神影鎧装レツオウガ 第四十九話
Chapter06 冥王 13
二機の大鎧装のダンスは、いよいよ佳境に入ろうとしていた。
くるくると、大鎧装ライグランスが虚空を舞う。
くすくすと、パイロットのサラが楽しげに笑う。
「うふ、ふぅッ!」
笑いながら、短い呼気を吐く。その度に、ライグランスの太刀が閃く。
振り下ろし、薙ぎ払い、たまに蹴撃。搭乗者の技量と機体の性能が合わさった、華麗な連撃。
「ハ、あッ!」
辰巳《たつみ》もまた短く息を吐く。その度にオウガの鉄拳が、蹴撃が、ライグランスの攻撃を逸らし弾く。打ち合った数は既に数十を超えているが、辰巳はクナイを放った先程以降、一度も攻めに回っていない。
サラのダンスが激しい事はある。灼装の斥力がため、間合いを読み切れない事もある。現に二度、右腕と左肩部に斬撃を受けてしまっている。致命傷には程遠いが。
それに、辰巳は攻められないのでは無い。攻めないのだ。
敵大鎧装、ライグランスの性能を見極めるために。
「引っ込み思案ですね……もっと見せてくださいよ、貴方の情熱を!」
ライグランスの太刀が、今まで以上に強く閃く。瞬間的なブーストを重ねた、大上段からの唐竹割り。稲妻じみた渾身の一撃。
「ッ!」
その稲妻を、オウガは掴み取った。真剣白刃取りだ。
ぎち、と軋む刃と鉄掌。気を抜けば霊力装甲ごと割られるだろう刃の輝きを、辰巳は見上げる。
「なる、ほど」
辰巳の眉間に皺が寄る。止める事は出来たが、その振りは目算よりコンマ一秒早かった。
原因は分かっている。ライグランスが身に纏う炎の鎧、灼装《しゃくそう》とやらのためだ。
サラは腕部の灼装から放たれる斥力場を操作、腕の振りに加算させて唐竹割りの速度を増加させたのである。攻守一体の機能という訳だ。
そしてその手管は、今の唐竹割りが初めてではない。概算だが今まで交わした斬打のうち、三割ほどは斥力場によるフェイントが混ぜられていた。腕と肩に斬撃を貰ってしまったのもそのためだ。
「中々、面白いやり方だな。これも踊りの一環かい」
『ええ! テンポ調整とアドリブは、私の特技の一つですから、ねっ!』
拮抗を崩すべく、蹴りを繰り出すライグランス。だが辰巳は既に予測していた。
「セット、ブースト! 並びにパイル!」
『『Roger RapidBooster PileBunker Etherealize』』
システムへ指示しつつ、辰巳もオウガの脚部を操作。最も装甲の厚い部位で蹴りを防御。その直後、背中へ構築されたラピッドブースターが吠える。
オウガの鉄掌が、ライグランスの刃上を滑る。至近距離で起きた爆発的な加速が、斥力場を強引にこじ開ける。
零距離。
「は、アッ!」
オウガの膝蹴りが、それに伴うパイルバンカーが、ライグランスを吹き飛ばす。
『――ッ!』
鋼が軋む。コクピットが揺れる。敵パイロットの声にならぬ声が、回線越しに耳朶を打つ。
だが、それだけだ。致命傷には至らない。
「今のを凌ぐ、か」
感心する辰巳。打突の直前、ライグランスは切磋に太刀を捨て、両腕を交差させて防御したのだ。
『く――ふ、ふふ。素晴らしいフォルティッシモですね』
防御を解くライグランス。流石にパイルバンカーには耐えかねたのか、右篭手は半分ほど無くなり、左篭手に至っては完全に消滅している。が、それも束の間だ。
紫の炎はすぐさま火勢を吹き返し、先程の形を取り戻そうとする。
それを見逃す理由は無い。加えて現在、ライグランスは太刀を手放してしまっている。ここが勝負所だ。
未だ掌中へ収まっていた太刀を放りながら、オウガは今こそ攻勢に転じる。
「セット! ブレード! 並びにブースト!」
『Roger Blade Rapidbooster Etherealize』
辰巳のかけ声に従い、両肩部Eマテリアルから霊力光が投射。絡み合う光。急速に組み上がるフレーム。オウガがそれを掴むと同時に、二振りの刃は完成する。
「これ、で……?」
更にスラスターとラピッドブースターを同時発動、急加速攻撃をかける――直前に、辰巳は見た。
視界の端。未だ消えぬライグランスの太刀が、ぴくと微動するのを。
あの太刀は霊力武装の類いである筈。なぜまだ消えない? 五秒は優に過ぎているぞ?
