06_冥王10_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第四十六話

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Chapter06 冥王 10


 フレームローダーが転移術式を潜ったのと、ほぼ同時刻。
『Rフィールドが、発動しただと……!?』
 月面の巌《いわお》は、フェイスシールドの下で絶句した。
 概算とはいえ、起動に必要な霊力はもう確保出来ないはず。だが、ならば、どうやって?
 渦巻きかけた疑問を、しかし巌はすぐさま閉め出す。
 仮説。検討。検分。検証。そんなものは後でいくらでもやれる。
 今必要なのは解決手段。そのために伏せていたカードを、巌は今こそ切る。
『ファントム4! 出番だ!』
「了解!」
 それまで膝立ち姿勢でクレーターの縁に佇んでいた鋼の巨人が、ゆらりと立ち上がる。
『利英《りえい》! プランBだ!』
『あいよーッ! ヤベエなこりゃフハハ!』
 同時に、クレーターを包んでいた試製三十六号酒月式乙種結界術式が解除。続いて今し方クリムゾン・カノンを転送した転移術式が、利英の操作に従って紋様を変える。転移座標が書き換わったのだ。
「結局こうなっちまったか……行くぞ、ファントム5!」
「う、うん! 分かってる!」
 ふんす、と鼻息も荒い風葉《かざは》。その気合いを背に、辰巳《たつみ》はコンソールを操作。ふわりとレツオウガは上昇し、スラスターを噴射。
 霊力の残光をたなびかせ、光の陣羽織を纏う巨人は、躊躇無く転移術式の中へ飛び込んだ。
 行き着く先はウェストミンスター区、ではない。ただひたすらな真っ暗闇の中だ。
「ここ、どこ?」
 辺りを見回す風葉。だが光源代わりだった転移術式は既に消えており、霊力装甲も辺りを照らしきれていない。
 大鎧装でも入れる大きさの部屋らしい事は辛うじて解るのだが――と、風葉が首を傾げていた矢先。ひとつ、またひとつ。にわかに照明が灯りだす。
 手前から、奥へ。床の両壁際、きっかり一秒おきに灯っていく霊力灯。全貌を照らし出すにはまだ少し弱い。が、それでもこの部屋が平坦に細長く続いている事は、照明の間隔から見て取れる。
「んんー?」
 目を細める風葉。そうして見据えた最奥の照明。その更に先にあった壁が、音を立てて開いた。
 ごうん、ごうん。軋みを上げる鋼の扉。巌の申請の元、上下に展開していく重厚なシャッターは、これからレツオウガが向かう場所をさらけ出した。
 即ち母なる青い星、地球の姿を。
「……ねぇ、五辻《いつつじ》くん。ここ、どこなの?」
「どこって、天来号のカタパルトだよ。あと、ファントム4な」
「あ、うん」
 ヘンなとこ頑固だなぁ、と思いながら風葉は頬をかく。そう言えば、キクロプスと戦った時もこんな事を言っていたような覚えがある。
 少し、気になった。
「ねぇ、どうしてそんなに――」
 呼び方に、こだわるの。
 そんな風葉の何気ない疑問を、唐突な電子音声が塗り込める。
『メインカタパルト、緊急発進モードスタンバイ』
 サイレンが鳴り響き、床に更なる光が灯る。無骨な壁面を照らし出す青い光は、電気では無い。
 レツオウガの足下から、地球を目指して一直線に伸びる青色のライン。その表面には、良く見ると精密回路のような紋様が見て取れる。これもまた術式なのだ。
『射出術式、展開』
 アナウンスと共に充填される霊力。強さを増していく青い光。更にそれへ連動し、レツオウガの背後、巨大な術式陣が像を結ぶ。
 雷蔵《らいぞう》のリフレクターを彷彿とさせるそれを背に、辰巳は慣れた手付きでレツオウガを操作。やや腰を屈めた走者のような格好は、緊急発進に伴う衝撃を和らげる対ショック姿勢だ。
『リニアカタパルト接続完了。発進準備よし』
 かくて展開した天来号のカタパルトに、風葉はイヤな予感を憶える。
「こ、これって、ひょっとして」
「歯を食いしばらんと、また舌を噛むぞ? ――レツオウガ、発進する!」
「うぇっ!? やっぱひ!?」
