見出し画像

vol.5 黒人コミュニティと居住区の不平等

高級住宅街と貧困街。アメリカのみならず世界各国,そして日本にも居住区域間における経済格差や公衆衛生の違いが存在します。各地区や通り一本を挟むだけで,受けられる公共サービスに違いが生まれています。貧困地区では,公立学校の質や医療レベルが低く,新鮮な食料が手に入りづらい,衛生環境が整っていないなど様々な問題を抱えています。今回は,アメリカにおいて郵便番号がもたらす人種間の棲み分け問題に触れてみることにします。

はじめに,南北戦争後のアメリカ

まず時系列順にお話しします。19世紀のアメリカでは黒人の約90%が米国南部に住んでいました。南北戦争を迎えた1860年代,白人が約86%,自由黒人が約2%,そして黒人奴隷が約13%を占めていました。自由黒人はみな北部に暮らしていました。

南北戦争後,基本的な人口分布に変化はなく,自由の身となった元黒人奴隷はそのまま南部に残り続けます。戦後の南部は,アメリカ共和党の急進派によって進められたReconstruction(再建期)により,合衆国軍の半ば強制的な力を持って,自由黒人への教育や生活向上を経験します。余談ですが,南北戦争が終わっても戦争状態は続きました。軍事力をもってしなければ戦後の南部に希望はなく,つまり奴隷制が全ての基本にあった状態を立て直すことは不可能であり,奴隷状態に引き戻されるのは火を見るより明らかであったのです。なので,第18代大統領ユリシーズ・グラントを筆頭に,政府は軍を引き続き駐在させ続け,南部の各地に兵を派遣させます。ちなみに第16代大統領エイブラハム・リンカーン暗殺後に,就任した第17代大統領アンドリュー・ジョンソンは人種差別主義者であり,戦後アメリカの不幸を招いた第一人者だと言われています。この南北戦争後の様子は,Gregory P. Downs氏の著作にて詳しく知ることができます。

特に,このReconstruction期には黒人の参政権が押し進められ,南部諸州では黒人共和党議員や公職に就く黒人も多数生まれました。しかし,1877年に合衆国軍が南部を撤退すると,状況は一変します。白人至上主義団体と民主党が州政府を乗っ取り,黒人共和党議員を追い出します。それ以降,Jim Crowと言う人種差別的法令がいくつも制定され,黒人の選挙権は殆ど剥奪されました。経済的自立もままならない中,時代は20世紀を迎えます。

Great Migration,黒人の大移動

その20世紀初頭に,アメリカの人口分布に転換期が訪れます。黒人は,南部に残る人種差別/暴力(リンチによる殺人の増加)から逃げるため,また第一次世界大戦による北部の労働力需要,そして南部の歴史的凶作により,約600万人の黒人が北部へ移動しました。この移動をGreat Migrationと呼びます。この大移動により,南部と北部の黒人人口は約半分になります。

そして多くの黒人は,ニューヨークやシカゴ,ミルウォーキー,クリーブランド,デトロイト,フィラデルフィアなど北部の大都市に流入します。特に,ニューヨークのハーレム地区では,黒人文化が花咲き,いわゆるハーレム・ルネッサンスが訪れました。しかし,この大移動は,それまで黒人と暮らしたことのなかった北部白人による居住区の差別をもたらす結果となりました。

北部で始まる黒人差別

一部の北部白人は,差別色を強め始め,プールや娯楽施設などの施設における差別も生まれます。また,新たに移動してきた黒人地区に放火をしたり,家屋を破壊,更にはKu Klux Klanの象徴でもある燃やされた十字架を掲げました。北部における人種差別の様子は,こちらの写真集で詳しく知ることが出来ます。

そして,北部の不動産会社は黒人地区を白人地区の棲み分けを推進し,黒人は白人居住区での家屋購入を禁止されます。いわゆるRacial Restrictive Covenants(特定の人種に対する不動産売買を禁止)です。このような状況を危惧し,キング牧師も亡くなる2年前から南部ではなく,北部での人種差別撤廃に取り組んでいたことは,北部の惨状を示しているでしょう。

Housing Segregation,居住空間における差別の実態

1933年,Home Owners' Loan Corporation(略称:HOLC)という政府支援の会社がレッドライニングという差別行為を始めます。これは黒人が住んでいる割合を4色で示し,最も割合の多い地区は赤線で囲み,そこに住む住民には融資を行わなかったり家屋を販売しなかったりなどして,人種による地区の棲み分けを進めます。こちらは1939年当時のロサンゼルスの様子です。緑はBest,青はStill Desireable,黄色はDefinitely Declining,そして赤はHazardousと分類されています。

画像1

上記の図解も含め,リッチモンド大学のMapping Inequalityと言うサイトが当時のHOLCによるRedliningの様子を記録しています。当時の居住区差別は主に北部で行われていたことが明示されています。

