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朝に必ず考えること

 時間は朝の3時くらいだったと思う。自室に散らばったコードや紙類をおぼつかない足取りで注意深く踏みつけながら、すぐ隣の部屋にあるトイレへと向かっていた。ペラペラのスウェットの裾から、ひょろりと出ているその2つの裸足が、ようやくフローリング材の冷たい床を踏みつけた時、塩を振りかけたナメクジみたいに丸くなった。

 ほとんど目を瞑ったままでトイレの電気をつけ、ドアを開けた。電気をつけた時のスイッチ音はクラッカーを鳴らしたような陽気な音に聞こえた。夢見心地には眩しすぎる黄色い豆電球のせいで、自分の顔がしわくちゃになっているのが分かった。便器に腰を下ろした。沈黙。ただ沈黙していた。自分の音も聞こえなかった。便所。この小さな個室には沈黙しかなかった。しかし、尿と便器ひ溜まった水が衝突した瞬間、リスの讃美歌のようなソプラノの音色が、その沈黙の真ん中を突き破っていった。すると、私の呼吸する音が聞こえた。私はその瞬間まで息を止めていて、今初めて息を吸ったような気がした。

 おそらく、私はまだ夢の続きを見ていた。というよりも夢の世界と現実の世界の見分けがまだついていなくて、より楽しい方、つまりこれからを夢の中で生きることを選択したのだ。

どうしよう…。あの、キリンはまだ泳ぎ続けているのでしょうね…。うん、そう、リスに餌をやらなきゃ…ね。

ソプラノの音色が徐々に消え、くるぶしに垂れ下がったパンツを優しく掴みながら、夢の世界でのこれからの予定を考えた。

ベッドに潜り込んだ私に覚醒の猶予は全く無かった。

 翌日、朝ご飯のトーストをかじっている時に、数時間前の深夜トイレ訪問を思い出した。そしてこう考えた。
 夜中に起きてトイレに行ったとき、私は寝ぼけていたわ、と。だって夢と現実がごっちゃになっていたのだもの、と。ところで今でも安心しできないわ、だって寝ぼけていると気が付くのはいつも時間がたってからだもの、と。

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