 急いで口を閉じる風葉。直後、凄まじい衝撃がレツオウガのコクピットを叩きつけた。術式のカタパルトから、レツオウガが射出されたのだ。相当な衝撃。重力制御術式で緩和されているにも関わらず、だ。
 振り向けば天来号の全景と、その下部に備え付けられたカタパルト、更には射出口からたなびくレツオウガのスラスター光なども見えたろう。だが生憎と今の風葉には、首どころか指一本動かす余裕さえ無かった。
「ん、んぐっ」
 レックウのハンドルを握り締め、強烈なGに耐えながら、風葉は息を飲む。
 辰巳の背の向こう。視界に収まりきらぬ青色の巨大な球体――地球が、コクピットの下で回転している。レツオウガが地球の表層を滑っているため、そう見えるのだ。
 壮大な雲海の流れ。圧倒される風葉。だがその海にうっかり飛び込めば、待っているのは大気摩擦による炎の洗礼だ。
 それを受けぬギリギリの高度を、パイロットの辰巳は精妙に操作している。
「……ん」
 その背中に、風葉はなんだか、少し安心した。
 が、それも束の間だ。
「見えた、あれだな」
 独りごち、目を細める辰巳。
 レーダーを使うまでもない。青い水平線の向こう、一筋の赤色が一直線に伸びている。
「あ、」
 風葉は、ぞくりとする。彼女は、フェンリルは、直感で理解したのだ。
 アレはRフィールドなのだ、と。飲み込むべき神話の現われなのだ、と。
 だから、やらなきゃ――そんな、自分自身でも意味が分からない衝動を、刺すような敵意が塗り潰す。
「っ!? 五辻くん!」
「!」
 そう風葉が叫ぶのと、辰巳が反応するのはほぼ同時だった。
 星空の向こう、索敵半径の更に先。眼下に輝く地球、その青い水平線上で、キラと小さな星が光る。
「シッ!」
 その星を、レツオウガの鉄拳が叩き落とした。軌道を反らされた星――もとい霊力弾は、地球の大気圏へと燃え落ちる。
「すんなり行けるとは思ってなかったが……成程、凄まじい精度だ。きっと針に糸とか一発で通せるんだろうな」
 半ば本気で感心する辰巳。そうこうする合間にも霊力の流星はレツオウガへと襲いかかり、その全てを辰巳は丹念に叩き落とし、あるいは反らしながら前進する。
 流星自体に大した威力は無い。仮に直撃したとしても、霊力装甲は微塵も揺らぐまい。もっとも、カタパルトによる加速は減衰してしまうだろうが。
 だがそれ以上に恐るべきは、この射撃精度そのものだろう。
 空気抵抗のない宇宙において、地球以上の距離の狙撃を行う事は、それ程難しくはない。
 だが敵はカタパルト射出によって超高速状態にあるレツオウガを、センサーでも感知できない遠方から、正確無比に狙撃しているのだ。恐るべき技量である。
 もっとも辰巳とて、その全てを問題なく捌いてはいるのだが。
「しかし、何のつもりだ?」
 十三個目の流星を裏拳で破壊しながら、辰巳は眉根を寄せる。
 こちらの位置が分かっているなら、もっと威力の高い弾丸がやって来ても不思議はない筈。
 だが敵はそれをしない。と言う事は、それを行うだけの余力が無いのか、あるいは――。
「歓迎のクラッカー、なのかね」
 そうこうする内に、赤い糸は線と言って良いくらいの太さになっている。相当近付いたのだ。
 同時に、今まで流星を放っていたらしい敵の姿もおぼろげに映り出す。赤い線を守るように浮かぶその姿は、白い装甲に身を包んだ人型だ。やはり大鎧装であるらしい。
 その大鎧装もレツオウガを本格的に捕捉したのか、流星の密度がいよいよもって上がり始めた。
 吹き付ける霊力弾の雨。それをやはり丁寧に捌きながら、レツオウガの双眸がぎらと輝く。
「となると、お返しをするのが礼儀か、なっ!」
 辰巳が、一計を講じたのだ。
「し、イッ!」
 もう何十度目かになる流星を弾いた直後、レツオウガはあろう事か地球へとやや落下。すぐさま重力に捕まり、コクピット内に警報が吹き荒れる。
「えっ? ちょっ!? 五辻く……じゃなかったファントム4!? 何してんの!?」
「なに、ちょっとした一発芸をな」
 あと少しでも降りれば即座に燃え尽きるだろうギリギリの位置で、辰巳は降下を停止。さながら大気表層でスケートをするような体勢。
