始めるぞ」
「ああ知ってる。これから捨てる石に一々構うな」
「違いない」
 言うなり、レギオンはコクピット外へ滑り出る。
 轟々と叩きつける霊力。烈風のよう。全身にそれを浴びながら、けれどもレギオンは少しもバランスを崩さず、フレームローダー後部へ移動。
 ごう、ごう、ごう。相も変わらぬ咆哮を上げるレックウは、もう随分と肉薄している。レギオンの斬撃の射程に届くほどに。
「早いな。そう急がんでもよかろうに」
 独りごち、レギオンは肉厚の二刀を引き抜いた。
 翼のように構えれば、化鳥じみた影がばさりと広がる。
 寄らば、討つ。
 言葉無き必殺の意志が、目前のレックウへ通牒を送る。
 だが、レギオンは聴いたのだ。
 声なき風葉の声を。
 フェンリルの、殺意を。
 ごうう、ごうう。今まで以上にスラスターを噴射させ、レックウが更なる加速をかける。
 サークル・セイバーによって切り裂かれたRフィールドの残滓が、間欠泉の如く吹き上がる。そして乱杭歯を生やすレックウの前輪が、レギオンの影をばりばりと噛み千切った。
 これが、風葉の答えだ。
 やってみろ、と。
 そんなレックウを操るライダー、ファントム5の表情は見えない。スモークがかったフェイスシールドに隠れているからだ。
 だが。
 そのスモークですら隠しきれぬ瞳の金色が、レギオンを射貫いた。
「――」
 ぞっとするほど、冷たい光。すり切れた自我を、それでも奥底から寒からしめる感情の名前を、レギオンは一秒遅れで思い出した。
 恐怖だ。
「あ、あ、あぁっ!!」
 そんな感情を否定するように、化鳥は左右の刃を同時に振り抜いた。X字を描きながら、襲い来る霊力の斬撃光。それを目前にした風葉は、しかしアクセルを緩めない。
 それどころか、風葉はおもむろにフェイスシールドを開いたのだ。
 半透明のシールド下から現われたのは、いつもと変わらぬあどけない顔立ち。だがその歯を剥き出しにする顔は、明らかに肉食獣のそれであり。
「邪ぁ魔ぁぁぁぁぁっ!」
 放たれるはソニック・シャウト。鼓膜どころか甲冑すら劈きかねない衝撃に、レギオンは防御姿勢を取る。斬撃は弾かれ、Rフィールドの飛沫と消える。
「ぬぅっ」
 威力自体はさほどでも無し。距離と相対速度にある程度相殺されたか。
 だがRフィールドの天敵たるフェンリルが放った一撃は、赤色のトンネルそのものに干渉し、大きく波打たせた。
 結果、フレームローダーは大きく上下する。その上に立つレギオンは、たたらを踏まざるをえなくなる。
 そしてその隙を突き、風葉は叫んだ。
「セット! サークル・ランチャー!」
『Roger CircleLauncher Etherealize』
 赤い地面を切り裂くように、刻まれるは青色の一本線。よくよく見れば術式の紋様を内包しているそのラインは、即座に円錐の群れを上空へ射出。
 あわやトンネルの天井に触る直前で静止した霊力の円錐――サークル・ランチャーの弾丸は、くるくると数度回転した後、切っ先をフレームローダーへと向ける。
 そして、射出される。
 白煙の如き霊力をたなびかせ、殺到する円錐型のミサイル群。その数、八発。
「味な真似をっ!」
 それを迎撃すべく、レギオンの双剣が嵐のように踊る。
 上下左右、あらゆる方向から飛来する円錐を、正確無比に両断していくレギオンの斬撃光。
 分割された円錐は即座に炸裂し、辺りに爆音と霊力光を撒き散らされる。
 もうもうと、ごうごうと、赤いトンネルを満たす光と音。その領域を突き破りながら、フレームローダーは尚も疾駆を止めない。
「……むっ?」
 だが、レギオンの動きは止まってしまった。レックウの姿が見当たらないからだ。
 バランスを崩して倒れた? それはありえまい。絶対に。だが、ならば、どこへ。
 素早く視線を巡らすレギオン。煙が完全に晴れる。程なく彼は、新たに刻まれていた青色の線を見出す。
 Rフィールド壁面を、ぐるりと回るサークル・ランチャーの弾帯。螺旋を描くそれを目で追えば、トンネルの天井をさかさまに疾駆しているレックウの姿。
 そのライダーと、レギオンは目が合う。
 爛々と光る、金色の双眸。それを真正面から覗き込んでしまったレギオンが、またもや動きを止める。フェンリルの脅威に呑まれたから、というだけではない。
『もう良いぞ、僕。上出来だ』
 同時に耳朶を叩いた通信が、時間稼ぎの終わりを告げたからだ。
「――おお」
 振り向かなくとも、怪盗魔術師とリンクしているレギオンには分かる。遙か先を行く人造Rフィールドの先端、そこが遂にニュートンの遺産へと触れたのだ。
 最早、無駄な霊力を使う理由は無い。振り抜きかけた体勢のまま、レギオンは双剣をぴたと止める。
 だが風葉からすれば、その体勢ははただの隙にしか見えず。
「もう一度っ! サークル・ランチャー!」
『Roger CircleLauncher Etherealize』
 先程の倍、十六に及ぶ円錐がくるくると回転した後、切っ先を定めてフレームローダーへと殺到。
 一直線に突貫するミサイルの群れ。それを迎え撃つかの如く、フレームローダーの各部装甲がおもむろに展開する。
 前部、上部、両側面。起動時に霊力を吸収したフィンのみならず、全面の装甲を展開するフレームローダー。装甲の隙間から内部機構と術式の光を剥き出しにするその姿は、戒めを解かれた獣のようでもあり。
 そんな装甲表面で炸裂する円錐は、辛うじてレギオンを爆砕したものの、やはり肝心のフレームローダーは止める事が出来ず。
『では、行くぞ。神影鎧装、展開――バハムート・シャドー。顕現』
 かくて端的なつぶやきと共に、現われた巨大な神影鎧装が、赤いトンネルを埋め尽くした。

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【神影鎧装レツオウガ 人物名鑑】
冥・ローウェル(2) その正体

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