06_冥王11_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第四十七話

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Chapter06 冥王 11


 地獄の火《ヘルファイア》洞窟大ホール。
 あれだけの事があったにも関わらず、冥《メイ》はまだここに居座っていた。
 さもあらん。一連の中核ながら諸々の喧噪からかけ離れたこの洞窟は、観戦するには持って来いの場所だからだ。
 未だ輝き続ける数々の術式。ウェストミンスター区を様々な角度から映す立体映像モニタ群。見所はいくつもある。
 だが今現在、冥はそれらを無視して一人の男を見ていた。真正面、てきぱきと指示を下している七三分けの男――即ちサトウを、じっと見据える。
「作戦を最終段階へ移行します。グレン君、五番ゲートをフレームローダー格納庫へ繋いでください」
「足りたんですよ。足りさせたと言った方が正しいようですが」
「とにかく、早く繋いで下さい。何かあった場合の責任はワタクシが持ちます」
 冥の視線を受けつつも、サトウは仕事をこなしていく。
 携帯端末で誰かと通信する傍ら、別の立体映像モニタを展開してどこかと連絡を取るサトウ。
 冥に聞かれぬための措置だろう。その連絡も程なく終わる。
「信用無いなぁ。そんなことしなくても誰にも言わないってのに」
「そう言われましても、こちらも仕事ですので」
 通信機とモニタを同時に切りながら、サトウは冥へ向き直る。
 連絡、報告、提案、承認。全てはつつがなく終わってしまったらしい。
 鮮やかなサトウの手並みに、冥は頬杖をついたまま微笑む。
「それで、キミ達は具体的に何をしたんだい?」
「そうですねぇ」
 もったいぶるように眼鏡のブリッジを押し上げた後、サトウは傍らの立体映像モニタへ視線を向ける。相変わらず薄墨に沈む、四角いウェストミンスター区の風景。
 その中央へ、突然赤い柱が現われた。人造Rフィールドだ。
「おや、おや。これはこれはこれは」
 椅子から軽く身を乗り出す冥。
 その映像が何を意味するのか。即座に理解する。
「キミ達の思惑通りに事が運んだ、と考えて良いのかな?」
「そのようですね」
 頷くサトウ。微笑は深まる。だが、唇は乾いている。彼にとっても、この選択は博打も良いところだからだ。
 とは言え、現状取れうる選択肢の中では最良の筈。後は冥への対処をどうするか――。
「さぁてと」
 そんな思考をサトウが巡らせていた矢先、おもむろに冥は立ち上がった。
「流石にこれ以上は、こんな穴蔵じゃ見えそうにないか」
 椅子を消去し、ぱんぱんと埃を払う冥。口端には三日月のような笑みが浮かんでいる。
 上機嫌だ。それもこれも、あの巌《いわお》の妨害をかいくぐって人造Rフィールドを展開するという、とても面白い見世物を見れたためである。
 ――以前風葉《かざは》を助けた時のように、冥の判断基準は基本的に興味を引くかどうかという一点にある。ニュートンの遺産がどうなろうと、彼は特に気にしない。そもそもファントム・ユニットに所属している事自体が気まぐれなのだ。
 今もそうだ。冥はもっと見晴らしの良い場所へ行くべく、ひらひらとサトウへ手を振る。
「というワケだから、僕もおいとまさせてもらうよ。邪魔したね」
「え、あっ……はい?」
 あっさりと帰り支度を始めた冥に、サトウは盛大な肩透かしを食らう。殺される覚悟くらいはしていたのだが、それがまったく無意味となったのだ。目も点になってしまう。
 そんなサトウを余所に冥はリストデバイスからを操作し、立体映像モニタを起動。
 ずらりと浮かぶ文字列は、冥の使う紫の転移術式、その座標候補である。
「さて、と」
