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What型とWho型:都市型人材と地方社会がコミュニケーションで気を付けること

前回、こちらの記事でWhat型とWho型について書きました。

今回は、より細かく、それぞれが留意したいコミュニケーションについて書いていきます。

(※この記事は早い人で10分、平均15分、読了にかかります。)

What型はIメッセージを心掛ける

I(アイ)メッセージとはなんでしょうか。それは、主語が「私」という形で発せられるメッセージです。「私は楽しい」「私は怒っている」「私は悲しい」「私はやりたい」「私はやりたくない」ということ。

What型の人は、「何」に興味がある分、アイメッセージが苦手です。でも、Who型の人はそれでは動いてくれません。それは、Who型の人はまさに「あなた」に注目をして話を聞いているからです。

ここにリンゴがあるとします。What型の人がリンゴをオススメするとき、多分こういうでしょう「このリンゴはナントカという品種で、蜜の量が多くて、歯ごたえがシャキシャキして、、、」そう、What「このリンゴが何か」という説明をします。

アプローチが違います。Who型からすると、いくら内容の説明を受けても「で、説明しているあなたはどう思うの?」という疑問が残り続け、いつまでも釈然としません。

Who型の人にリンゴを食べてもらうなら、まずは、「私はこのリンゴが美味しいと思う」と、あなたの感情を宣言すること。そのうえで、「私はあなたにこのリンゴを食べて欲しい」と言う「私のメッセージ」こそが必要なのです。

例えば、あなたがWho型社会で仕事をするとしましょう。もし、あなたという人物にちゃんと興味を持ってもらえていたら、コンプライアンスを訴えるより、「ごめん、それをされると私が嫌だ。」「お客様が不快になる」と言った方が、不適切な行動を辞めてくれることに直結します。

そして、「私がどう思っているか」がちゃんと見えれば、結論は異なっていても、「どう思ってるのかが分らない」人よりも信頼されます。

ある映画を見て、「私は主人公に同情した」という感想を言って、相手が「むしろ、私は主人公の方に怒れた」と思っていても、あなたが感じた感情が表明されていれば、少なくとも「同じ人種」には思ってもらえます。

ここで、「うん、このストーリー展開は、、」とか「ヒロインの演技が、、」とか評論を始めても「で?あなたは感動したの?どうなの?」という疑問がWho型の人は解けないまま。相互理解には繋がりにくいです。

プレゼンの時も、常に「私」を意識する

例えば、あるキャリアバリバリのWhat型のママがPTAになったとしましょう。そのWhat型のお母さん、防犯担当になり、見守り型アプリの導入を推進したとしましょう。

そして、そのアプリの説明会。What型お母さん、一生懸命、この度導入することになったアプリの説明、その意義、使用上の注意点などプレゼンします。

これが、危ないです。一生懸命、「アプリ」というWhatを説明しても、「自分の話したいことしか話さない人」と受け取られるだけです。下手すると、「20分も長々と自分の手柄の自慢話した」ぐらいに受け取られることだってあります。

What型のお母さん、まず伝えるメッセージは「私はこの小学校の子どもを安全にしたい」「そして安心したい気持ちは皆さんと一緒です」という気持ちの擦り合わせと、「導入に当ってご協力してくれたことが、私は嬉しいですし、私は感謝しています」という「私」がみえる言葉です。

それが見えて、初めて、中身を聞いてもらえます。

Who型の人の発言に対して、内容への評価をしない

コミュニケーションは「あなたからの発信」だけではなく、「あなたの受信」もあって、はじめて成り立ちます。What型の人が気を付けなければいけないのが、「いきなり内容の評価をしない」ということです。

例えば「子どもたちの遊具を新調するためにバザーをしましょう」みたいな提案を受けたとします。そのとき、「バザーなんて労働投入量に対して非効率、他にもっと良い方法がある」とWhat型の人が思ったとします。それをそのまま「有益なWhatだから、きっと喜んでくれるだろう」とおもって、「バザーよりも、寄付の形にして無償で企業に提供してもらえば良いじゃん」とか、口に出してはいけません。

アドバイスでなく、「自分の子供たちに新品の遊具を使って欲しいという気持ちを否定された」と受け取られます。それならば、まだいいです。「アイデアを否定されただけ」と受け取らず「あの人は私のことが嫌いなんだ」と人の好き嫌いに理由を求められてしまいます。