疑問は悪寒へと変じる。辰巳の背を、ぞわと撫でる。
「ち、ぃっ!」
全身のスラスターを総動員し、ラピッドブースターの加速を強引にねじ曲げる辰巳。その推力と質量が乗った刃を、オウガは振り上げた。未だ消えずに残っている、ライグランスの太刀へと。
そして、その直感は正しかった。今まさに、オウガの脳天目がけるライグランスの太刀が、持ち手も無いまま閃いていたのである。
が、ぎ、ん。
オウガの両腕から伝わった衝撃が、コクピットを揺さ振る。凄まじい一撃だ。先程白刃取った唐竹割りと同等、いやそれ以上の重みがある。
「……おいおい。こういう隠し芸を持ってるんだったら、先に言っといてくれよ、なっ!」
刃と体幹を僅かにずらし、オウガは太刀を受け流す。持つ者の無いまま振り抜かれる斬撃が、オウガの鎬と装甲を掠める。
「ふッ!」
無論、辰巳がただ通り過ぎるのを見逃す筈も無い。右の柄尻、繰り出される打突。鋭いその一撃は、太刀を中央から真っ二つに折り砕く。霊力武装は今度こそ消えていく。
『あらら。お気に召しませんでしたか? 私のモントゥーノは』
いつのまにか再構築された篭手の具合を確かめるように、軽く腕を振るライグランス。飄々とした姿勢を崩さない敵機に対し、辰巳は改めて二刀を構える。
『それにしても、特注の一品だったんですよ? あれが無いと色々困ります』
「そりゃすまん。けど今は持ち合わせが無くてな。ツケててくれ」
言いつつ、辰巳はオウガの状況を素早くチェック。衝撃が少し関節に響いているか。まだまだ許容範囲ではあるが。
次いで、辰巳は先程の斬撃の正体を考える。
かつて自分がクナイでオーディン・シャドーの脳天を狙った時――とは、また違う切り口の攻め方。
推察するに、あの太刀もまた灼装の一部なのだろう。棟側から術式によるベクトルを生み出し、遠隔斬撃を見舞って来た訳だ。
サラ。そしてライグランス。予想以上に厄介な相手だ。
さりとて、付け入る隙が無い訳でも無い。
それを計るため、辰巳は灼装を、その根本を支えているプレート状装置を睨む。
『ふむぅ、おけらさんなのですか。じゃあ仕方ないですね』
そんな視線を知ってか知らずか、サラは立体映像モニタを起動。後頭部カメラアイから転送された人造Rフィールドは、いよいよもってニュートンの遺産を飲み込まんとしている。足止めはもういいだろう。
『……さて。名残惜しいところですが、私はそろそろ失礼させて頂きますね。ダンスも楽しめましたし』
「おや、つれないな。十二時にはまだ早いぜ? シンデレラ殿」
白々しく言う辰巳だが、検討は概ねついている。十中八九、あのプレートが原因だ。
あれは恐らく霊力タンクの一種だ。Eマテリアルには及ばないが、それでも結構な大容量の。
そこから大量の霊力を放出し続ける事で、ライグランスの斥力場は成り立っているのだろう。炎のような鎧には、火種もあってしかるべきというわけだ。
だが、ならば。
その火種が無くなれば、どうなるか。
考えるまでも無い。火は消える。斥力場も消滅する。再点火は、恐らくあるまい。
根拠はある。先程、パイルバンカーを防御した灼装の篭手。それ自体は未だ健在だが、火元のプレートへ目をこらせば、他の物とはいくらか光が鈍っているのが解る。他の部位より消耗が大きいのだ。
霊力武装《つかいすて》の太刀を特注と嘯き、未だ再構成しない理由もそれだろう。ライグランスは、霊力に余裕が無くなって来ていると見て良い。
「踊り方も何とか飲み込めてきたワケだし、どうだい。今度はこっちがエスコートするぜ?」
