スクリーンショット_2018-06-09_1

戦争は伝わりやすく、平和は伝わりにくい理由

『なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか』という本がある。

その本はまず、読者にこう語りかける。

もしも、目の前に「戦争」と「平和」と書かれたカードが並べられたとして、「どちらを選びますか?」と問われたら、きっと多くの人が「平和」のカードを選ぶのではないだろうか。にもかかわらず、世の中から「戦争」がなくなったことは一度もない。

戦争も平和も、それがどんなものなのか、世界中の人が知っている。

だけど、「それぞれどんなイメージか」と改めて問われてみると、どんなイメージを思い浮かべるのか。

そこで、戦争(war)と平和(peace)をGoogleで画像検索してみると……

戦争(war)には「絵になるもの」があり、ある程度イメージは共有できる。

一方で、平和(peace)には「絵になるもの」がない。それは、他者とイメージを共有することが難しいことを意味している。

戦争は目に見え、平和は目に見えにくい。そのことは、「伝わりやすさ」においても通ずる。この差は何をもたらすのか。

一つが、「プロパガンダ」と言われるものだ。

戦争は「恐怖のイメージ」を一瞬にして多くの人と共有できるがゆえに、コミュニケーションがしやすい。イメージをすり合わせる作業は必要ない。

一方で、平和を訴えようと思えば、人によって頭に浮かぶイメージが異なることから、まずは「平和のイメージ」を互いにすり合わせる作業が必要になる。その分、コミュニケーションに手間がかかる。

「プロパガンダ」と言われるメディアを駆使したコミュニケーション戦略により、戦争は拡大していく。

戦争は「始まる」のではなく、「誰かが始める」ものであり、その発端となる権力者はこの原理をうまく活用する……。

本のタイトルでもある「なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか」という問いは、こうして同書の序章であっさりと解が提示される。

だけど、この本の真骨頂はそこから始まる。

この本は、戦争評論家でも戦場ジャーナリストでも平和学の学者でもなく、コミュニケーションデザインを事業とするasobot代表の伊藤剛さんが書いたものだ。

伊藤さんは編集者でもある。一つ一つの事象に対する分析ではなく、何かを理解するためのヒントとなるように伊藤さんの視点から「問い」を立て、それについての解を探るような形で書かれている。

本のタイトルである「なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか」という「問い」が物語るように、その編集的な視座による「問い」の面白さが、この本の面白さに直結している。

この本を初めて読んだのが3年前で、以後何度も読み返しているけど、初めて読んだとき、なぜか悔しさを感じた。

大学院で戦争について研究し、社会人になってメディアで「伝える」ことを仕事にしている自分にとっては、編集者として、あるいは書き手としてでも、こんな本をつくりたかったんだ……ということに気づかされた。

いまから1年前、著者の伊藤さんと一緒に仕事がしたいという理由だけの企画をつくって連絡をとり、会いに行った。

この本に書かれていることはもっと広く知られるべきであって、どんな形でもいいから、それができれば自分は本望だ、とかなんとか、会うなり熱意をぶつけていた気がする。

それからなぜか、伊藤さんとほとんど毎月打ち合わせをしていた。

どこに、どう着地するかもわからない不思議な時間で、打ち合わせというよりもほぼ雑談でもあり、毎回2時間くらいに及んでいたと思う。

結局、あまりに突っ走ってしまっていた当初の企画は実現しなかった。

いろいろな紆余曲折があり、とりあえず当初の想定にはまったくなかったけど形になったものもあれば、これから形になるものもあるかもしれない。

伊藤さんは常々、「伝える」と「伝わる」はたった一文字の違いしかないのに、広く深く大きなギャップがあると強調していた。

そのギャップを埋めるためのアイデアを考え、「誰かの伝えたいコトを、世の中に伝えるべきコトを、伝わるカタチに翻訳していく」のが、コミュニケーションをデザインすることであり、自分の仕事なんだと話していた。

なぜ戦争は伝わりやすく、平和は伝わりにくいのかーー。

この問いに潜在する原理のようなものは、多くの社会問題にも通じるのかもしれないと感じる。

そうであるならば、社会問題を伝える側として、ただ伝えようとするだけでは伝わらないんだということに、もっと意識的にならないといけないのかなと思う。



ここからは2019年8月時点での追記だけど、上で「これから形になるものもあるかもしれない」と書いたのは、以下の現代ビジネスの記事だ。

現代ビジネスの知り合いの編集者につなぎ、ピース・コミュニケーションとは別のアプローチながら、戦争を考える記事が一つ、かたちになった。

そして、このnoteを書いていた頃にはまったく想定していなかったのだけど、僕自身が伊藤さん含めてピース・コミュニケーションに関する取材をして記事を書いた(このnoteがきっかけというわけではない)。

「戦争のない時代」として平成が終わり、かたや世界に目を向ければ、この30年で戦争が絶えた時期は一度としてなかった。

戦争と平和――。

それらを情報・コミュニケーションの観点から読み解くと、何が見えてくるのか。ぜひ読んでみてもらえると嬉しい。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。少しでも読んでよかったと思ってもらえたらうれしいです。

ありがとうございます!><
57
雑誌『編集会議』やマーケティング専門誌の編集者を経て、社会問題に特化したメディア「リディ ラバ ジャーナル」に移籍。心のクラブは、マンチェスター・ユナイテッド。

この記事が入っているマガジン

note編集部お気に入りマガジン
note編集部お気に入りマガジン
  • 15704本

様々なジャンルでnote編集部がおすすめしている記事をまとめていきます。

コメント (2)
事象の「何を切り取るか」によりますが、そもそもの前提である「戦争が伝わりやすく平和が伝わりにくい」ということに対して。ここで書かれている伝わりにくいものがあくまで「ビジュアルのイメージ」だとするならば、「ある小康状態」である平和と、「ある疑似イベント」である戦争とに具体的イメージの違いがあるのはよくわかりますが、戦争の悲惨さ、なぜおこしてはいけないのか、というメッセージになると結局は若い世代にまったく伝わっておらずゲーム感覚や映画みたいなものなんだな、そこにリアリティはないんだなとSNSや世論調査などから感じたりしてます。世界中で毎日毎分戦争がおきていてこの国も多くの紛争に物資や人材で貢献しているけれどもそのことに無自覚なのがいまの日本人のマジョリティなのだとしたらもっとも伝わりにくいものが「戦争」というものなのかもしれません。
鈴木さんが書かれているように「伝える」から「伝わる」をもっと意識することが、マスメディア全般に望まれる気がします。いまは本当に息苦しい時代になりつつありますね。。
「伝える」ことが難しいものは、自分で感じて初めて「伝わる」ことであるように思いました。非常に大きな学びを得ました。有難うございます。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。