2022年へのイスラエル戦略レビュー(2)イスラエル国家安全保障研究所 INSS


国際社会1つの世界、2つの認識、対立の拡大


動向:
コロナ混乱後の経済回復。大国環競争による世界の対立の深刻化。気 候問題に関する協力関係。バイデン政権の内向、中東への注目度の減少、人権重視の強調。
提言:米国政府との連携強化。地域および国際的取組みを促進するための技術分野の利点活用。中国との経済関係およびロシアとの対話の維持。欧州との関係改善。ユダヤコミュニティとの関係の育成。

 多くの危機と課題で混乱状況に陥っている中、国際社会はパンデミックに対処しつつコロナ危機からの経済回復に向けた努力を続けている。米中間の競争は国際力学における対立を悪化させている。一方、気候問題に関しては、意見の相違にも関わらず協力関係を築く要因となっている。
米国政府は、中間選挙戦を背景に、米国の政治的二極化が進む中、中東問題への関心を減らし再び人権重視を政策の中心に据えている。
 以上のことは、イスラエルのタ対国際舞台の最新政策をうち出す必要性、主にイランの核開発阻止を含めたイスラエルの政策を促進するため、特に米国政府および国際社会の主要アクターとの連携を強化する必要性を意味している。同時に、主に科学技術の分野におけるイスラエルの相対的な優位性を活用し、中東の安定化と世界的な気候危機への対処を支援する取組みを促進させている。

世界情勢の概要

 2021年を特徴づけたのは、コロナ危機による混乱、特に深刻な経済的影響からの世界的な復興努力だった。米中間の戦略的競争が激化すると同時に、世界経済の焦点は引き続き東側に向かった。ジョー・バイデン政権は再編と調整に従事し、民主主義国家陣営のトップとしての地位を回復しようとしている。気候危機への対処が、ロシアとウクライナ間の緊張やイランの核問題などの他の緊急的な危機とともに、世界的な最優先課題のトップの座を争っている。

世界のGDP予想値比較(IMFのデータに基づく)

 2022年も、コロナ感染症の波、国家間のワクチンのギャップや感染症への対処方法の違いにより、国際舞台において混乱が生じると考えられる。これは生産とサプライチェーンに損害を与え続け、インフレ危機を引き起こす恐れさえある。アジアの経済的地位は上昇し続けるが、同時に中東の重要性と中東問題への世界的関心は徐々に低下し続けると見られる。世界中の大半の国々にとって、自国の政治的、経済的、社会的安定が最優先事項となる。大国間の競争は激化し、国際対立が増大悪化することが予想される。米政権は、世界の同盟諸国との関係を強化すると同時に、中国とロシアを筆頭に独裁政権に対する民主主義諸国連合の形成を試みる。この枠組みの中で、人権問題は国際関係の中心的な課題に戻る。気候危機は、現世代の人類が直面する最大の課題として、国際舞台での規範形成者として、また協力と競争の両方の中心的な基盤として、世界的議題の最優先事項となることが予想される。
 2021年、世界経済は当初の予想より速いペースで回復した。2020年の世界成長率は約3%縮小したが、2021年にの推定成長率は約6%である。IMFによると、回復傾向は続き2022年の世界GDP成長率は5%近くになると予測されている。しかし、この危機により、一般的に経済回復率が高く、裕福で予防接種が行われている国と、貧しく予防接種が進んでない国との格差が拡大した。
 世界経済にとって、供給連鎖の世界的混乱など、2020年1月から続く以下のような多くの課題が立ちはだかる。世界GDPへ合わせて42%も貢献している米中2国間の大国間闘争。商品価格の上昇と、35年ぶりに表面化するインフレの危険。デジタル化が加速する時代におけるビジネス活動に対するサイバー攻撃の脅威。加えて、経済的に恵まれない国々におけるワクチン不足は、ワクチン耐久株が発生する恐れがあるため、世界経済の回復を危険にさらしている。それ故この一年間で我々は、グローバルな供給連鎖への依存を減らし、生産のごく一部を先進国に戻す一部の国や産業界の試みを目の当たりにした。この減少はまだ大規模に達していないが、拡大すれば今後の数年で世界経済に大きな影響を与えるだろう。 
 