なので、「そうだね、子供たちに新しい遊具で遊んで欲しいですよね、僕も新しい遊具で元気に遊ぶ子供たちがみれたら嬉しいです。」とか「バザーも一つの方法かもしれませんね、たくさんお金が集まったら、私もやりがいを感じますよね。」とか、「私」の感情を挟んで受け止めること。

内容はそのあと、関係が出来てからで良いです。

逆に言えば、例えば、Who型社会で夜、焼肉飲み会に誘われたとします。そのとき、焼肉の気分じゃない、つまりWhatが理由で断ったとしたならば、Whoではなく、Whatが理由ですよと言うことを丁寧に伝える必要があります。「**さんがいらっしゃるなら、是非お話聞きたかったけど、あいにく、少しお腹を壊してて、、またよろしくお伝えください」みたいなことです。

ここを疎かにすると、「メンバーに誰々がいるから断られた」とかWhoが理由で断られたみたいな噂が立つことがあります。最悪、それが一人歩きして、後日、その人からイタリアンに誘われて「イタリアンなら行く!」と一緒に出かけたりすると、「あいつは**と仲悪いんじゃなかったのか?何を考えているのかが分らない、信用できない」となります。

無用な噂や誤解で変な軋轢を生じないようにしましょう。

Who型にも2種類ある

実はWho型にも2種類あります。「みんな」型と「あなた」型です。一昔前の映画に「例え世界中が敵に回っても、俺はお前を信じる」みたいな台詞がありますが、

「世界中が敵に回ったら、世界中の方についていく人」と「世界中が敵に回っても、信じた人の方についていく人」がいます前者が「みんな型」、後者が「あなた型」です。

旅行の行き先が京都5票、東京2票だったとき、「みんな型」の人は東京の2票を「みんな京都に行ってるよ」と説得にかかり、「あなた型」の人は、その優先する「あなた」が東京だったら「私も**ちゃんが行なら、東京に2人だけでも行く!」となります。

一般に、学級カーストなどは、What型のリーダーに、「***ちゃん」の信奉者の「あなた型」が右腕左腕を構成し、そこで3人というそれなりの派閥が生まれたところで「みんな型」が一気に雷同するということが多いように思います。

社会も意外と同じだと思います。海に飛び込むファーストペンギンが、世の中を動かすファーストペンギンになるには、ペンギンを信じて追いかける「セカンドペンギン」が必要です。

Who型の仲間の増やし方

さて、Who型社会で仲間を増やすには、相手が「みんな型」か「あなた型」で説得方法が変わります。

「みんな型」を仲間に誘うときは「みんなもやってるから、あなたも参加して」と、集団で押しかけて説得するようなアプローチが有効です。「あなた型」の場合は、その人に強い影響力を持ち信頼している人、先輩とか、父親とか、上司とか、恋人とか、から「私はあなたと一緒にやりたいんだ」と説得すると動いてもらいやすくなります。

地域の顔役というような人がいます。「***さんのためなら」「***さんに言われちゃ仕方がない」と言ってもらえるような人。こういう「あなた型」を纏め上げる天才みたいな人が、地方にはたくさんいます。

Who型リーダーは、「***さんのためなら、と駆けつけてくれる人の数を増やすこと」こそがリーダーシップだと信じています
。だから、リーダーにとって一番大事なモノは何?ときくと、「コミュニケーション能力!」と答えてくる人が多いです。

逆に、あなたが何か説得を受ける立場になったとき、凄い人が出てくるときや、やたら大人数で押しかけて説得を受けるときがあります。それはWho型の文脈で言えば「これだけの影響力をもたらす人が説得するのだから、その人が言えば、必ず、同じ方向に動いてくれるはず」、あるいは、「これだけの人数で押しかけたのだから、必ず、みんなの方に動いてくれるはず」という確信が行動の裏にあります。

内容(What)をブラッシュアップして説得するというアプローチでは全くないのですが、ここで、「でも、What(内容)が全然ダメじゃん」とおもって、内容が不足であるゆえに断ったとしても、それが伝わらず「地域の顔役に逆らった」「あいつはみんなと一緒になる気がない」とWhoの文脈で断ったとみなされます

これは、本当に注意したいところです。

Who型のビジネスでの勝ち方

さて、実際、私も地元の、まさに「あなた型」を纏め上げるリーダータイプの人にこういわれたことがあります。「お前がなにかしたいと思ったときに、駆けつけてくれる人をたくさんつくっておけ」と。

これ、まさにWho型の発想ですよね。正直、What型の私は「なにかしようとおもったら、それがボランティアならボランティアに関心ある人、飲食ビジネスなら飲食に関心ある人、芸術祭なら芸術に関心のある人を集めよう」と思っているタイプなので

