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小説とか詩歌とか

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幻視者になりたい。
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#ショートストーリー

【短編】人魚の白粉

【短編】人魚の白粉

 僕はいちごが敷きつめられたタルトを指さした。「これが良いんじゃない」と振り返ったけれど、さっきまで一緒だった母さんがいなかった。ほかの菓子を見に行ってしまったのだろうか。僕は制服の詰め襟をゆるめて、売り場をまわる。どこもかしこも春限定の商品がならび、薄桃色の吐息で満たされていた。
 ふと、フロアの奥に見覚えのない扉があるのに気がついた。ひとの影すらも通らず、忘れられたかのように、ぽつんとあった。

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【短編】告解室

【短編】告解室

 取り壊されると聞いたときから、どうにも気になってしまって、同級の子たちと行ってしまったのです。ええ、ここは、この教会は、私が物心ついたときからずっと、変わらずにあったと思います。だからびっくりしました。こんなにみすぼらしかったかなって。まじまじと見たことなんてなかったものですから。

 そう、あの日、あの日のこと、でしたよね。あの日は同級の子たちと、教会を探索していました。まあ、すぐに終わってし

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【短編】傷口に染みる

【短編】傷口に染みる

 くらりときてしまうほどの、血の匂いだった。向かいの患者がまた、自分で自分の身体を切って、ぎゃあぎゃあ喚いている。

「ほら、よく見てくれ、この血を! おれは人間なんだ!」

 毛布を蹴りあげて両足を突き出す。脛から指さきにかけて、無数の葉が生い茂り、そのなかに、ぽつぽつと椿の花が咲いていた。彼を押しつける看護婦の腕が、ひとつ、またひとつと増えてゆく。そのうちのひとりに、僕は尋ねた。

「あの、外

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【短編】溶けるパラソル

【短編】溶けるパラソル

 なんとなくその日は、庭で過ごそうと思ったのです。秋桜畑のそばにパラソルを開いて、私は授業でつかう論文を読んでいました。降り注ぐ日射しのせいか、辺りが霞んで見えます。文字を追うのに疲れて、資料から眼を逸らすと、足もとに真っ赤な花が咲いていました。あれはなんの花だろう。あんなに赤々と燃えて。考えにふけっていると、それは小さく跳ねて、砂埃をたてました。私ははっとして顔をあげます。いつの間にか姪の洋子が

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