 一番見晴らしが良いのはどこだろうか。
 ウェストミンスター区、は少し違う。確かに重要な場所ではあるが、終点たるニュートンの遺産からは遠すぎる。
 巌のいる月も何だか違うし、利英《りえい》の傍はそもそも論外。
「ふむん。どこが良いかなぁ、ホント」
 上へ、下へ、目まぐるしく回転する立体映像モニタ。冥としてはそうした逡巡もまた楽しみの一つだったのだが、結果的にそれがトラブルを呼び込んだ。
「……ちょーっくら待ってくれよ。なぁ、ファントム3だっけか?」
 壁に刻まれていた、敵方の転移術式。その向こうに居た人物の、視界に入ってしまったのだ。
「うん?」
 きょとんとした表情で、冥は顔を上げる。
 サトウの背後、壁一面へ未だ灯り続けている転移術式。
 規則正しく明滅する霊力光の向こうから、染み出るように現われた男が一人。
 正確には少年と言うべきだろうか。何せ、辰巳《たつみ》と同じくらいの背格好だ。
 赤銅色のジャケットに、黒いジーンズ。動きやすさを重視した服装の下には、良く鍛えられた身体のラインが見える。
 だがそれ以上に目を引くのは、やはりその仮面だろう。口元だけを露出させた奇妙なヘッドギア姿に、冥は片眉を上げる。
「確かにそう呼ばれてもいるけど……誰だい、キミは」
「グレン・レイドウ。それが俺の名だ」
 ぴしゃりと。
 叩きつけるように、グレンは己の名を名乗る。
「ぐ、グレンくん!? どうしてここに!?」
 狼狽えるサトウ。と言う事は、この状況は向こうにも想定外という事か。
「ふぅん」
 つぶやく冥。転移先リストを閉じ、グレンへ向き直る。
「少し、興味が湧いたよ。目的はなんだい? 赤面症の治療だったら良い……いや、わるい医者を紹介するけどね」
 丁度その頃利英が盛大なくしゃみをぶちまけていたが、それはまったく関係が無い。
「何か用かって? ハ、決まってんだろ。後詰めさ。サトウさんが無事に帰れるようにな」
「ウソですよね、それ。絶対」
 サトウはグレンの気性を良く知っている。今までの激戦に当てられて辛抱溜まらなくなった事など、すぐさま看破出来るくらいに。
「と言うか、いけませんよそんな勝手な事をしては! 今作戦におけるグレン君の役目はほとんど終わったんですから、後は私を無事に転送させてくれれば良いんですよ! それなのにどうして――」
 身振り手振りを交え、分かりやすく解説してくれるサトウ氏。
 ははぁ、と状況を察する冥。その冥を睨み据えながら、グレンはゆらと右手を掲げた。
「別にいいでしょうが。もともと俺が戦う予定だったんだし、それに――」
 凶暴な笑いが、仮面の縁から零れる。
「――もう、止まるつもりは無いぜ?」
 グレンの右袖口から、鈍色が零れる。良く見知っているその輝きに、冥は片眉を上げた。
「辰巳と、同じ装備?」
 そう。グレンが構えた右腕の手首には、辰巳のものとまったく同じ腕時計型装置が輝いていたのだ。
 その腕時計の盤上へ、グレンは左手を伸ばす。爪弾くようにスライドさせる。
 カシン。
 金属音を立てて、中から現われたのは――。
「Eマテリアル、だと?」
 いよいよもって冥は困惑する。右手にある事と赤色である事以外、あれは辰巳の左手にあるものとまったく同じ形状だったのだ。
 だから次に放たれたセリフも、特に驚きはしなかった。
「鎧装ッ! 展開ィ!」
 かけ声と共に突き出される右腕。ほとんど裏拳を放つような勢いで翻る腕時計――もとい赤いEマテリアルから、霊力光が放たれる。
 グレンの腕上を走る一筋の赤い線は、しかし瞬く間に枝分かれする。精密回路じみた紋様を描きながら、グレンの身体を包んでいく。
「これは……!」
 その精密回路が全身を埋め尽くした直後、鮮烈な赤光が閃いた。
 冥もサトウも目を瞑った上から手で覆っていたので、視界が眩む事は無かった。