「自分が何をやるのかに関わらず、自分がやりたいことなら何でも手伝ってくれる人を増やす」という発想は、まさに目から鱗が落ちる思いでした。それまで、自分には全然なかった発想です。

ただ、それが地方では必要です。というのは、人口が多い都会と違い、「興味関心」だけでは、集められる人数が少ないから。芸術祭やるなら、芸術に関心ある人だけでなく、「***さんがやってることだから手伝う」という人も動員しないと、人数が形成できないんですよね。

また、ビジネスにおいても、「***さんが社長になるなら協力する」「***さんのところから買うようにするよ」「***さんに紹介するよ」という人が多ければ、フランチャイズの飲食店をしようが、チラシの印刷会社をしようが、板金塗装をしようが、ある程度既存ノウハウがはっきりしているビジネスであれば、「人」によって成功失敗が分かれるのが地方です。

そもそも、ビジネスモデルの新規性などはいらないので(近くの都市や似た業態の成功事例を忠実に真似すれば良い)あとは、いかに従業員と、顧客と、仕入れ業者を、より有利な条件で、瞬発力と規模感をもって集めきってやりきるか、が勝負になります。

むしろ、学歴より元ヤン経験ぐらいの方が力を発揮しやすいところです。地方だと、より「学校の勉強は役に立たない」になりやすい理由でもあります。

そして、「ビジネスモデルが特徴的である」ことより、「商売をしていく過程で、顧客、従業員、取引先など人に恵まれていること」が成功体験の根幹となるので、「誰が仲間か」が、ビジネスでも、価値観の中心に居座り続けるというスパイラルが生まれていきます。

このあたりのからくりは 藤野英人さん「ヤンキーの虎―新・ジモト経済の支配者たち」に詳しいです。


Who型は魅力的なWhatを用意する

さて、ここからはWho型社会がどうやってWhat人材を受け入れるか、What人材に出て行かれない地域にするか、と言う話をします。

「もう、そんな地域の輪に入らない、面倒くさいやつは出て行け」と思うかもしれませんが、それをやった結果が、東京一極集中と、特に若年女性の集中による少子高齢化なのです。.

Who型社会がWhat人材を受け入れるには、ここまで書いてきたことの逆をすれば良いのです。What人材が地域の輪に入らないように見える行動は、別に「誰かが嫌いだから」とか「みんなと一緒にいたくないから」ではないのです。そこで気落ちをしないこと。ましてや、そこで邪推を立てないことが重要です。

そう、シンプルにWhat(内容)をブラッシュアップすることが一番の近道なのです。飲み会を断られたとき「**さんも一緒にいるよ」とか、Whoで食い下がるのでなくて、「珍しいワインや食材が手に入ったよ」とか「今度、低温調理器導入して新しいメニュー作ってみたよ」とか、内容(What)で声をかける。そうすれば、「え?なにそれ!?面白そう!?」と、結構あっさり、ひょこひょこと顔を出します。

あるいは、「今日は***というテーマについて話し合いをしたい」とか「今日は***さんの結婚をみんなでお祝いしたい」とか、集まるべき理由をちゃんと述べると、「それなら、結婚祝いにプレゼント買っていくよ」と、理由に納得さえすれば、むしろ積極的に、その理由をさらにブラッシュアップした行動をとってくれたりもします

シンプルに言えば、焼肉を誘ってダメなら、寿司にしてみてください。あるいは、その人が来るべき理由をちゃんと説明してください。そしたら、来ます。そのため、Whatの選択肢をたくさん持っておくことが重要です。

What型かWho型かを見分ける基準としては、料理を一緒に食べているとき、「一緒に食べている人や知人の近況」が話題の中心になるか、「へえ、このサワラ、ふっくらと仕上がってるね」と、今食べている食事が話題の中心になるか、その分量を見極めるとなんとなく分ります。

What型も2種類に分かれる

また、Who型を「あなた型」「みんな型」の2種類に分けましたが、「What型」も2種類に分かれます。それは「Why型」と「純正What型」です。

「理由や意義」に興味がある人と、「内容そのもの」に興味がある人です。

「Why型」は、単に「野球大会やろうぜ」だけでなく、野球をやる「理由や意味」が見えないと動けないタイプです。「何のために野球大会やるの?親睦のため?チャリティーのため?運動不足解消するため?」というのが分らないとやる気が起きません。