 米中間の競争は、価値観、イデオロギー、経済・技術・安全保障の優位性などをめぐる多面的競争として、世界構造上の最も重要な形成要因であり続けるだろう。

コロナ危機からの回復スピード:GDPが危機前(2019年)のレベルに戻る時期    
OECDによる予測(2021年12月ーEconomic Outlook))


2019~2021年ブルームバーグ商品指数    
ブルームバーグ商品指数(BCOM)はエネルギー製品、工業用品、食品など幅広い多様な商品で構成されており、商品市場全体を忠実に反映している。

   (上記表のヘブライ語部分)
   2020年2月-3月:世界中でコロナによる規制と閉鎖
   2020年5月-6月:世界の大半で制限が解除
   2020年12月-2021年1月:ワクチン接種キャンペーン開始
   2021年11月:オミクロン株発見

 世界中の政府や中央銀行の政策とパンデミック中のデジタル化サービスの必要性が相まって、イスラエルの技術サービスへの大きな需要が生まれた。ハイテクサービスの急増は、成長の促進面においてもインフレ圧力の緩和面においても、イスラエル経済に恩恵をもたらした。外資が流入することによりシェケル通貨が強まり、イスラエルへの輸入価格が現象した。しかしイスラエルの経済の上昇は世界的なプロセスに影響を受け、増大する地域のニーズに答えるための技術分野の人材や通信インプラへの追加投資が必要となる。

 米国では、バイデン政権の就任初年度は再編に専念し、まずコロナパンデミックの撲滅、並行してインフラと経済の改善を中心とした国内議題の推進に力を注いだ。政権は、2022年11月の中間選挙で下院上院の民主党過半数を失うことを恐れ、国内での主要なプロセスをできるだけ早く完了することを望んでいる。外交政策では、欧州とアジアの同盟国との能力構築とパートナーシップの強化に重点を置く中、中国がもたらす問題への注目と資源投資に焦点を当てつつ「アジアに目を向ける」傾向を強めた。さらには気候問題およびロシアとの制御された対立が焦点となっている。

 米中間戦略的競争は、国際社会の最も重要な形成要素であり続ける。この競争は、その根底となっている国際社会の構造、ルール、規範および内容をめぐって営まれている。これは、価値観とイデオロギー、経済、技術および安全保障上の優位性をめるぐ多次元の競争である。これは、台湾、南シナ海、北極などの地政学上の摩擦点で行われている。中国は、主に人権問題、台湾、二国間貿易に関する中国の行動、および戦略的で敏感な分野を含む世界中での経済活動を通じて政治的影響力を行使しようと努力してきた。このことを背景にバイデン政権は中国の努力を阻止しようと圧力をかけてきた。この傾向は今後数年間続き、米国の圧力に、EU、英国、オーストラリア、カナダ、日本、韓国といって他のパートナーも加わることが予想される。中国としては、コロナ危機からの急速な回復を引き続き活用しようとするが、中国の不動産大手の破産など、経済の弱点にも対処しなければならないだろう。

 2021年1月、バイデン大統領が、気候問題を米国の国家安全保障の最優先事項に据えたこと、およびトランプ大統領が離脱したパリ協定への復帰を発表したことにより、気候危機は再び世界的課題のトップの座に戻った。11月にグラスゴーで国際気候会議が開催され、世界各国がこの危機への対処計画とこの10年間の温室効果ガス排出量の削減へのコミットメントを発表し、いくつかの重要な協定が調印された。進展の主要な鍵となるのは、米国手動の世界的な動きに対立関係にある中国がどの程度協力するか、そして途上国がグリーン経済を発展させるためにどの程度経済援助を行なうかである。2022年にはシャルム・エル・シェイクで、2023年にはアブダビで別の国際会議が開催され、とりわけ中東と北アフリカへの気候問題の影響に焦点が当てられると見られている。

 欧州はまだコロナ感染の深刻な波に対処しており、これが大陸諸国の経済停滞を悪化させ、EUの結束の緩みとリーダーシップの弱さを浮き彫りにしている。これらはすべて、アンゲラ・メルケル首相の保守政権に代わる欧州の経済的・政治的機動力であるドイツの新しい自由民主政権を試すことになる。欧州は来年も、アフリカやアジアの政治紛争や経済危機に苦悩している地域からの移民・難民問題に引き続き対応すると見られている。

