星
「ナーーー!」
ゆっきゃんの口癖だ。
「ゆっきゃん」という先輩がいた。
中学校の頃のサッカー部のキャプテンだった。
強くて明るくて下級生にも優しい「ゆっきゃん」は僕たちのスターだった。
みんな「ゆっきゃん」の口癖のマネをした。
みんな「ゆっきゃん」になりたかった。
僕たちは「ゆっきゃん」に憧れていた。
「ゆっきゃん」
なんてかわいい名前なんだろう。
完全に犬の名前だ。宇宙的な可愛さだ。
「きゃん」ってどうやったら付けて呼んでもらえるんだろう。人生で一度も「きゃん」付けで呼ばれたことがない。この際呼んでみようと思う。ようへいだから
「よっきゃん」
やっぱり違う。想像と違う。可愛くない。
やはり「ゆっきゃん」にはなれないのだ。
何度も書いていたら「ゆっきゃん」が「ずっきゅん」に見えてきた。そんなことはどうでも良い。
ジャージのズボンの上にサッカーソックスを膝まで重ねて履く、お百姓さんのようなスタイルがゆっきゃんのスタイルだった。
学校指定のジャージしか着てはいけない校則の隙を突いたゆっきゃんの見事な着こなし。僕たち新入部員の心は一瞬で鷲掴みにされた。
お百姓と化した僕たちは朝からお百姓スタイルで授業を受ける。各クラスに何名かのお百姓が紛れ込んでいることになる。お百姓達はそのまま部活動へとなだれ込み「ナーーー!」と叫びながらボールに群がる。さながら合戦だ。中学校で一大お百姓ムーブメントが巻き起こってしまった。スターは人を狂わせるのだ。
一年生だけで紅白戦になると、もう誰が敵で味方なのかわかるはずもなかった。百姓一揆だ。
僕たちはゆっきゃんにずっきゅんだったのだ。
*
最近、子供達にダンスを教えていて思う事がある。
子供達は元気だ。元気すぎるくらいだ。
さっきまで泣いていたのに、1分後には全開の笑顔でスタジオを走り回っている。面白ければ笑い、面白くなければ笑わない。痛かったら泣き、わからない事をわからないと言える。
「疲れた白菜を踊りで表現してください」
とゆう僕の無茶振りにも全力で応えてくれる。急に正座をして疲れきった表情で白菜を食べ始める子(箸で食べている。可愛い)や、この世の終わりのようなダルさで白菜になりきる子(これが見事すぎて。なにをしたらそんなにダルくなれるのだろう...と思ってしまった。おそらく白菜の葉なのだろうか手が痙攣している。目は空中を見上げ白目になりかけている。完全にキマっている。大丈夫なのだろうか)など、子供達は軽く想像を超えてくる。
自由だと思う。自由すぎるくらいに。
涙から白目まで完璧にこなすその守備範囲の広さ。スーパースターなのか。先生は羨ましくなってしまう。
好きなものを好きだと叫び、痛ければ涙を流す。
先生はあなた達にずっきゅんしてしまう。
*
先生にも小学生の頃があった。先生は星が好きな子供だった。
僕はいま星を見ているけど
僕の目に星が見えていると言うことは
僕と星のあいだにある宇宙も見えていて
それを通して目は星を見ているのに
僕の目にはなんで宇宙の形が見えないのだろう
あの星はいまはもうないかもしれなくて
もしなくなった星を今見ているんだとしたら
目に映っているこれは一体なんなんだろう
とんだ星空野郎だ。
わからないことだらけでうれしくて。
先生の心はずっきゅんしっぱなしだった。
「きっといつか大人になったらわかる日がくるんだ!」と、大人の自分に秘密のプレゼントを用意できたような気がしてうれしかった。
たくさんのプレゼントを開けているの将来の自分がたのしみで、はやく大人になりたいと思った。
*
昔よりも減ったなぁと思う。
憧れたり、好きだと思うことが。
ちょっとさみしい。
想像と違う。可愛くない。
子供の頃はたくさんの憧れやたくさんの好きに囲まれて、自由しかない世界でのびのびと走り回っていたはずだ。可愛い。
この頃すこし窮屈な気がしている。
好きなものを好きだと、わからないことをわからないと言い、その状況をまるっとまるごと飲み込んですぐに次の楽しさに手を伸ばす。昔の自分がすこし羨ましい。
大人になるとはどうゆうことなんだろう。
お百姓の格好をして、グラウンドを走り回っていた自分はどこに行ってしまったのだろう。田んぼにいるのだろうか。
星空野郎は、今日も星を見上げてずっきゅんしているのだろうか。プレゼントは開けられたのだろうか。
大人になっても、わからないことばかりだ。
すこし肩の力を抜きたいと思う。
身体の窮屈な部分をすこしづつ緩めていって、紐をほどくようにするっと抜けてみたい。白目で白菜になりきる子供のように軽やかに。
ぬくもりに包まれて安心して脱力したい。星をみている君のように無防備に。
あせらずに行こう。先生は大人だ。
大人はあせっているところを見せないのだ。
そしたら、また一緒に星を探そう。
子供の頃となにも変わらない星空を見上げて、あるのかないのかわからない星を探そう。
もしかしたら僕の目に映る星空は、君のような純粋でまっさらな輝きはもうないかもしれない。どちらかというとおっさんの輝きかもしれない。
でも、付き合ってほしい。
久しぶりに見る星空はいいはずだ。
わからんけど、なんかいいはずだ。
いままで見たどの星空より輝いてるはずだ。
もしかしたら、おっさんが一番光っているかもしれない。許してほしい。
星空の下で、君のくれた秘密のプレゼントを
一つも残さずに開けよう。お百姓の格好で。
二人で白目になって「ナーーー!」と叫ぼう。
なにもわからないかもしれない。でもきっと、楽しい。
何度でも叫ぶよ。君はおっさんのスターだから。君は喜んでくれるかな。
おっさんだって、ずっきゅんしたいのだ。
本日のおっさんの一曲。
そのぬくもりに用がある。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?