 閃光自体も一秒に満たない時間で過ぎ去り、辺りの光量はすぐさま戻る。
 冥は目を開ける。正面には、変わらず立ち尽くしている二人の敵。
 一人はサトウ。変わらぬ黒いスーツ、変わらぬ黒い七三。
 もう一人はグレン。こちらの姿は、先程とは大きく変わっていた。
 良く鍛えられた身体を浮き彫りにする、ライダースーツ然とした赤銅色のシルエット。肘、膝、肩、胸部といった要所を守るは、閃光のように鮮やかな赤色のプロテクター。更には仮面にも赤いラインが増えている。霊力の影響だろうか。
 造形自体は凪守《なぎもり》ともBBB《ビースリー》とも違う、角張ったデザインラインではある。だがその装備の在り方は、あまりにもファントム4と酷似している。
 そして何よりも似ているのが、その右腕だ。
 肩口から先が、ファントム4とまったく同じ形の鋼に包まれているのだ。違うのはせいぜい逆の右腕である事と、手首の石が赤色である事くらいだろう。
「世の中には似た顔のニンゲンが三人居るらしいが……キミのそれは他人の空似、で片付けるには無理がありそうだよね。どういう事なんだい?」
 驚きと、何より興味を満面に浮かべながら、冥はグレンを見据える。
「さてなぁ」
 対するグレンもわざとらしく笑いながら、ごりごきと間接を鳴らす。
 もはやどうにもならない事に観念したのか、サトウは溜息をつきながら後ろに下がる。
「知りたいんなら、俺の鬱憤晴らしに突きあって貰うぜ、ファントム3!」
 裂帛の気合い、闘争への歓喜。
 二つの意志に裏打ちされたグレンの叫びが、地獄の火洞窟の暗闇を揺るがせた。

◆ ◆ ◆

 地球光を浴び、妖しく輝く紫の刃。それを迎え撃つべく、レツオウガもまた半身に構える。
 ぎしり。握り込んだ鉄拳の軋みが、コンソールを通じて辰巳に伝わる。霊力と闘志が、レツオウガの隅々にまで充ち満ちる。
 拳が、燃える。
「す、ぅ」
 されど、思考は冷徹に。幾度と無い実践を経て叩き込まれた教えが、辰巳の思考を平静に保つ。
 そして静かに、辰巳は呼吸を整えながら、眼前の大鎧装を観察する。
「ダンス、か。生憎と踊りの練習をした事は無いんだがな」
『あら、そんな事を気にする必要はありませんよ? 心の赴くままに動けば良いんです』
 霊力の光が、実体無き炎が、単眼《モノアイ》の横顔に妖しく映える。
 紫を纏う大鎧装の名は、ライグランス。レツオウガのような陣羽織こそ無いが、身に纏った霊力装甲――すなわち脚絆、胴丸、肩鎧、そして一本角前立ての兜は、明らかに鎧武者のそれだ。
 だがそれ以上に目を引くのが、やはり霊力装甲の在り方、そのものだろう。
 炎のような、あの揺らめき。十中八九、何かギミックが仕込んである筈だ。こちらも似たような装備を使っている以上、その辺は痛いほど知っている。
 性能を見極める必要があるだろう。牽制を仕掛け、挙動を読み、能力を知る。定石の一つだ。
 もっとも、そう出来る時間があればの話だが。
「……」
 敵機を正面に捉えつつも、辰巳は視界の端をちらと見る。
 刻一刻と伸びる人造Rフィールドの柱。遺産に接触するまで、あと数分もないだろう。定石を打っている時間は無さそうだ。
 では、どうするか。選択肢もそう多くないが――。
「あの、五辻《いつつじ》く、じゃなかったええと、ファントム4……言いにくいなぁもう」
 ――背後の風葉が声をかけて来たのは、そんな矢先だった。
「どうした、ファントム5」
 辰巳は振り向かない。例え一瞬でも視線を逸らせば、眼前の大鎧装は即座に踏み込んで来るだろう。そう断言できる技量を、辰巳は既に読み取っている。
「私に、考えがあるんだよ」
 そんな事なぞ知る由も無い風葉は、振り向けない辰巳の背中へ考えを伝える。奇しくもその内容は、辰巳が考えていた策の一つと、ほぼ同じだった。