オウガは二刀を構え直す。緩やかに、身を沈める。突貫の予備動作。
それに相対するライグランスの単眼《モノアイ》に、辰巳はまたもやパイロットの笑みを見た。
ただし今度は、余裕ではなく焦燥の。
『ふふ。お誘いは大変嬉しいのですが、実は今日はお料理の講習もあったんですよね』
「なるほど、さっきの隠し芸もそのためか。確かに便利そうだな、肉とか野菜とか切るのに」
『そうなんですよ。それに――』
チラと、サラはもう一度立体映像モニタを見る。
人造Rフィールドは、遂にニュートンの遺産へと食らいついた。時間稼ぎはこれで終わりだ。
後は撤退するだけなのだが――。
『――お急ぎの用事があったのでは?』
逃げの手札は勿論あるが、切るタイミングを間違えば台無しだ。その上、サラは辰巳の実力を今までの打ち合いで十全に把握している。
隙は無い。そんな甘い相手ではない。
ならば、造るしか無い。
「そっちはツレが行ったから良いのさ。どうなったってな」
対する辰巳も、ライグランスへ踏み込むタイミングを計っていた。
――人造Rフィールドがどうなろうと、フェンリルの力がないオウガは手が出せない。
ならば今は、手が届く場所にある問題へ対処すべきだ。紫の単眼と相対した時に、辰巳はそう結論づけていた。
手っ取り早く撃墜するのも良いだろう。だがギノアや怪盗魔術師、そしてこのサラのような人員を保有している敵組織の全貌は、未だ未知数であり。
それを聞き出せそうな口が、今まさに逃げ出そうとしている。
みすみす見逃す理由は、どこにもない。
「それに、聞きたい事もあるんでな。悪いが、付き合って貰うぜ」
『……ふふ。積極的な殿方は、嫌いじゃ無いんですけどね』
辰巳とサラ。睨み合う二人の大鎧装パイロットは、奇しくも同じ表情を浮かべていた。
即ち、笑みを。
そして、それが合図となった。
きしりと。オウガの右刃が、僅かに上がる。踏み込みの予備動作に見えるような、見えないような。ごく微妙な角度。
対するライグランスは、右腕を僅かに下げる。突貫を警戒し、構えを変えるために。
体幹が動く。重心がずれる。ほんの少しの、本当にちょっぴりの、隙が生じる。
その隙に、オウガは突貫した。
「セット、ブースト!」
叫びながら、辰巳は今度こそスラスターを全開。轟く振動がシステムの返答を塗り潰し、オウガの巨体が虚空を跳躍。更にラピッドブースターも展開、辰巳はこれも躊躇無く発動。
一直線の単純な移動に、二段階加速のフェイントを挟んだ恰好だ。
並みの相手であれば、成程確かに通用したろう。すれ違いざまに両手足を切断し、狙い通り無力化する事が出来たろう。
だが。
双刀を振りかぶる直前、辰巳は見た。否、見せられた。
ライグランスの背後、ずっと向こう。ニュートンの遺産へ食いついていた人造Rフィールドの柱が、唐突に爆ぜたのを。
そしてその中から、途方も無く巨大な異形が現われたのを。
「な」
目を剥く辰巳、口角を吊り上げるサラ。
サラは怪盗魔術師の協力者だ。Rフィールドがニュートンの遺産へ干渉した後にこうなる事を知っていたのは、むしろ当然ではある。
げに恐るべきは、そのタイミングへ重なるようオウガを誘導した手練手管であろう。構えを崩して隙を見せたのは、このためだったのだ。
「――く!」
そうした全てを、辰巳は一瞬で理解した。当然、サラが次に取るだろう手段も。
突貫するオウガを目前にしながら、ライグランスは右腕を伸ばす。篭手の霊力弾を発射する構え。
