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朝のお話です。 明るくて、希望に満ちているはずだけれど、実は暗い夜の続きで、いろんな気持ちが入り混じっているようです。
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黄色いカーテン

黄色いカーテン

 ぱっと目が覚める。頭がぼんやりとしていた。時間を見たくてスマホを探すと、充電が四パーセントなので慌てて充電器を差す。

 昨夜も遅くまで飲んでいたので十一時くらいかと思っていたが、まだ九時前。黄色いカーテンから透けて通る日光は優しい。ふわりとあくびをすると、あれ、と思う。

 彼からおはようが届いていない。

 付き合ったあの日から毎朝、彼は起きてすぐおはようを送ってくれていて、私はそれを見ては

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明るい歌

明るい歌

 バターのいい香りがする。私はうっすら目を開けて、また閉じる。寝返りを打つと、隣に彼がいないことに気づく。休日の朝の始まり。息をゆっくりと吸う。いい香りがする。

 耳をすませば、油のはねる音に混じって彼の鼻歌が聴こえる。今日は明るい曲だ。私は安心して、息を吸うことに集中する。

 もう一度、幸せな夢に戻ろうとする。

「ひかり、起きた?おはよう」

 気づくと引き戸が開けられていて、辺りは眩しく

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流れ星

流れ星

 鏡越しの彼が言う。

「誕生日近いよね」

 優しい声だった。彼は私を女の子扱いする。ネクタイを締めたその首の太さに違和感。

「何か予定あるの?」

 前髪が決まらなくて、仕方がないのでその場にあった剃刀の刃を使って少し切る。添えていた指をちょっぴり傷つけて、血が滲んだ。

「ないない。空いてるよ」

 私はさらっと言った。感情を込めないように、淡々と。血を舐める。薄い皮がひらひら。

「ケー

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清潔

清潔

 清潔な歌を聴く。よくアイロンのかかった白いシーツと軽いバターの香りが似合うような清潔な音色。純粋な愛の歌。

 静かな朝である。僕はすっと息を吸った。ホテルのカーテンを開け放ってベッドに収まっていると、なんとも心地がいい。自宅よりずっと大きく息が吸える。生活感がないから。清潔感があるから。

 割れたスマホは電源を落として、今どきあまり見かけなくなった、角の欠けてしまった分厚い音楽プレイヤーを握

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アイライナー

アイライナー

 ピンクのアイライナーを買った。ピンクっぽいブラウンとかではなくて、完全な薄い桜色だ。目もとに優しい愛。

 夏弥の朝は忙しい。6時に起きて7時半には家を出るけれど、その間に汗まみれの体にシャワーを当てて、夜に散らかした足場のない部屋を軽く掃除して、ご飯を作りご飯を食べ、化粧をして服を着て、髪の毛を整えて出かける。いつも同じ流れだ。

 ふと、夏弥は気がつく。シャワーを浴びているときだった。明るい

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香水瓶

香水瓶

 テーブルの上に並んだ香水を見つめている。差し込む光を反射した色とりどりの瓶が綺麗で、見ているだけでうっとりする。香水は好きだ。メンズだけでなく気に入ったものは集めている。だからこんなふうに、たくさんの香水を見ると美しいと思う。

 うっすらと、音楽。流行りの邦楽が適当にメドレーで、スピーカーから流れている。皮肉るような歌詞と優しい声、ありきたりな伴奏に引っ張ったメロディ。好きなんだか嫌いなんだか