 更にレツオウガはそのまま足を傾け、霊力装甲と大気の摩擦を上げる。途端、凄まじい熱が霊力装甲に食らいつく。術式損壊。結合を解かれた霊力は、光の粒子となって星空の底へ舞い落ちる。
 その様はさながらオーロラ。高密度の霊力装甲が、音を超える速度で削られたのだ。そうもなろう。元から吹き上げていたスラスター光なぞ、足下にも及ばぬ大瀑布である。
「わ、あ」
 溜息をつく風葉。凄まじくも美しい霊力光に、思わず振り返っていたのだ。
 なので、次の辰巳の動作に反応が遅れた。
「細工を少々――」
 射線から逸れた獲物を、改めて狙い来る流星群。その最初の一発を、レツオウガは指先で弾き飛ばす。後方へ。
 そんなレツオウガの後ろには、まさに今霊力装甲から剥離した霊力が大量に吹き上げており。
 その光の中に、流星が突っ込んだ。
 そして、炸裂した。
「わ、あああああああ!?」
 叫ぶ風葉。無理もあるまい。今まで宇宙を彩っていたオーロラが、一瞬で炎の嵐と化したとあれば。
「――仕上げをご覧じろ、ってな!」
 流石の狙撃手も動揺したのか、流星群が一瞬途切れる。その隙を、辰巳は見逃さない。
 大気表層を蹴り上げ、レツオウガは大きく跳躍。その意図に気付いた狙撃手が新たな霊力弾を放ってくるが、遅い。
 爆発の加速に加わるは、断続的なスラスター噴射。これによりレツオウガは、雷光のような軌道を宇宙に刻みつける。
 それでも神影鎧装を撃ち落とすべく、食い下がる狙撃手の霊力弾。だが慣性に縛られぬ軌道を先読みするのは、流石に不可能であり。
「いた、なっ!」
 かくて辰巳は、今まで散々流星を送り込んできた狙撃手の姿を、その目に捉えた。
 敵は、細身で真っ白い大鎧装であった。
 外見的特徴はさほど多くない。全身を包む装甲は白くつるりとしており、恐らくスラスター類も最低限しかあるまい。まるでマネキンか、マリオネットのような出で立ちだ。
 それだけに紫色の単眼《モノアイ》と、両手首に光る同色の籠手が辰巳の目を引いた。
 マリオネットはその籠手を、レツオウガに向けてまっすぐに突き出している。そして今、その表面から散々撃墜してきた霊力弾が射出された。どうやら今まで、あれを使って狙撃していたらしい。
「あんな拳銃のようなもので、まぁ、よくも」
 呆れ半分に呟く辰巳。
 だが、ここまで来ればそんな事はどうでも良い。今最優先するべきは、刻一刻と伸びている人造Rフィールドの破壊だ。こんなひ弱な狙撃手など、速度と霊力装甲に物を言わせて――。
「――」
 無視、出来ない。
 そう断言しうる予感が、辰巳の背を撫でた。
 このまま通り過ぎれば、やられる。背を見せた瞬間に斬られる。
 根拠は無い。ただの直感。しかして、この皮膚を焼く冷気を無視できる筈も無く。
「ッ!」
 故に辰巳は霊力弾を撃ち落としながら、機体を旋回させ、急速上昇を仕掛けた。
 大きく円を描きながら、微妙な減速をかけるフェイント。同時に足を振り上げ一気に接近し――踵落としで強襲をしかける。
 天来号のカタパルトとレツオウガのスラスター、二つの加速を掛け合わせた電光石火の一撃は、しかし空を切った。
 激突の直前、敵機がスラスターを噴射して回避したのだ。
 一瞬、交錯する二機のカメラアイ。
 表情など無い。だが辰巳は相手の丸い目の奥に、敵パイロットの微笑を見た。
「ハあ、あっ!」
 叫ぶ辰巳。レツオウガがスラスターとタービュランス・アーマーを噴射し、体勢を急転換。後ろのパイロットがさっきから騒いでいるが、辰巳は気にも留めない。間合いを詰める。攻め続ける。
 裏拳、回し蹴り、肘打ち、正拳突き。硬軟織り交ぜた連打を放ち続けるレツオウガ。
 対する敵機は身を翻し、スラスターを吹かし、あるいは籠手で打撃を逸らし続ける。
 舌打つ辰巳。相手が防御に専念しているとは言え、有効打がまったく決まらない。水面を叩いているような手応えのなさ。
「眼が、良い、みたいだなっ!」
 そうして、十数度打撃を見舞っただろうか。不意に、二機の大鎧装の動きが止まった。