 ロシアは、自国経済に貢献するエネルギーの価格高に加えて自国内が比較的平穏であること、バイデン政権が米国内と中国に注力していること、および欧州諸国が多くの国内課題に直面していることを踏まえ、現在の時期を西側との関係における新たなゲームルールを策定する機会と捉えている。一方でロシアにとって今後数年間は、指導部の世代交代への圧力の高まり(2024年の大統領選)、炭化水素の輸出に依存する経済をグリーンアジェンダに適応させる必要性など、より困難になる可能性がある。2021年末のウクライナ国境へのロシア軍の集中配備は、西側諸国を試し、武器管理やサイバー問題を超えてモスクワと交渉し、ソ連崩壊語の領域におけるロシアの利益を認めるよう強制することを目的としている。激化のリスクがあるにも関わらず、ロシアは西側との関係をさらに悪化させるようなウクライナでの大規模な軍事衝突を望んではいないように考えらえる。


中東とイスラエル

 世界的な流れを踏まえ現在国際社会は中東に対して関心を薄め、地域の危機を封じ込め、特に軍事面と高額な費用の面で可能な限り中東への関与を先送りしたいと望んでいる。米国とそのパートナーのアフガニスタンからの性急な撤退は、現段階では湾岸、イラク、シリアでの軍事展開の変更を意図しているものではないが、米国が同盟国に対する関与とコミットメントを減らしているという評価を強めた。
 中東地域の世界の焦点となっているのはイランである。この地域に対する米政権の全体的な政策は、イランの核計画の進展と、米国と欧州のパートナー諸国間の緊密な協力関係のもと行われている合意復帰に向けた交渉の進展具体に影響を受けることになる。イラン問題に関する決断の岐路は近づいているが、問題の重要性、脅威の定義、対応方法に関してイスラエルと他の関係諸国との間には大きな隔たりがあり、国際社会は容易な代替案として、停滞と封じ込めを受け入れる恐れがある。欧米対ロシアの対立の進展は、主にイランの核問題やシリアの解決プロセスなどの中東問題に関する協力政策を決める能力にも影響を与える可能性がある。
 バイデン政権は、アブラハム合意に対して前向きな姿勢であり、イスラエルと中東諸国との関係強化を望んでいるが、同時に現時点におけるパレスチナ問題は進展の可能性が低いと評価しておりパレスチナへの関心度は限定的である。しかし、米国と欧州はイスラエルの政権交代で安堵感をいだき、西岸地区の入植地とユダ・サマリア地方全般の人権面に関してイスラエルが抑制的な政策を採用するだろうとの期待値は保持される。このことに関するイスラエルへの批判は、EU連合理事会の招集を妨げ続け、イスラエルとEUの関係促進の障害となる恐れがある。
 世界のユダヤコミュニティでは、社会の不安定化、政治の分断と急進化が継続的に進行する中、個人およびコミュニティの安全に対する脅威が増大している。同時に、主に昨年の「壁の守護者作戦」以来、反ユダヤ主義や反イスラエルが表面化し続けている。ユダヤの継続性とイスラエルとの繋がりといった根本的な問題も、世界中のユダヤ人コミュニティにとって最優先事項となるだろう。米国の中間選挙の年は、イスラエル問題やイスラエル支持など強まっている政治化よって特徴づけられると予想され、ユダ人ヤコミュニティも影響を受けるであろう。イスラエルでは、ディアスポラのユダヤ人との関係の問題が政治論争になる恐れがある。海外のユダヤ人との対話チャンネルを確立し、嘆きの壁問題のアウトライン更新など、信頼醸成措置を講じることによって、特にリベラルな潮流と新たなページを開こうとするイスラエル政府の歓迎すべき試みが、その原因となるだろう。