「――なんだけど。どう、かな?」
「なるほど、良い手だ」
 頷く辰巳。反対する理由も無い。
「だが、壁の向こうに居る敵がファントム5の手に負える保証は無いぞ? むしろ返り討ちにされる可能性もある」
「んんー、多分、その辺は大丈夫だよ」
 じっと、風葉は手元の立体映像モニタを見つめる。画面に浮かぶは拡大された赤色の柱、もとい人造Rフィールドの映像だ。
「あの中に居るのは、でっかいトラック一台だけみたいだから。サークル・ランチャーを使った足止めくらいなら、多分大丈夫」
 辰巳にはただの赤色にしか見えない、Rフィールドの柱。その向こう側が、何となくだが風葉には見えているのだ。
「フェンリルの力、か」
「ん」
 辰巳の眼はライグランスから動かない。見られる側のライグランスも、ゆらめく炎以外は身じろぎ一つしない。レツオウガの足止めが目的である以上、この状況はある意味望むべくなのだろう。
 そして赤い柱の伸張は、止まるどころか減速の気配すらない。悠長に手段を選んでいる暇なぞあるまい。
 ならば。
「その手で行こう。ブーストの後、クナイをアシストに使う。良いね」
「ん!」
 頷き、風葉はヘッドギアを遮蔽。スモークグレーのフェイスシールドに、風葉の表情は隠れてしまう。
「だが、取りあえずは足止めだけにしてくれよ? レックウだけではいくら何でも分が悪い」
「ん、それも分かってる」
 頷く風葉。その表情は、もうシールドに隠れてしまって見えない。
 ――この時。風葉が浮かべていた表情を、辰巳は確認しておくべきだったのかもしれない。
 だが今となっては詮無き事であり、状況は動きだしてしまった。
「では、行くぞ」
 固く握られていたレツオウガの拳が、ゆらりと緩む。ゆるゆると、五本指が泳ぐ。
『おや、その気になって頂けましたか?』
 何かを仕掛ける兆しか。警戒し、サラは僅かに剣先を下げる。
 それが、合図となった。
「そんなところだ。生憎とBGMは無いが、なっ!」
 裂帛の気合いと共に、辰巳は背中の酒月式試製二型烈風装甲術式《タービュランス・アーマー》を起動。爆発的な推力を得たレツオウガが、流星のように宇宙を奔る。
 早い。だが直線過ぎる。サラには十分見えている。
 故にサラはその加速に合わせて太刀を水平に構え――薙ぐと同時に、バイザーの下で目を剥いた。
 さもあらん。レツオウガが、霊力装甲を解除したとあれば。
 淡雪の如く、虚空へ消え行く霊力光。慣性のままにそれをかき分け、突貫して来るレツオウガ――もとい、オウガ。
『なる、ほど』
 だが、サラは既に理解している。その大鎧装の巨体すら、ブラフに過ぎない事を。
『素敵なステップですが――!』
 霊力装甲がどうあれ、接敵する大鎧装オウガを、ライグランスは無視できない。コンマ数秒、逡巡が生じる。隙が生まれる。
 その絶妙な隙を突き、立ち上る霊力光をも隠れ蓑に、夜空を駆け行く星が一つ。
 オウガの背後から現われたその星――もとい二輪の正体は、やはりオウガから分離した霊力装甲の動力源、レックウであった。
 ――Rフィールドの突破にはフェンリルが必要だ。逆に言えば、フェンリルだけ居ればいいのだ。オウガと辰巳は戦力を補強するオマケでしかない。
 仮に今Rフィールドの向こうに居るのが、ギノアのような万全の手練れだったなら、辰巳は風葉を行かせなかっただろう。
 だが今は、前回とは色々と状況が違う。
 人造Rフィールドの源となる霊力は、確かに必要量を満たしてはいる。だが、それはあくまで必要最低限でしかない。ルートマスターからの追加補充は望めぬ上、揮発による減衰は今も続いているのだ。怪盗魔術師が急いだ理由もそこにある。
