ESG経営に必要な資本は、人材だ|聴き合う組織をつくる『YeLL』のnote
2021年6月、「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」が改訂されます。「コーポレートガバナンス・コード」とは、企業統治に関して上場企業が参照するべき指針として、金融庁と東京証券取引所が策定しているガイドラインです。2015年から「持続的成長に向けた企業の自律的な取組を促そう」との目的で策定が進められてきました。
バブル崩壊後、失われた20年を過ごしてしまった日本。そこから持続的な成長を目指すためには、グローバルな競争下で生き残り、収益をより高めていくことが重要です。そのために、企業の経営力アップに向けて何が必要なのかが、今回の改訂に大きく反映されています。
中でも見逃せないキーワードが、「人的資本の情報開示」です。これから重視されていくESG経営においても、注目を集めています。今回は、そうした背景について解説する【UPDATA SEMINARS 全ての経営者に知ってほしい、「人的資本経営」の新潮流】の様子を、イベントレポートとしてお伝えします。スピーカーは、ウイングアーク1st株式会社 民岡良さん、エール株式会社 篠田真貴子さんです。 【編集部 林】
※ESG経営については、過去のnoteをご参照ください。
当日のイベント動画も公開されておりますので、合わせてご確認くださいませ。(https://www.wingarc.com/updata/seminar/index.html|過去セミナー紹介→Innovationよりご覧ください。)
企業にとって、人はコストなのか
経営における「人」は、競争優位性の源泉である———そうスローガンに謳いながらも、実践してきた企業は多くありません。「人件費は減らすもの」であり、「人的資本=資産」と捉えて投資をする発想がなかったからです。ところが近年、「人をコストではなく、価値を生む資本として捉えよう。そのために定量指標化しよう」という潮流が起こりつつあります。
民岡さんによると、「その背景には、3つの大きな変化があげられる」のだそうです。
1つめは、テクノロジーの進化によって、HR(Human Resources)領域の可視化ができるようになったこと。
2つめは、投資家からの開示圧力が高まり、「持続可能な働き方と環境を整備している企業なのかどうか」が投資判断の軸になってきたこと。
3つめは、この1年間でリモートワークによる働き方も大きく変化したことです。従業員一人ひとりの事情に寄り添い、最大限のパフォーマンスを発揮できるようなサポートが必要になるにつれて、「人への投資について可視化する」という動きも大きくなっています。
では改めてなぜ、「人的資本」がコーポレートガバナンス・コード改訂の焦点になっているのでしょうか。
人的資本を可視化せよ
篠田さんは「人材・組織に関する内容が濃くなっている理由として、資本市場の変化がある」と話します。
「かつては株主中心主義・短期収益指向型の投資家が多くを占めていました。人材組織と資本家の利益が相反していた時代から、次第にそのベクトルが重なるようになり、今大きな変化を迎えつつあります。改訂のポイントとして挙げられている内容を見ても、その変化が感じられます。例えば、以下のようなものです」(篠田さん)
●取締役会の機能発揮
経営戦略に照らして、取締役会が備えるべきスキルと、各取締役のスキルを公表する。いわゆるスキルマトリクスと言われるもの。
●企業の中核人材における多様性の確保
管理職における多様性の確保、測定可能な自主目標の設定を行なう。さらに多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境の整備を、実施状況と合わせて公表する。
●サステナビリティを巡る課題への取組み
自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。環境問題だけではなく、人的資本や知的財産と、経営戦略・課題との整合性を、分かりやすく具体的に示すべきである。
「民岡さんのお話にもあった”3つの大きな変化”を踏まえて、もう少し掘り下げて考えてみましょう。まずはESG経営が進んでいる、海外の状況を振り返ります。海外では、無形資産の価値=「企業価値の源泉」として捉えられています。経産省によると、企業価値の半分以上である52%は無形資産です。それを形づくるのは、従業員たちと彼らが産むブランドであり、知的財産です。
ESG要因の中でも、「S=Social」が企業価値と密接に結びつき、株価を押し上げていることが定量的に分かっています。こちらのグラフを見ても、明確に差が出ていると分かりますね」(篠田さん)
(経済産業省「投資家から見た望ましい人事・教育制度とその開示の在り方」2020年5月の資料より参照)
「過去10年間の市場からのリターンを見た結果が、明確に出ています。特に「従業員との関係」、中でも人財育成によって活力を高めた結果が、株価パフォーマンスを押し上げていることが分かっています」(篠田さん)
では、日本はどうなのでしょうか。人を大切にしていると、会社理念に掲げている企業は多いものの、実を伴っていないのが現状です。
「日本の無形資産投資を、各国と比べてみると明らかに低水準で推移しています。主要国6カ国中、経済能力投資、いわゆる人材組織投資はビリです。逆にここにしっかりと、経営の意識をこ込めてお金をかけてやっていくことが、日本のポテンシャルの源泉にもなっていくはずです」(篠田さん)
「さらに欧米では、企業の社会的役割を求める声が高まっています。ヨーロッパでは環境問題、アメリカでは人種問題や経済格差。そうした社会問題について、もっと企業が介入していくべきだとの声です。日本では『ESGって投資すると儲かるの?』という議論もまだあるようですが、欧米では『ESGに取り組む企業出なければ、投資家としてリターンが取れない』とのコンセンサスが形成されています。
そのためには、どうやってESGを見える化し、経営状況を把握するかが自ずと重要になってくるわけです。具体的にはプロセスが見えるISO30414や、会計の開示基準の開発などが進んでいます。事実、こうした流れの中で、投資家保護の観点から情報開示が義務化されました。日本においても、この潮流は大きな影響を及ぼしています」(篠田さん)
人材版伊藤レポートが鳴らした警鐘
日本で人的資本が注目されるきっかけとなったのは、2020年9月に経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」です。
※注釈:人材版伊藤レポート:2014年に経産省から公表された報告書「伊藤レポート」の人材版として、人材戦略に焦点を当てた新たな報告書。「伊藤レポート」は一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏が座長を務めた有識者会議の議論をまとめたもので、「自己資本利益率(ROE)8%超」を企業の目標にすべきと語るなど、企業経営に影響を与えた。
「『人材版伊藤レポート』で、多くの企業が人材戦略と経営戦略を連動できていないとの指摘があり、人材が大切だと定義されました。人材マネジメントの目的が人的資源の管理・コストという意識から、人的資本・価値創造としてみてくださいとの方向へ、今後変わっていきます。人材は投資をして、さらにリターンを出すものなんです。このイニシアチブを取るのは、経営者。人事部まかせではなく、取締役がコミットすべき課題です」(篠田さん)
こうした背景に後押しされ、いよいよ日本でも人材を資本と捉えて、投資をしていこうとの動きが高まりつつあります。
次回は篠田さんの経験をふまえた、「人材戦略と経営戦略との関係」について紹介します。