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明け

明け

新しい朝に浮かれるひとたちを
きみは優しい顔して見ている
もう日が昇るね
吐く息が白いね

リセットしよう
暗い気持ちと
目の下のクマと
焼きもちと

空いた隙間に思い出をつくろう
今日もぼくと一緒にいよう
良いことあったら教えてね
辛いことあっても教えてね
手を繋ごうよ

新しい年に浮かれるひとたちを
きみは眩しい顔して見ている
もう日が昇るね
ほっぺたが赤いね

リセットしよう
辛い気持ちと

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静かな場所

静かな場所

 イヤフォンが壊れたらしい。長く使っていたブルートゥースのイヤフォン。別に愛用していたとかではないから、壊れたな、というだけだ。残るのは静寂。

 音楽のない電車は学校の廊下みたいだ。細長くて、あちこちに広告が貼ってあって、人がうじゃうじゃいる。別にうるさくはないのに、人が多いせいでうるさいなと錯覚する。朝礼に行くとき、みんなは背の順で廊下に整列してから、学級委員についていく。ぱらぱらと。ぞろぞろ

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旅先にて

旅先にて

 私のじゃないスマホのバイブレーションがうるさくて、はあと息をつく。部屋の電気をほんの少し付けたまま眠るのも苦手だ。だんだんと大きくなってきた光の粒が合体して、もう朝になった。結局ほんの少しうとうとしただけで、あまり眠れなかった。

 静かに起き出して、洗面所に向かう。小さな鏡を覗き込んで、くまに気付く。もう一度はあと息をついて、蛇口をひねった。

 顔を洗って、スキンケアして、下地を塗って、くま

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きらきら

きらきら

 黄色いカーテンを透かして、部屋全体の空気が朝になる準備に勤しんでいる。私は目をぱっちりとあける。すぐ目の前で湊くんがすっと目を細める。

「おはよ」

 私も頬を緩めて返すと、彼はもぞもぞと動いた。左腕を伸ばすと、私の頭を指でつんと押した。

「頭あげてください」

 枕をすっと引き抜かれる。私だけが使っていた、少しへこんだそばがらの枕を、湊くんが奪い去る。私は彼の喉仏を見つめる。上を向いた顎の

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いちごデコレーション

いちごデコレーション

「小坂さーん、これどうしましょうー」

 俺は、はぁ、とため息をつく。一々聞かなくたって、考えればわかるだろうに。マニュアルだって渡しているのに、どうしてひとりでできないんだろうか。

「書いてあるとおりに、いちご並べて、ナパージュ塗って、粉糖まぶして、ピック差して完成」

 もうクリームまで塗られた状態で出荷されるデコレーションケーキの仕上げは誰にでもできる簡単な作業だ。バイトの子にも早く覚えて

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重なる、夏

重なる、夏

 Tシャツの内側で汗が一筋流れた。襟を掴んでぱたぱたする。特急電車が通り抜ける。すぐ隣に立った女の子のスカートがふわりと舞う。

 灰色の壁に大きな広告が立ち並んでいる。毎日同じだ。美容クリニックの広告では美しい女性が微笑んでいて、僕はいつもこのひとの元の顔を想像しようとする。でも、できない。どこが手を入れられていて、どこがそうでないのか、僕にはわからなかった。もしかしたらただ広告に採用されただけ

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溢れ出した

溢れ出した

 あ、とあたしが止める暇もなく、ミキは巾着煮にかぶりついた。じゅわっと溢れ出した出汁が顎を伝って、ミキはへへ、と笑った。

「もう、汚い」

 紙ナプキンを数枚取って差し出す。ミキは顎を拭って、美味しいねと言った。あたしも頷く。

「朝から和食なんて久しぶりだな」

「そうなの? 朝は米だよ、米」

 パンでしょ、と言いながら、味噌汁の麩を掬う。朝からこんなに手のこもった料理が食べられることなんて

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ソーダアイスキャンディ 1/2

ソーダアイスキャンディ 1/2

以前投稿した バレンタインチロル ホワイトバニラクッキー の続編です。これだけでも読めます。

 一日経っても、まだ熱い。

 貸してもらった手持ち扇風機の電源をつけて首に当てる。汗が引いてきたら、そっと右手にも当ててみる。巻き起こる風が心地良かった。

 電車が動き始めたので、急いでつり革を掴む。口の中で、お、と思う。

 だるいほど青い空にむくむくと湧き上がる大きな雲が、夏を示していた。

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