見出し画像

終電に駆け込んだぼくは、今日も簡単に酔っ払う。

「先生はなんで踊っているの?」

きらっきらの輝いた目で話しかけてきたのは一人の子供の生徒。子供のかわいい顔から繰り出される、まっすぐで鋭い質問にドキッとした。

心の内側がそのまま口からでたような一言。
うん。素直でよろしい。

なんで踊っているの?

年末の埼京線にかけこんだ。

いつものやるき茶屋で友達とどうでもいい話をして、お酒がよわい僕は今日も簡単に酔っ払った。お酒はすきだけど、よわい。40歳手前の今も変わらずによわい。たぶん一生よわい。
いまでもお酒を飲むのは、一ヶ月のうち一度か二度くらいで、一杯だけ飲んでちゃんと酔っ払っている。なんなら雰囲気とグレープフルーツジュースだけで酔えるし、頭の中がぐりんぐりんしてくるので、結構ちゃんと酔っ払っているのだと思う。

友達と別れて駅に向かった。僕は酔っ払った勢いで、家とは逆方向の最終電車にかけこんでしまった。もう20年前のこと。

乗る電車をまちがえたんじゃなくて、会いたい人がいた。駅に着いて電話をしたら、ちゃんとしっかり目に怒られた。いつも後先のことを考えない僕の性格は彼女にはありえないらしい。

電話をきってから彼女が駅に到着するまでの間にすこし時間があったので、ちかくの商店街をうろうろした。すべてのお店のシャッターが閉まっていて誰もいない、すごく静かな夜の商店街。街灯と自動販売機の明かりで、すこし安心した。

自動販売機であったかいコーヒーを買って、座り込んで、たばこを吸った。さむい。
電線と電線のあいだから月がみえた。真っ黒な空に、月がひとつだけ。さむい。

でも、きれいだな。と思った。

「普段、言えないこととかない?」
「うーん」
「先生はあるかも」
「うん」
「踊ってるときは、なんでも言えるでしょ?」「うん!」
「だから踊ってるのかも!」

「そっかあぁぁ!!!!」

と言って子供は走り去ってしまった。最終電車のようだった。子供の切り替えの早さがすごすぎて、先生は、完全に取り残されてしまった。

携帯が鳴った。駅に急ぐ。
車で迎えにきてくれていた彼女は、いつもよりすこし大人にみえて、車の中は暖かかった。毛布を一枚持ってきてくれていて、うれしかった。僕たちは別にどこに行くわけでもなくて、結局近くの川の土手に車を止めて、朝までただ眠った。さむくて毛布を半分づつ使った。僕の体の半分は入りきれなかった。

何を話したのか全然思い出せないのだけど、車の中の僕たちの雰囲気は、あんまり良くなかったことと、真っ黒な空に浮かんだ月がこの思い出のハイライト。でもちょっときまずいからあんまり思い出したくない。

あるとき彼女が言った。

「あなたの当たり前は、わたしには当たり前じゃないの」

僕はなにも言えなかった。

まっすぐで鋭い一言にドキッとした。

スタジオでは子供達が元気に踊っている。
なんのフィルターも通さないまま放たれる子供達の声は、今日も変わらず心地良い。

本当に踊りが好きなんだなぁ。と思う。
きらっきらの輝いた目で、当たり前に。
それをみていて、きれいだな。と思う。

好きだから、おどりたい。

うん。素直でよろしい!とはいかないのが、年末の終電にかけこんだこの男である。

普通に会いに行けば良いのに、なぜか終電に駆け込む。普通に言えば良いのに、なぜか踊ってあらわす。正気か。特に踊ってあらわすって、おまえは巫女さんか。一体どうなってるんだ。

そして、そんな僕はいまだに踊ることが好きだと言えない。(20年続けている時点で紛れもなく好き決定だと思うのだが、そうは問屋が卸さないのである)

なぜって、かなしいのだ。
踊ることが。

なぜだか、かなしくてかなしくてしかたがねえのだ。それは、ぐしゃっと胸の底に押し込められた、言葉になれなかった言葉たち。やがて毒となり身体をめぐる。ポイズンだ。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ。だ。
そんな踊りというものに、僕はいままで何度救われたかわからない。

踊りのいいなと思うところは、過去や現在のあーだこーだも踊ることができるところだ。あーだこーだというのは、実際の出来事や、勝手に美化された記憶、どうでもいい妄想のようなもの達で、それは日々とめどなくあふれる。
それは昔住んでいた街を偶然通りがかったときに、そこに居たはずの自分がまったくの他人に思えてしまうあの感じに似ている。あたたかくて、すこし、痛い。昔の自分の当たり前だった姿は、もうどこにもなくて、安心してしまうような。やっと息が吐けたと感じてしまうような。あの感じ。

そんなあーだこーだに、身体は揺さぶられる。なにかを振り落とすように揺れ続ける。
そしてこのとき、すこしかなしい。

だから逃げるように踊るのだ。

かなしみに駆け込むのだ。

自分の当たり前を、当たり前と思うな。

でも知っている。

そのとき、確かに踊りに救われている自分と、同時に踊りに逃げ込んでいる自分のよわさを。そんなとき僕は、踊りが好きだなあ。と思う。

口にはださない。男心はめんどくせえのだ。

好きだけど、よわい。

なんかお酒と似ているなあ。と思った。

ひさしぶりにお酒でも飲もうと思って、空を見上げてみたけれど、こんな夜に限ってちゃんとしっかり目に曇っている。ぜんっぜん月なんてみえねえのだ。真っ黒なのだ。かなしい。
たまには素直にビールでも飲んでまってみようと思う。

先生はなんで踊っているの?
好きだからに決まってる。
うん。素直でよろしい!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?