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「労災認定 楽天で上司が部下に暴行か」のニュースの見方


通販サイト大手の楽天に勤務していた40代の男性が首にけがをしたりうつ病を患ったりしたのは上司の暴行が原因だったとして、渋谷労働基準監督署が労災認定していたことがわかりました。
認定は2017年8月1日付ですが、楽天側は「従業員間のけんかに過ぎない」として自社の責任を一貫して否認しているといい、男性は近く損害賠償を求めて調停を申し立てるとのことです。

このニュースの見方について述べてみたいと思います。

同僚などの関係において暴行等が生じた場合、会社の使用者責任が認められるのかが論点になります。

まず、暴力は一時的な感情の高まりによって生じることがあるため、例え上司から部下への暴力であったとしても「上司の立場」を利用したものであるとは限りません。
従って「暴力」を「パワハラ」の範疇にあるものと瞬発的にイメージしてしまうのは早計です。

仮にこの暴力が日常的なパワハラの延長線上にはない(その可能性が乏しい)ものとします。

暴力は一見すると「事業の執行」とは関係がなく使用者責任が生じないようにも思われるところですが、以下のような最高裁判例があります。

工事現場において、同僚作業員間でノコギリを貸すよう求められた際、被害社員が手に持っていたノコギリを加害社員に向かって投げたところ口論が生じ、殴る蹴るの暴行が生じた。
これに対し、被害社員側が加害社員のほか、会社に対しても使用者責任を基に損害賠償請求を行ったところ、「Xの損害は、Aが、Yの事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為によって加えたものであるから、AがYの事業の執行につき加えた損害に当たるというべきであり、Yは使用者責任を負うとの判断がなされ、請求が許容された。(最高裁三小 昭44.11.18判決)


一方で同じ最高裁判決の中には暴行事件において会社側の使用者責任を否定した以下のような判例も存在します。

生コンの運搬作業中に、作業内容に関し同僚間で口論となり、同日、帰宅途中に暴行を加えようとするものの途中で相手を見失ったもので、その翌日、更衣室であらためて同人らが対峙し、被害者員側が加害社員に対し度胸がない等と嘲笑したところ、激高し暴行等が生じた。
これに対し、判決では使用者責任を否定。理由としては暴行した直前になされた口論の内容は業務にかかわるものではないことや、暴行に至った経緯として、前日の事業執行行為に端を発した口論から自然の勢いで発展したものではなく、前日の口論と暴行とは時間的にも場所的にもかなり隔たりがある。このため同暴行は会社の事業の執行と密接な関連を有するとは認めることはできず、事業の執行についてなされたものではないため使用者責任を負わない(最高裁一小 昭58.3.31判決)

次に使用者責任(使用者の損害賠償責任)について考えます。
労働者が労働災害により被災した場合には、被災者とその家族が損害賠償を請求する場合に法的根拠として考えられるのは以下の2つです。

➊債務不履行責任
民法415条により債務(安全配慮義務)を負っていたものが、その本旨に従った履行をしなかったことによる責任を追及するもの

❷不法行為責任
民法709条により、故意又は過失により他人の権利を侵害したことの責任を追及するもので民法715条により使用者が雇用する者が他人の権利を侵害した場合も含まれる。


➊の安全配慮義務違反で本件を考える場合、『予見可能性』が争点となります。
一般的に使用者は業務に当然内在している危険については、その危険による危害が労働者に現実化しないようにしなければなりません。
一方、使用者が業務に内在する危険を予見することが出来ない場合がありますが、「予見可能性が否定される以上、予見可能性を前提とする結果回避義務を問題にする余地はなく、安全配慮義務を問うことは出来ない。(林野庁高知営林局事件 最高裁 H2.4.20 労判561・6)」とされ債務不履行責任は否認されています。

❷の不法行為責任については➊安全配慮義務違反の責任を問うことが出来る場合には、不法行為責任を問うことも可能になるとされています。


つまり、今回のケースで被害者が楽天に対して損害賠償請求を行うのであれば、争点は「今回の暴力が業務に当然内在している危険として予見可能であり、その暴力が労働者に現実化しないようにする義務を行ったか否か」という事になります。

被害者側は労災認定を根拠として使用者責任を主張しているようですが、今回のような第三者行為災害〔暴力〕については、労災保険は労働者保護のために先行しての労災適用を通常は認めます。
従って暴力が労災認定されたことについては何も特別なものではありません。(但し、その後の暴力を契機としてのうつ病の罹患については認められないこともある)

また、今回のケースは第三者行為災害の中でも暴力という『不法行為』がその原因です。
原因が不法行為である場合、労災保険は原則として被災者の治療費や休業補償等のために行った給付の100%を加害者に求償(加害者である上司が負担すべき債務を一旦労災保険が肩代わりし、後に加害者に請求すること)します。

従って、労災保険は加害者(上司)が負担すべき債務を立替払いしたに過ぎず、本件のような暴力事案は「労災認定 = 使用者責任」とは直接結び付くとは限らないとの理解が必要です。

ここからは私見ですが、今回のケースで不自然なことは一義的責任が暴力をふるった上司にあることは紛れもない事実であるはずなのに、被害者側(被害者弁護士)の主張は加害者度外視で、その責任追及の対象が使用者である楽天ありきと見えてしまうことです。
暴力行為を働いたのだから何より責任を負うべきは加害者個人であるはずです。

また、更に違和感があるのは2017年8月に労災認定されたにも関わらず今頃になって公表しまた法的措置を講ずるとしながらもその手段が何故か「調停」である事です。
楽天側は一貫してその責任を否定していることから、本件は通常は裁判で争われるべきであり、調停に馴染む事案ではないように思います。

その理由としては、おそらく、先に述べた「使用者の予見可能性」を争点として被害者側が楽天と裁判で争ったとしても法的には分が悪いため、事件を社会に公表することで一般社会(市民)から被害者への同情と楽天への批判を大きく集め、楽天に調停で解決するようにプレッシャーを掛ける事にあるのではないかと思います。

カネカの育休復帰明け配転問題やコンビニ店長の労働者性の問題等、法的に争った場合には労働者側に分が悪い事案において、SNS等を利用した社会的圧力により問題解決を図ろうとする実務的な争議手法は社会的イメージが重視される大企業を対象として今後もどんどん増えるものと思われます。

ご参考下さい。

〔三浦 裕樹〕

Ⓒ Yodogawa Labor Management Society


社会保険労務士法人 淀川労務協会



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