また,1934年にはFederal Housing Administration(通称FHA,邦訳:連邦住宅局)が設立されます。しかし,FHAにより貸し出されたローンは殆どが白人に限定されていました。また,Blockbustingという現象も増加します。これは近所に黒人が引っ越してくると言う噂を流すことで,白人に物件を安く売却させる行為です。黒人がいる地域は地下や不動産価格が下落するため,その前に売却させ,そして安く買い取った物件を黒人に高値で売ることで利益を上げるのです。具体的な手法としては,白人地区で雇った黒人にベビーカーを押させる,車を運転させる,白人が住む家の前で騒がせるなどがありました。白人たちは自分の住むブロックに黒人が入ってくると,急いで郊外に引越し,この現象はWhite flightと呼ばれました。

政府による居住区差別を知るためにはRichard Rothstein氏の"The Color of Law"がおすすめです。

また,ローンを借りることの出来ない黒人はContract Purchaseという方法で住宅を購入します。これは高額な利子率が加えられた分割月額払いを指し,住宅の所有権は完済されるまで支払者の手元には渡りません。また,返済期間の住宅修理なども支払側が持ち,一度でも支払いが滞ると,それまで支払ってきた額と住宅は没収されます。1950-60年代のシカゴでは,約80%の黒人がこのContract Purchaseで住宅を購入しています。詳細については,The Atlanticに掲載されているTa-Nehisi Coates氏の英字記事が実例も交えながら,分かりやすくまとめています。

世界大戦後のアメリカ

第二次世界大戦後にルーズベルト大統領が退役軍人の社会的支援のためにGI Billという法律を制定します。世界大戦で戦った多くの黒人兵は欧州で白人と黒人が共に生活している様子を見ていたため,米国南部は黒人帰還兵によって未だアメリカに根強く残る人種差別やJim Crow法が覆されることを懸念し,可能な限りGI Billの恩恵を受けられないように手回しをしました。余談ですが,当時の黒人兵は戦中Double Victoryというスローガンを掲げていました,国外のファシズムと国内の黒人差別,2つの敵と戦っていたと言うことです。話を戻すと,GI Billの制定中に,ミシシッピ州出身の下院議員,John Rankin氏がこの法律は合衆国政府ではなく各州によって個別に施行されると定めました。具体的には,各州にあるVeterans Administration(通称VA,邦訳:復員軍人援護局)が支援を行います。しかし,このVAの殆どが白人社員で構成されており,また差別推進派のAmerican Legionと強い繋がりを持っていたため,黒人退役兵でGI Billの恩恵を受けた人はほんの僅かでした。Rankin氏は議会の中でも指折りの人種差別主義者でした。歴史家のIra Katznelson氏によると,ニューヨーク州とニュージャージー州北部ではGI Billによって支援された住宅ローン約67,000件の内,僅か100件のみが黒人に提供されました。GI Billの実情についてはKatznelson氏の著書で詳しく知ることが出来ます。

黒人ゲットーの形成

そして,1968年に,キング牧師の暗殺に影響され,Fair Housing Actが制定されます。アメリカの住宅購入・賃貸取引において,人種や宗教,性別などによる差別を違法としました。しかし,今日でさえ人種による住み分けは続いています。北部都市は,南部から流入する膨大な数の黒人の受け皿的な役割を果たしました。しかし,不動産業者と,彼らの差別行為を暗に支援する連邦政府が一緒になり,黒人居住地域を白人と分割し,いわゆる黒人ゲットー,また都市スラム街の形成を推進しました。黒人を都市圏内の一定の居住地域に集中的に住まわせることで,白人は郊外に新しいコミュニティの形成を可能にしたのです。その様子をThe Atlanticが動画にして説明しています。

現代にも残る居住区差別

そして,現代では産業の変化と共に黒人が担っていた肉体労働の需要は現象し,都市部にはホームレスや解雇された黒人たちが集まっています。2010年の国勢調査をもとに,ヴァージニア大学のDemographic Research Groupが作成した図式グラフを見ると,人種による居住区分割を具体的に知ることができます。

また,米ワシントンポストも3都市(ワシントンD.C.,シカゴ,ヒューストン)における様子を図解と共に,記事を発表しています。

米ラジオ局,This American Lifeでは非常に興味深い実験が紹介されています。ニューヨーク市のとある賃貸アパートに,白人と黒人の両者が別々の時間帯で訪れます。白人の場合は,管理人が空き部屋を案内しますが,空き部屋があったとしても,黒人の場合は玄関で断られる様子を聴くことが出来ます。

最後に

最後に,冒頭でも述べたように居住区の住み分けは,公共サービスや教育,医療など様々な問題を引き起こします。今回の新型コロナウイルスでは,他の人種に比べて黒人コミュニティでの感染拡大,そして死者数の高さが明らかになりました。経済格差や医療保険の未加入問題などに加え,多くの黒人が住む地域は環境的な問題も抱えています(医療機関が少ない,新鮮な食材へのアクセスが悪い,密集している傾向が高いなど)。アメリカにおけるHousing segregationは今もなお続いています。そして,それはInstitutionalized racism(制度的差別)に起因していることが多く,それは合衆国政府の裏切りであり責任でもあるのです。それでは,また。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?