鈴木偏一

マインドが大学生。 https://twitter.com/ichi_hen?s=09

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マガジン

  • 小説 開運三浪生活 #3 イーハトーブの冤罪

    プライド高く理系に憧れ続ける元・優等生にて現・劣等生のタサキフミオ(20)。せっかく滑り込むことができた「県大」のキャンパスライフに飽き足らない彼は、相変わらず理系への憧れを捨てきれず、仮面浪人を決意する。

  • 小説 開運三浪生活 #2 モノクロ時代

    プライド高く理系に憧れ続ける元・優等生にて現・劣等生のタサキフミオ(20)。東北南端の農村に生まれた彼は、いかにして優等生としてのプライドを育み、その後劣等生に落ちぶれていったのか。その生い立ちから「県大」に滑り込むまでを描く。

  • 小説 開運三浪生活 #1 三浪前夜

    プライド高く理系に憧れ続ける元・優等生にて現・劣等生のタサキフミオ(20)。せっかく進学した「県大」を休学し、広島大の総合科学部を再受験するまでの孤独で独善的な足取りを描く。

  • 十行日記

    日常まわりの雑感を十行でつづる不定期エッセイ

最近の記事

小説 開運三浪生活 40/88「パスタとハンカチ」

数日後の午後一時、文生は研究室のドアをノックした。源田は一瞬、誰だっけという顔をしたが、文生が名乗ると「おお」と相好を崩した。最悪、いきなり詰問されるものと思っていたので、文生は少し拍子抜けした。 「お昼もう食べた?」 これまた意外な質問だった。昼休みの学食では誰に会うかわからないので、文生はいつも講義時間を狙って昼食をとるようにしていた。 「いや、まだです」 「じゃあ食べに行こう」 てっきり学食に行くのかと思いきや、源田が向かった先は駐車場だった。 「田崎君、パス

    • 小説 開運三浪生活 39/88「源田先生」

      十月に入り、県大の後期の講義が始まった。 文生は焦っていた。夏休みの後半は県大の図書館に通ったが、教科書から始めた受験勉強は遅々として進まずにいた。劣等生の頭ですんなり理解できるほど、高校数学の教科書は親切に書かれていない。文生はまず例題で行き詰まり、その都度思考が停止した。図書館の共用のパソコンでソリティアやネットサーフィンで長い気分転換を図り、閲覧席に戻って教科書の続きを読んでみたが、やっぱり理解できなかった。そんな状態がいつしかデフォルトになり、もはや字面をなぞるだけ

      • 小説 開運三浪生活 38/88「一発逆転」

        「広島大って、結構難しいんじゃねえの?」 高校時代の同級生数人が集まった居酒屋で、文生はさっそく受験の心配をされた。先日、文生を東京のアパートに泊めてくれた野田や、中部地方から一時帰省していた木戸も顔を揃えていた。文生が彼らと対面するのは卒業以来のことだった。みな、大学で覚えたアルコールを口に運んでいた。彼らが言うには、入学するとまずは新歓に強制参加させられるので、嫌でもアルコールを覚えざるを得ないとのことだった。創立二年目の県大には無い文化だった。文生だけ、頑なにウーロン

        • 小説 開運三浪生活 37/88「西国大学行脚・後篇」

          次の日、文生は再び青春18きっぷで長崎を発ち、熊本をめざした。鹿児島本線の車窓からは時折り青々とした田んぼの景色が続き、のどかな夏を思わずにはいられなかった。地元でも見たことのないサギのような白い鳥がやたらと目についた。 車内はすいていた。熊本県内に入ったとき、ボックス席の向かい側に買い物袋を提げた地元のおばちゃんが乗ってきた。気さくな女性で、ときどき文生に何か話しかけてきた。どうやら「旅行中なのか」「学生か」と言っているようだったが、慣れない抑揚と語彙と列車の走行音で文生

        小説 開運三浪生活 40/88「パスタとハンカチ」

        マガジン

        • 小説 開運三浪生活 #3 イーハトーブの冤罪
          12本
        • 小説 開運三浪生活 #2 モノクロ時代
          19本
        • 小説 開運三浪生活 #1 三浪前夜
          9本
        • 十行日記
          18本

        記事

          小説 開運三浪生活 36/88「西国大学行脚・中篇」

          総合科学部の教員からの概要説明を受けて、文生の中での志望順位が変わった。それまでの八コースを再編して、来年度から六つの〝プログラム〟制に移行するという。現在の自然環境コース、社会環境コースが合わさって、文系理系両方の教員が混在する「環境共生科学プログラム」となるとのことだった。 ――理想のカリキュラムじゃねえか! かくして、広大総科は文生の再受験先第一候補に躍り出た。 カリキュラムのほかに文生には気になっていることがあった。広大の卓球部が強いかどうかである。県大のように

