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思い描いた人生を歩めない時、人はどう選択すべきか。ニューヨークタイムズ2021年ベストスリラー

新年です。私の住む街は数十年ぶりの寒波に見舞われ、強烈な寒さで明けました。
「寒い。寒い」といっていても寒さは変わらないので、ならばより寒さを感じる本でも読んでみよう、と思いたった元旦。 

とてつもなく寒そうな北アイルランドを舞台にした「Northern Spy」という本書は、1960年代後半から1998年までの約30年間続き、3500人以上が亡くなった北アイルランドの領有権を巡るイギリスとIRA(アイルランド共和軍;北アイルランドをイギリスから分離し、全アイルランド統一を目指す組織)による地域紛争「The Trouble 」(北アイルランド問題)をベースにたフィクションです。

「The Trouble」は1998年にイギリスとアイルランドが和平合意「Good Friday Agreement 」を締結し終息しました。しかし近年再び北アイルランドで爆弾テロや暴動が起き、アメリカ、バイデン政権も懸念する事態となっています。「Northern Spy」はフィクション、というよりはsatireなのではないかな、という少し暗い気持ちになったのですが、もしも自分の家族がテロリストになったら、もしも自分の生まれた国がなくなってしまったら、果たして私は中立でいられるのだろうか?と、とても考えさせられた1冊になりました。

6ヶ月の男の子のシングルマザーであるTessaは、政治ニュースプロデューサーとしてBBCで働いています。ある日Tessaは勤務中に、スキー用マスクを被り強盗にみせかけガソリンスタンドに入ったIRAのメンバーが爆弾テロを起こしたことを知ります。1998年の「Good Friday Agreement 」から約20年後の2019年。Tessaが住む北アイルランドでは再びIRAの活動が盛んになり、爆弾テロやIRAによるセキュリティチェックが日常に戻りつつありました。

事件の一部始終を記録していたガソリンスタンドの防犯カメラに映っていたのは、スキー用マスクを脱ぎ捨て一般市民に紛れて逃げるTessaの妹Marianの姿でした。
警察はTessaの妹がIRAに参加していると断定し、Fenton刑事を中心とした捜査チームを設立。TessaにもIRAのメンバーではないか、という容疑をかけ尋問を始めます。
しかし、救急医療隊員として人々の命を日々救っているMarianがテロ組織に加担したなどとは到底信じられないTessa。
「MarianはIRAに誘拐され強制的にテロ行為をさせられているに違いない、それになによりMarianはノース・コーストにバケーション中で昨日電話で話したばかりだ」
と刑事に訴えますが、Marianの真の姿が明らかになるにつれTessaは母として、姉として、ファミリーメンバーの誰を優先すべきか、究極の選択を迫られます。
Marianが約7年間IRAのメンバーであったことを認めたことで、Tessaの中の正義が変わり始め、誰が誰のスパイなのか分からない予測不能のエンディングへ向かいます。


中立でいることが弱者を救うことはない、という状況の中「Northern Spy」の登場人物たちは何度も究極の選択を迫られます。
以前、心理学の本で「人は予定されていたあるべき姿と、現実の自分の姿のギャップに惑乱すると、むやみやたらに動き回り、予定されていたあるべき自分の姿を取り戻そう、とパニックになる」という内容を読んだことがあるのですが、「平和」のために何十年間も繰り返される犠牲が日常になったとき「予定されていたあるべき姿」ではなくいかに冷静に「現実の自分の姿」を見つめて現実の周囲の状況を把握することが大切なのではないか、とTessaの選択を読んでいて感じました。

北アイルランド問題はプロテスタントとカトリックという宗教問題なども複雑に絡み合っているため、一言で「平和」といっても、様々な考え方があるのだと思いますが、時代は既に変わりつつありお互いの宗教や考え方を尊重することこそ「予定されていたあるべき姿」ではなく「現実の自分の姿」を選択することに繋がるのではないでしょうか。それこそが「多様性」だと、私は思います。「多様性」とは何でもかんでも認めろ、と主張するのではなく、どこまでが「仕方のないこと」で、どこからが「変えられること」なのか、宗教や習慣、文化が異なる人がいれば、その分、異なる基準を持っている。

「何が変えられるか」という基準が異なる人が増えれば増えるほど、より良いアイデアが生まれる。そこから「平和」が生まれる、と信じて道を見失いそうになったら現実の自分をアリのままに認識し、Tessaのように今年も1年サバイブしたいと思います。

あけましておめでとうございます。

本書は女優のリーズ・ウィザースプーンのブッククラブに選書され、昨年末ニューヨークタイムズの「The best thrillers of 2021」にも選ばれていました。


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