このタイプは、「いいから、とにかくやれ」「いいから、みんながそうだからおまえもやれ」「いいから、***さんがやれといってるからやれ」が、モチベーションを一気に沈めます。

逆に、「チャリティーのため」など理由がしっかりすれば、野球大会だろうが、サッカー大会だろうが、のど自慢大会だろうが、その「理由の実現」のためにモチベーションを高く発揮してくれます。理由の実現のためなら、内容、何をやるかにこだわりはありません。こだわるのは理由です。

目的の実現のために、内容に関するアイデアもガンガン出して、行動していきます。むしろ、理由の実現のために必要であれば、ドラスティックに内容を変えることに全く抵抗がないです。

チャリティーのために、ある野球大会を企画して、内容や集客面で目的を達成しなさそうなとき、「もう、この野球辞めてゼロベースで発想し直して、バザーやろうぜ、その方がチャリティーの主旨目的は達成できる」ってことを、土壇場になっても言い出すタイプです。周囲の人は「え?あなた野球大会やりたいんじゃなかったの?」と目が点になります。

そして、一緒に仲間になる相手は選びません。「理由の実現」のためには、誰とでも、例え評判の悪い相手でも理由の実現に必要と判断すれば、分け隔てなく手を組める性格です。

このタイプを地域の活動に誘うなら、「みんなもやってるから」とか「あなたと一緒にやりたい」という説得でなく、「この団体の活動を通じて、こういうビジョンを達成したいのだ」という、一見、青臭いような、壮大な話から、いわば「志」からのアプローチが効きます。

そして、もう一つが「純正What型」です。これは、「Why型」と逆で、「俺はとにかく野球がしたい」という人。その目的が、親睦のためでも、チャリティーのためでも、運動不足解消するためでも、なんでもいいんです。とにかく「野球が好きで野球大会のためなら何でもする」というタイプ。

とにかく、「野球」をしたいんだ、という、やりたい内容ありきで理由や主旨はあとからついてくるタイプ。

こういう「純正What型」人材を地域社会に取り込むには、「この団体ではこういう活動をします」と、まさに活動内容をド直球で投げ込む、あるいは、活動内容の中に、その人の関心のありそうな活動との接点要素を見出す「野球が好きということだけど、ここでこういうスポーツを題材にした活動をしています」のような説得が有効だったりします。

逆に、「純正What」の人に意義だけ伝えても、具体的にとるべき行動が見えないと、「それで、結局、私は何をしたらいいの?」となり、なかなか動くことが難しくなります。

「Why型」はやるべき理由が見えないと不安になり、「純正What型」は、やるべき行動が見えないと不安になる、といった感じでしょうか。

人材特徴としては、「Why型人材」は多様なジャンルに全般的に詳しく、それを目的のために構造化し整理することが得意「What型人材」は、自分の興味関心をひたすら追求するので、特定分野のスペシャリティとして活躍することが多いです。

また、Why型と純正What型を部下に持ったときに、

「お客様が来る前に部屋の換気をしたいので、毎朝、窓を開けておいてください。」という指示を受けたときに、Why型は前半の「部屋の温度を下げたいので」というところに意識がいっているので、理由を掴んだところで満足して、後半はしっかり聞いていない。純正What型は逆に「私は毎朝窓を開ければいいのね」というところに意識があるので、その理由が抜け落ちがちです。

Why型は「部屋の換気のために、クーラーで除湿にしておきました」→「結果、電気代がかかる」と「理屈はあってるけど、指示通りにしないタイプのミス」

純正What型は「(雨が思いっきり降っている日でも)忘れずに窓を開けておきました!」→「結果、部屋の中に雨が吹き込む」という「状況を考えずに、言われたとおりのことしかやらないタイプのミス」をしがちです。

What型人材が留まる地域とは

さて、やっと本題の「What型人材が留まる地域」ですが、それは

Why型にとって魅力のある「地域のビジョン」「地域の未来像」が描けている地域であり、「私が地域に残るべき理由」が見いだせること。

純正What型が納得する内容を提供できる雇用や地域の文化資本があること

です。

「人」とか「地域の輪」とか「繋がり」に頼らず、面白そうな地域の商店やイベントが豊富であり、自己実現できるようなキャリアや雇用であり、興味関心を十分に学べる教育機会の提供であり、興味関心に応じた商品やサービスが受けられる環境であり、