まとめと提言 ー 国際社会にとってイスラエルの資産価値の向上の必要性


 2022年の世界的課題の最優先事項は、引き続きコロナ危機とその影響からの復興対策となるだろう。米中間の戦略的競争は二極化を加速し、国際的な力関係全体に反映されるだろう。気候危機の取り組みは、意見の対立や利益相反を超えて国際社会が協力関係を築くことができるかを試す主な試金石となる。民主主義国家陣営を主導する米国の動きの一環として、再び人権問題が政策や国際関係における中心的な考慮課題となる。国際社会からの介入と資源の投資を必要とするような事態が再燃しなければ、中東は国際社会における優先度の低い地位と、危機や脅威でもって注目を集める能力との間の緊張状態にあり続けることが予想される。イラン核問題関連の進展とイランと米国の合意復帰交渉の結果は、中東と大国の相互関係の主要な形成要素となるだろう。米国の急激な二極化と中間選挙で、イスラエル支持が限定的なものとなり、両国間の意見の分かれる問題に関する活動の自由度が低下する恐れがある。
 上記の世界情勢を考慮すると、経済、技術、サイバー、エネルギー、水、医療、安全保障、地域関係などの分野におけるイスラエルの蓄積された潜在的資産と、他国にとってはそれほど重要でない政治的および安全保障的目標を推進する能力との間に大きなギャップが際立っている。
 このギャップは、中東地域と国際舞台における資産としてのイスラエルの価値を向上させる必要があることを示している。

  1. 中東:イスラエルは、自らを資産価値のある国であることを証明し、安定化要因としての活動を強化し、不安定化養親や地域への国際関与の現象によって生じた空白に対する地域の対応に関し、大きな役割を果たすことが求められている。

  2. 世界:イスラエルは、まず気候と技術といったブローバルな問題において中心的なパートナーとしての地位を確立するために、相対的な優位性を発展させなければならない。
    そのためには、経済、技術革新、通信・情報インフラ、科学教育、外交、防衛システムの分野での制度的な変更と多くの資源の投資を含めた、長期戦略的な政府投資を中心とした力の構築プロセスが必要である。
    対処改善には、アクター、枠組み、議題の多様性など、国際システムの複雑さを理解し、適切な差別化政策を策定するための政府のメカニズムを強化する必要がある。

  3. 米国との特別な関係を損なわずに、国際システムの主要アクターに対する政治行動の自由を維持すること。

  4. イラン、中国、中東の正常化と地域開発、パレスチナ問題、人権、地域における米国による将来の関与など、双方にとって重要な主要問題に関して米国との対話と連携を強化すること。

  5. 慎重な対話を続けることにより、イスラエルの立場に対する米政権の考慮を強化するよう働きかけること。意見の相違を具体化したり、反抗的な行動を避けること。行政の利益を考慮する。同時にイスラエルの政治、安全保障、経済のニーズと、この地域内外における米国の政策目標の推進に貢献できる能力を強調すること。

  6. 特にサイバーと技術の分野での協力関係を深めることにより、米国にとっての資産価値を強化すること。

  7. イスラエルに対する米国の2政党の民衆的および政治的支持の維持に努め、米国のユダヤコミュニティとの関係を改善する努力を拡大すること。

  8. 中国との国交樹立30周年を迎え、デリケートな米国の立場と米国の要求を十分に考慮しつつ、中国との実りある経済関係を引き続き発展させること。特にイランとその北部に関して、モスクワとオープンな対話チャンネルを維持すること。これらはすべて、ワシントンとの緊密な連携のもとで行なうこと。

  9. EU諸機関との政治的対話を改善し、気候、サイバー、テロ対策に関してブリュッセルとの協力を拡大すること。このことは、中東とパレスチナにおける経済発展に関する対話と並行して行なうこと。

  10. 意思決定プロセスにおいて世界のユダヤコミュニティの問題を比較検討すること。そしてその枠組の中で、対策本部および対話と協議のメカニズムを確立すること。イスラエルとディアスポラの関係を、諸課題(アイデンティティ、継続性、イスラエルとの繋がり、反ユダヤ主義との戦い)に対し共同で取組むとともに、教育、出会い、対話を中心とした国家的使命として定義すること。


著者:アサフ・オリオン、シャハル・エイラム、トメル・ファドロン、
オデッド・エラン、エルダド・シャビット、ダニエル・ラコヴ、シーラ・エフロン


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