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山際響:短編集

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山際響の短編まとめです。
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2023年2月の記事一覧

サラザールの一日

サラザールの一日

 アントニオ・サラザールは独裁者である。

 いや、「であった」と言うべきか。

 彼がハンモックで昼寝の途中、落下して頭を打ち、意識不明の間に、世界は、ポルトガルは変わってしまったのである。
 腹心のカエターノに政権が移り、サラザールは目覚めるまでの二か月間の記憶とともに、権力を喪失した。
 一九六八年の事であった。サラザールこの時、七九歳。

 側近は、その事実がこの元独裁者には衝撃的すぎると

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イリュージョニスト

イリュージョニスト

「イルカなど、消さない」と彼は静かに、断言した。
 ベッド脇の電気スタンドのような駅前のパブで、彼はベルギービールを飲んでいる。ピンク色の象が描かれているデリリウムという名の奇妙なビールの瓶だった。
 彼はもう一度言った。
「イルカなど、消さない」
 彼は満足げに、ビール瓶を傾け、ゆっくりと、ビール瓶の象ではなく、その不思議な文字をなぞる。
「デリリウム、というのは、せん妄状態の事だよ」
 彼は言

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