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ディーセント・ワークのことを考える ~ブルスティン博士の話から~

ディーセント・ワークという言葉をご存じでしょうか。「働きがいのある人間らしい仕事」という意味で、ILO(国際労働機関)は1999年にその最低限の枠組みについての原則を「ディーセント・ワークアジェンダ」として以下のように定めています。

1.持続可能な組織的経済的環境の整備による雇用促進
2.持続可能で国の事情に適した社会的保護「社会保障と労働保護」手段の開発・改善
3.社会対話と(公労使)三者構成原則の促進
4.労働における基本的原則と権利の尊重、推進、実現

さらに、ディーセント・ワークは以下の特性を含むことが最も望ましいとされています。

 ・虐待を受けたり酷使されたりするような危険な状況で働く必要が無く物理的人間関係的に安全であること
・休息と休暇の時間があること
・被雇用者の価値観を補完する組織や使用者の価値観
・適切な報酬
・保険医療を提供すること

 (参考)
ILOホームページ |国際労働機関(ILO)

先日、ワーキング心理学を提唱し社会正義のキャリアについて探求をなさっているブルスティン博士(ボストンカレッジ大学院)の初来日講演に参加し、ディーセント・ワークについて私の知るところとなりました。今更でお恥ずかしい限りですが…。

補足になりますが、ブルスティン博士によれば、ILOのアジェンダには、意味、目的、満足感、やりがいなど職業の心理的特性は含まれておらず、あくまで仕事の合理的な構造の基礎を固めることであると理解できる、としています。この国際基準と働くことの心理的側面(ブルスティン博士が提唱するワーキング心理学)を比較検討し議論することを後ほど紹介する著書で試みています。

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ブルスティン博士は、ワークプレイス・ディグニティ(働く場の尊厳)について語り、ディーセント・ワークのみならず、ディーセント・ライフをも実現すべく、私たちがより大きなものの一部であることを自覚して、アクティビスト的な要素を(仕事や生活の)周囲に築いていくことが必要だとしました。とりわけ、新自由主義経済・政策の結果として蔓延している「プレカリティ(孤立、不安)」に対する支援について訴えていました。

初め、私はそのようなブルスティン博士の訴えを聞いても、自由の国アメリカの働き方がそれほど危機的な状況になっているとは思っていなかったので、どうして博士はこんなに切実に話をするのだろう?と受け取っていました。そこで、講演後、ブルスティン博士の著作を読んでみようと思い、「人間の仕事 意味と尊厳」にあたってみました。
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この本には、ナラティブ・インクワイアリ―という手法を使って定性調査をおこなった成果として、多数の働く人または働く場を失った人の「語り」が記されていました。下記のテーマに整理されています。

1.生きていること
2.生き残り、活き活きと働けること
3.他者と共にいること
4.私たち自身よりもっと大きなものの一部であること
5.やる気を出し、最高の自分になること
6.ケアできること
7.抑圧や嫌がらせを受けずに働けること
8.仕事がないこと
9.尊厳を持ち、機会を得て働けること

1人ひとりの「語り」から、アメリカの労働環境で起こっていることが垣間見えましたが、私の認識をはるかに超えたものでした。ブルスティン博士は新自由主義経済・政策の陰で抑圧されている人々にまなざしを向けており、中には読むのが辛くなるくらい、酷いエピソードもあります。どのエピソードも、人間の心の部分に仕事にまつわる事柄がどれだけ影響するのか…。私はこの本に触れて、仕事には光の部分もあれば影の部分もあることをあらためて突き付けられた感じがしています。

ある日、突然解雇され、その日のうちに荷物をまとめて出てゆかなければならない。その絶望感。明日からの生活の糧をどうすればよいのか、家族にはなんと言えばいいのか、途方に暮れる。キャリアカウンセラーに相談に駆け込むが、そう簡単に仕事が見つかるわけではない…。希望が持てない…。このようなエピソードに触れると、アメリカは労働移動が柔軟な国だから転職は比較的容易なのだろう、と頭の中だけで思っていたことが音を立てて崩れてゆきました。確かに、ブルスティン博士は講演の中で、「アメリカは必ずしもディーセント・ワークの鏡にはなっていない」と述べていました。

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ディーセント・ワークとは何か。日本ではどうなのか。私の役割は…?と考えました。

正規雇用に対しては、労働法制でそれなりに厚い保護がされている(但し、長時間労働については解決していない)のではないかと思います。その陰で、非正規雇用の不安定さを逆手に取り、企業にとって安価で使い勝手の良い労働力の確保が出来るようになってしまっています。その結果貧困のスパイラルに陥る人がたくさんいます。配偶者控除や扶養控除などの税制の問題から自分らしく働くことに対する制限がかかっています(**の壁問題)。マーケットワーク(賃金が発生する労働)とケアワーク(家事や介護等の無償の見えない労働)の性差も大きな問題です。また、ブルスティン博士が強く訴えかけていることですが、犯罪による服役等で社会的にしくじってしまった人がもう一度社会に参加できるセーフティネットも十分ではないでしょう。そして、昨今の日本ではハラスメントの問題も深刻です。

ブルスティン博士は、「働きがいのある人間らしい仕事」を実現する要素として、「自律性(Autonomy)」「有能性(Competence)」「関係性(Relatedness)」が自己決定を促す環境づくりに含むべきものだと説いています。そのような環境が整備されることによって、働く人のメンタルヘルスの健全さにもつながるのでしょう。その人の仕事が「仕方なくする労働」となってしまっている場合、上の3つの要素の獲得または獲得のための支援の提供が何らかの形でなされない限り、仕事上のほんのちょっとした出来事(例えば、職場の人間関係のトラブル等)がきっかけで、その人の仕事に対する意味と尊厳を損なう可能性が高いのではないかと思いました。

キャリアカウンセリングにおいては、「答えはその人が持っている」という大前提があります。つまり、自己決定です。そうであるならば、その人の「自律性」「有能性」「関係性」に対して内省や発見を促すはたらきかけが、キャリアカウンセリングにおいてもとても重要になってくると思います。そのはたらきかけにより、その人自身がレジリエンス(立ち直る力)を取り戻し、様々な困難を乗り越えてディーセント・ワーク、ディーセント・ライフを実現する意思決定と行動変容を進めてゆく…、そのようなかかわりを心がけようと思いました。

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今回は、ディーセント・ワークのことを考える、についてお話しました。私は会社勤めとの複業でライフキャリアデザインカウンセラーとして個人や世帯の職業生活設計や資産設計のお手伝いを志しております。保持資格としては国家資格キャリアコンサルタントとAFP(日本FP協会会員)をコアスキルとして、これまでの会社生活や人生経験で学んできたことを活かして会社内や地域社会に向けた価値創造につなげてまいります。ご関心を持っていただいた方、ご相談事がある方は、どうぞお声がけください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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