 十字にブロックした敵機の籠手が、レツオウガの拳を受け止めたのだ。
「ぬ、ぅ」
 ぎりりと鍔迫る拳と籠手。攻めているのは辰巳だが、不利なのもまた辰巳の方だ。
 ちらと視界の端に捉えた赤色は、こうしている今もじりじりとニュートンの遺産へ接近し続けている。猶予は数分、あるかないか。
 もしアレが遺産を浸食してしまったなら、どうなるか。わかったものではない。
「……どこの誰かは知らないが、ちと道を空けて貰えないか? 急ぎの用事があってよ」
『あら、そうなのですか? つれないですね』
 答える声は意外に高い、と言うよりも若い。風葉と同じぐらいかもしれない、と辰巳は直感する。
 実際、その直感は正解だ。サラは十八歳である。
 が、今はまったく関係が無い。
『と言いますか、そんなに急いでいるのでしたら、私ごとき気にせず行かれても良かったのですよ?』
 ほんの少し、サラの大鎧装が体勢をずらす。拳の勢いを反作用とし、ひらりと後ろに飛び退る。舞うような、しかし隙の無い身のこなし。明らかに熟練者のそれだ。
「そうしても良かったんだが、実はクラッカーで気前よく出迎えてくれたヤツがいてな。是非ともお礼がしたくなったのさ」
 完全静止したレツオウガの体勢を整えながら、辰巳は敵を見据える。
 あの大鎧装が足止めとして配置された事は間違いない。現状で人造Rフィールドを突破出来るのは、フェンリル憑依者のオラクルと風葉のみ。故に、防衛担当は一機で十分と判断したのだろう。あるいは、向こうも手駒が少ないのかもしれない。
『そうなのですか。では――』
 通信の向こうで、何かを操作するサラ。途端、敵機は装甲を全身の展開した。
 目を見開く辰巳と風葉。その眼前で、敵機の霊力が目に見えて膨れ上がる。
「な、に」
「な、なんで脱いだの!?」
「……斬新な目の付け所だな、ファントム5」
「え、違うの?」
 きょとんとする風葉だが、辰巳は振り向く事無く前方を睨む。
 頭、両腕、胸部、腰部、脚部。鞘から剣を引き抜くかのように、開いていく装甲。だが内部から現われたのは刃ではなく、内部機構そのものであった。
 機体の根幹を成す骨格《フレーム》、動力を伝達するパイプ類、血管のごとく張り巡らされた術式紋様。どれもこれも貴重な情報源だが、殊更に目立つのがフレームに埋め込まれた紫色のプレート群である。
 大きさ自体はさほどでも無い。畳一枚分と同じか、あるいはもっと小さいか。だが内包されているだろう霊力は、そのサイズに見合わぬほど膨大である事が見て取れる。
 しかもそのプレートは、抜き放たれたあらゆる装甲の間隙で、一直線に敷き詰められているのだ。流石にレツオウガ程では無いが、それでも結構な霊力を保持しているのが見て取れる。
 そんなプレート群に刻まれていた術式を、サラは今こそ発動する。
『灼装《しゃくそう》、展開っ!』
 轟。
 サラの操作に従い、全てのプレートからまばゆい炎が吹き上がる。
 ほとんど爆発するような勢いで、宇宙を照らし出す紫色のたてがみ。埋め込まれたプレートと、何よりサラのバイザーと同じ紫に揺らめく霊力の火は、やがて敵機の装甲上へ巻き付くような軌跡を刻み――数秒の間を置いて、実像を結ぶ。
 現われたのは、末端から炎のような霊力を立ち上らせる、霊力の鎧だ。しかもそれは、明らかに武者鎧と言うべき出で立ちであった。
 ゆらゆらと揺らめきながら、紫の霊力光を放つ武具。その中にあって、一際妖しい闘気を纏う得物に、サラは手をかける。
『お礼ついでに、一曲踊って頂けませんか? 私と、私の大鎧装――ライグランスと、一緒に!』
 かくてサラの駆る大鎧装ことライグランスは、流れるように獲物を抜き放つ。
 地球光を吸ってぬらりと光るそれは、大鎧装の身長にも匹敵する長大な太刀であった。

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【神影鎧装レツオウガ メカニック解説】
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