 加えてフレームローダーを動かしている霊力、すなわち怪盗魔術師が身を削って生み出している霊力《いのち》も、いつまで保つかは未知数だ。確かに邪魔が入らなければ、どうにか遺産へ辿り着く事は出来るだろう。だが生憎と、ここには邪魔へ入る事が出来る二輪とライダーが居り、十分な戦意を備えていた。
 辰巳がレックウを分離させたのは、その戦意を信じたからだ。
 最もサラとて、むざむざそれを見逃すつもりも無い。
『――少し、歩幅が大股ですよ!』
 スラスターを噴射し、レックウへ向けて太刀筋をねじ曲げようとするライグランス。だがその斬撃を、オウガが阻んだ。
「待てよ、俺と踊ってくれるんだろ? セット、クナイ二本!」
『Roger Kunai Etherealize』
 辰巳の指令に応じ、胸部Eマテリアルから生成される二振りのクナイ。オウガはそれをすぐさま掴み撮り、同時に投擲。
 左のクナイは真正面、即ちライグランスを目がけて。
 右のクナイは斜め上、即ち誰も居ない空間を目がけた、ように見えたのは僅か数秒。
「そ、こ、だぁぁぁっ!」
 ソニック・シャウト寸前の咆哮を撒き散らしながら、レックウのサークル・セイバーがクナイを抉る。塚本から切っ先まで綺麗に両断しながら、ライグランスを跳び越える角度を得たレックウが、虚空に更なる軌跡を描いた。
 右のクナイは、元々踏み台目的で投擲したものだったのだ。
 そして左は、無論ライグランスへの牽制である。
「な、に」
 しかして目を剥いたのは、意外にも辰巳が先であった。
 さもあらん。直線に投擲したクナイの軌道が、ライグランスの掲げた刃の手前で、ぐにゃりと曲げられたとあれば。
 慣性を無視し、ライグランスの肩横を過ぎ行くクナイ。虚空へ消え行くその理由を、辰巳はすぐに看破した。
 先程から紫色に燃えている霊力装甲。原因はあれだ。
 あの紫炎の正体は、恐らく燃焼ではなく放射。何らかの術式――恐らくは重力制御術式の一種を放射する事で、斥力場を生み出しているのだろう。
 その証拠に、タービュランス・アーマーから得たはずの加速が、若干だが落ちている。斥力場の影響圏に入ってしまったのだろう。ほんの少しではあるが、こと接近戦においてこの遅延は無視できない。
『でしたら、お望み通りにッ!』
 それを見透かしたかの如く、襲い来るライグランスの第二撃。
 ならば、と鉄拳で迎え撃たんとする辰巳。だがこの拳も重りを付けたように鈍い。斥力場の影響はライグランスに近付くほど強まるようだ。
 このままではオウガの打ち払いより、ライグランスの唐竹割りが先んじる。コンマ数秒足りない。
「ならば――!」
 左足のスラスターを噴射し、オウガは半身を逸らす。
 本来ならば悪手であろう。回避にはあまりにもタイミングが遅い。
 だがライグランスの唐竹割りは、半身となったオウガの胸部装甲を、僅かに削るだけで通り過ぎた。
 斥力場を逆利用し、回避速度を上げたのだ。
『おお、やりますね。ですがッ!』
 叫ぶサラ。振り抜きかけていた刃を斬り返すライグランス。
 宇宙を切り裂くV字の軌跡。その閃きに、今度こそオウガの拳は間に合った。
「しッ!」
 激突する鉄拳と刃。巨人の振るう鈍色と紫が、光無き虚空に火花を散らす。
 そこから生じる反動を利用し、サラはライグランスを飛び退らせようと考えた。その勢いのまま、宙返りからの振り抜きでレックウを強襲するために。
 だがそんな考えは、すぐに霧散する。
 正確には、霧散させられたのだ。刃の向こうに光る、オウガの双眸に。
 一瞬でも背を見せれば、オウガの鉄拳はこちらの真芯を打ち抜くだろう。先程とは逆の立場という訳だ。
『なる、ほど』
 故に、サラはレックウを見逃す。怪盗魔術師から文句は言われるだろう。ギャリガンからしかられるかも知れない。