無論、そんなものはオウガにとって致命傷にはなるまい。幾ら照準が正確だと言っても、対大鎧装用としては牽制にしかならない出力なのだ。
だが、パイロットが剥き出しの状態だったらどうだろう。
ライグランスは手を伸ばしている。ただし正面では無く、後ろに。
狙っているのだ。破断したRフィールドから放り出された、一台のバイクを。
「霧宮さん、ッ!」
白熱する辰巳の脳裏に、ライグランス捕縛の選択肢は抜け落ちている。振り上げた刃は軌道を変更し、全力で右腕の切断にかかる。
だがサラからすれば、そんな軌道を読むのは容易いものだ。すれ違いざま十字に薙ぐオウガの斬撃を、ライグランスは大きく仰け反って回避。霊力弾は発射しない。レックウを狙う構え自体がそもそもブラフである。
すれ違い、オウガと位置を入れ替えるライグランス。それと同時に、サラは撤退のカードを切った。
「緊急コード発動! エスケープ!」
『Roger E Plate Purge』
声を上げるサラ。それに呼応し、ライグランスを包んでいた灼装が、あろう事か一斉に鎮火。
更にその火種として内蔵されていたプレート状装置が一斉射出、直後に爆発する。
「ぬ、ぁっ!?」
唐突に襲い来た爆光を、両腕を組んで防御するオウガ。幸いと言うべきか、威力自体は大したものではない。
だがサラの撤退には、それで十分事足りた。
『ガラスの靴はありませんが、ごきげんよう!』
爆光越しに手を振りながら、ライグランスは全力加速。反対方向へ、一直線に。なまじラピッドブースターを使っていたため、オウガは方向転換すらおいそれと出来なかった。
「……まぁ、良い事にするさ」
加速の勢いのまま、オウガは漂うレックウに近付き、通信回線を開く。
「無事か、ファントム5」
『……あ、五辻く……じゃ、なかったっけね』
レックウのハンドルを固く握ったまま、ぎこちなく頷く風葉《かざは》。
何だか様子がおかしいが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「正解、ファントム4だ。まぁ、俺も他人の事を言えたクチじゃないか」
二刀を解除し、オウガはレックウを手のひらに受け止める。
そのままスラスターで速やかに後退しながら、辰巳は眼前の敵を見据える。
「ぼうっとしてると危ないぜ。道路は無くても、交通法は守らなきゃな」
『ん、ん。わかってる』
「なら良し。しかし……」
オウガは全力で下がっている筈だ。だというのに、正面にある濃緑色の巨大な柱――もとい新たな敵鎧装は、なかなか小さくなってくれない。
その体躯を計るためにか、キロメートル単位の物差しが必要だろう。Rフィールドを破って現われた敵は、それ程までに巨大だったのだ。
辰巳と風葉は見上げる。柱のような敵機の頂上、ニュートンの遺産が浮かんでいた辺り。そこからこちらを悠々と見下ろす、巨大な頭部と二つの目玉を。
顔は刃のように鋭く尖っているのだが、いかんせんあまりにも巨大過ぎるため、山としか言いようが無い。
その凄まじい姿に、風葉は先程Rフィールド内で聞いた怪盗魔術師の声を、知らず呟いていた。
『神影鎧装、バハムート、シャドー』
そんな風葉の声に応えるかの如く、超巨大神影鎧装、バハムート・シャドーは吠えた。
【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
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