そもそも、面白くてワクワクするような地域であること。

興味関心の赴くままに生きていても、それが許される地域であること。

が、結局一番大事なのです。

逆説的ですが、「地域に無理に馴染まなくても、好きなときに好きなように好きなことに何の遠慮もなく関わることが出来ること」が、結果的に、What型人材にとっては居心地の良い地域なのです。

ところが、大体の地域は、What型人材を繋ぎ止めるために「地域の人との関わりを増やす」「地域への愛着を若い頃からふやす」という発想、Who型の説得方法で地域に人を残そうとします。

当然、逆効果になります。

What(内容)の不足をWho(人間関係)で補おうとしても、結局、それはWhat型人材にとっては単なるごまかしにしかなりません。

What型人材が面白がるようなコンテンツを地域に生み出すこと、例え、今は無かったとしても、それが次々と生み出される地域だと思われること

これが王道ではないでしょうか。

Who型都会女子の憂鬱

さて、最後にちょっと視点を変えて、「都会に生まれてしまったWho型のしんどさ」というのも触れておこうと思います。

高学歴のキャリア女性には、意外とWho型が多いと感じます。「私はこの学問に関心がある」というより、ご両親や先生、周囲の人々の期待というのを敏感に感じ取って、「私はこういう役割をすべきだ」とWho型モチベーションで、受験勉強をがんばり、良い学校に入り、言い会社に就職できたのだろうと思います。それが「みんなが歩む普通の道」だと。

ところが、みんなが同じ時期に同じことをするのは学生ぐらいまでで、社会に出てくると、仕事の内容だったり、家庭の事情だったり、恋人との関係だったり、色んなコトが作用して、人それぞれの人生を歩み始めます。

みんな12歳で中学受験し、17歳で大学受験し、21歳で卒業するのではなくて、あるひとは20代前半で結婚し、ある人は30代後半だったり結婚しない人生を選択したり、あるひとは入社3年ぐらいでキャリアアップ転職したり、ある人は一つの会社でキャリアを積んだり、、

つまり、いままで、誰かの、あるいは、周りの期待に応えようとWho型で頑張ってきたのに、「あなたはどういう人生を生きたいの?」「あなたは何がしたいの?」と、唐突に「What型」社会の価値観に迫られる。これはしんどいと思います。

そして、「Who型」の思考法が身についているので、親や、上司や、会社や、家庭や、同級生や、友達や、恩師や、色んな人のために頑張ろうとすると、その色んな人が、職業観も、結婚観も、ジェンダー観も、全然違って、それぞれの価値観で色んなことを言って

「何が正解なのか、誰の言うことが正しいのか、分らない」

になってしまう。

もちろん、キャリアだけでなくて、バリバリのWhat型の外資系企業とかに、なまじ成績が良くて優秀なだけに、Who型の能力を全力発揮で、相手企業に合わせた面接対応を完璧にこなして、就活を通過して、入社できててしまって、でも、根がWhat型でないから、そのうち無理が出て心が折れてしまう。

そして、「もっと人と人のつながりが感じられる人生を歩みたい」と、穏やかな身の丈に合ったキャリアを選ぶ。

こういう「Who型都会女性の憂鬱」を抱えるのは、地方から東京に来た女性より、圧倒的に首都圏生まれ首都圏育ちの人が多いように思います。

東京は東京で、もっとWho型でも生きやすい社会、そういうコミュニティが用意されるといいのにな、と思うときがあります。

結婚だけはWhoで

最後に、私は自分ではWhat型、なかでも、かなり強めのWhy型だと思っています。納得しないと力が出ないタイプです。

ですが、先日、コロナが終わってる前提で、妻と旅行の計画を立てていた時、妻に「あなた、今まで興味なさそうなところにも、私と子供たちと一緒ならいくのね」といわれました。

そのとき、気づいたのです。妻や子供たち、家族とは、一緒にいさえすれば、どこにいっても、なにをしても、東京でも京都でも金沢でも信州でも、花火大会でも、恐竜博物館でも、フラワーパークでも、陶芸体験でも、なんだって、幸せで楽しい

家族って究極のWho型社会です。家族であることに共通の理由とか、共通で成し遂げるべき内容っていりません。そもそも家族であることに目的なんてありません。目的達成したら、家族って、解散するんですか?

ただ、一緒にいるだけで幸せな大切な人、それが家族であり、家族であることに条件なんて要りません。

婚活ってどうしても職業とか年齢とかWhatが前面に出てきがちですが、家族こそ究極のWho型社会であり、WhatでなくWhoで決めることなのかと思います。


今日の話は、ここまで。

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