 だがそんな失点はライグランスの稼働データ蒐集である程度緩和出来るだろうし、何よりサラはオウガというダンスパートナーと、まだまだ別れたくなかった。
『凄く上手じゃないですか。期待以上ですよ。では――テンポ上げますよ! ついてきて下さいね!』
 新たな呼吸と共に、新たな斬撃をライグランスは振るう。
 上から、下から、右から、左から。あらゆる方向から敵機を両断すべく、虚空に乱舞する紫の斬撃光。
 相対するオウガは、先程とは打って変わって防戦一方だ。斥力場によって間合いが読み辛い事もあるが、それ以上にサラの技量が凄まじいのだ。
『どうされました? もっと見せて下さいよ! さっきのようなパソドブレを!』
「パソ、ド……何?」
 顔をしかめながらも、全方位斬撃を丁寧に打ち払っていく辰巳。そうして十数回打ち合った後、左下段から襲い来る逆袈裟に、辰巳は蹴りを合わせる。
 打ち合う鋼、弾ける撃力。その反動を利用し、オウガはライグランスから飛び退る。間合いの仕切り直しだ。
「さっきも言ったが、踊りに関しちゃ素人なんでな。何を言われてもサッパリだ」
『そうですか、まぁ構いませんけどね』
 太刀を下段に構えながら、サラはくすくす笑う。彼女はこの状況を、心底楽しんでいるのだ。
『あれ……』
 ふと、サラは思い出す。以前、それと似た昂揚を味わった事がある。
 あれは、そう。以前、地獄の火洞窟でグレンとじゃれあった時だ。
 思い返してみれば、オウガのパイロットはどことなくグレンに似ている。
 大鎧装越しとは言え、これだけ打ち合えば相手の事は大体分かる。
 耳朶を叩く声、闘志を支える呼吸、拳から伝わる体重、そこから逆算される体躯。恐らくその背格好は、グレンと同じくらいの筈だ。
 そのグレンは、今頃どうしているだろうか。
『……多分、私と同じでしょうね』
 一人頷くサラ。グレンの性根が自分と同じである事も、以前の打ち合いで痛いほど知っている。
 が、そんな事情など分かる筈も無い辰巳は、小さく眉をひそめるのみだ。
「何が同じだって?」
『いえね? 実は私と同じで、とてもダンスが好きなお友達がいるのですよ。彼ならきっとこの状況に我慢できなくなって、どこかの誰かを誘っているんじゃないかなぁー、と思いまして』
「ほぉ、そいつはイイ趣味だな。俺は踊りがヘタだから御免被りたいところだが」
『またまたご冗談を。あ、でも今の彼が行けるのは地獄の火洞窟くらいですから、結局は悶々としてるだけでしょうね。私より点数が上だった罰です』
 ふふん、とサラは笑う。その何気ない一言に、しかし辰巳は眉をひそめた。
「地獄の火洞窟、だと?」
『……? ええ、そうですが』
 サラも眉をひそめる。今に至るまで半ば休眠状態だったサラに、地獄の火洞窟の現状を知る手段など無いからだ。
 だが、辰巳は知っている。あの場所には今、ファントム3が居るはずだ。そしてサラの言葉が確かなら、そのファントム3に戦いを挑んだ何者かが居ると言う。
 辰巳の表情に、渋い色が浮かぶ。
「……ソイツの実力は、どのくらいなんだ?」
『? 貴方と同じくらいだと思いますが――あ、もしかして』
 つり上がる口角を、サラは手で押さえる。
『居るんですか? 居るんですね?』
「ああ、身内の物好きなヒマジンがな。しかし、俺と同じくらいの実力か」
 一つ、辰巳は小さく息をつく。
「誰だか知らんが、気の毒なこった」
 そして、意外な一言をつぶやいた。
『……え?』
 きょとんとするサラ。その表情を単眼越しに見やりながら、辰巳はニヤリと笑う。
「おいおい。俺の教官、誰だと思ってんだよ」

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
灼装

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