          小説 開運三浪生活 36/88「西国大学行脚・中篇」

          小説 開運三浪生活 35/88「西国大学行脚・前篇」

          八月の初旬、よれよれのTシャツに冬物のジーパンという風体で、文生は独り鈍行列車に揺られていた。 夏が近づくと『耳をすませば』の爽やかな光景ばかりを思い描いてしまう文生だったが、聖夜に都合よく雪が舞い降りてこないように実際の季節はただただ暑く、止まらない汗が不快だった。時折り首をねじって車窓からの景色を確認すると、また眠りに落ちた。冬物の分厚いジーパンで下半身は蒸れていたが、不快よりも眠気が勝っていた。 大学が夏休みに入った翌日、文生は岩手を発ち、関西、中国、九州のオープン

          小説 開運三浪生活 35/88「西国大学行脚・前篇」

          小説 開運三浪生活 34/88「university of Iwate, by Iwate, for Iwate」

          六月に入った。相変わらず週一回の部活に参加していたものの、文生はもはや卓球に熱が入らなかった。部活というよりサークル然とした緩い活動を望む部員に、肩透かしを食らった気持ちだった。部活への失望も相まって、大学生活そのものに対する期待はさらに薄まっていった。他大学への編入について調べ始めたのもこの頃だった。 この時季、ほかの大学に進んだ高校時代のクラスメイト数人とひさしぶりに連絡をとってみると、それぞれが大学生活を謳歌していた。中部地方の国立総合大学に進んだ木戸は軽音楽サークル

          小説 開運三浪生活 34/88「university of Iwate, by Iwate, for Iwate」

          小説 開運三浪生活 33/88「大人の階段、五百円」

          岩手で独り暮らしを始めるにあたって、文生にはひとつだけ自らに課したルールがあった。それは、大学の色に染まらないこと。交友関係を広げないこと。なるべくアパートに他人を出入りさせないこと。そして自分からもほかの県大生の家には行かないこと――。 文生はハナから、いずれゆくゆくは他大学を受験し直すか、三年次から編入するつもりでいた。もし仮面浪人するとなった時、遊びの誘いは邪魔になる。自分のペースを乱されるのを極度に恐れていた。友達の家に遊びに行くというごく自然な行為をしなかった少年

          小説 開運三浪生活 33/88「大人の階段、五百円」

          小説 開運三浪生活 32/88「メール大作戦」

          県大には公共政策、情報理工、社会福祉、保健福祉の四つの学部があり、一年生だけでもざっと二百人以上の男子学生がいる。それだけいれば卓球経験者も少なからずいるはずで、全員に勧誘メールを一斉送信すれば団体戦を組めるくらいの人数、最低でも自分を含めて四人は集まるだろう――。突然卓球部を託された文生は大雑把な目算のもと、部員集めに乗り出した。 『北の海』に登場する四高柔道部のような、男子だけのストイックな部活を文生は夢見ていた。中学時代の卓球部も男子だけだったし、下ネタも馬鹿話も許さ

          小説 開運三浪生活 32/88「メール大作戦」

          小説 開運三浪生活 31/88「幽霊部活」

          不本意で入った大学とはいえ、初めて受ける講義は文生にとってどれも新鮮ではあった。全学部共通の情報演習ではパソコンに触れること自体が刺激的だったし、行政学や政策学基礎、憲法学といった公共政策学部の専門科目では、教員一人ひとりの雑談を交えた講義が面白かった。 ただ、その新鮮さは長くは続かなかった。入学する前から判っていたことだが、公共政策学部はやはり文系中心のカリキュラムだった。法学部や経済学部でやりそうな講義が多かった。なかには生物学や地震学といった理系の教員もいたが、いかん

          小説 開運三浪生活 31/88「幽霊部活」

          小説 開運三浪生活 30/88「退学志願者」

          入学式を終えた足で文生と貫介は学食に向かい、昼食をともにした。聞けば、貫介も不本意での入学らしい。 「ほんとは大学に来る気なんて、これっぽっちもなかったっけよ」 一学年二クラスの小さな普通科高校に通っていた貫介は、卒業したらほかの同級生たちと同じように専門学校に進むか就職するつもりだった。ところが三年生の時に県大が開学して、風向きが変わったと言う。 「高校ん時に生徒会長やってて。そしたら先生が、おまえ学校代表して県大の推薦受けてみろって」 高校にとっては実績づくりの意

          小説 開運三浪生活 30/88「退学志願者」

          小説 開運三浪生活 29/88「村から村へ」

          県大の入学式翌日の景色を、文生は忘れられない。四月にしては肌寒く厚い雲に覆われていたその日、公共政策学部の大講義室で新入生オリエンテーションがあった。窓側の席から何気なく視線を外に向けた文生は、目を疑った。 「マジかよ、雪降ってる!」 後ろの席から驚嘆とも歓声ともつかぬ声があがった。おそらくは文生と同じように県外からの入学者だったのだろう。外は季節外れの雪が舞っていた。 ――すげえとこに来ちゃったな。 同じ東北でもこんなに気候が違うものかと、文生はただただ驚いた。東北

          小説 開運三浪生活 29/88「村から村へ」

          小説 開運三浪生活 28/88「滑り止め滑り込み」

          半年後、文生は予定どおり熊本大を受験し、そして大方の予想どおり余裕で落ちた。 例年より難しいと言われたセンター試験の英語で154点というまぐれの点数を叩き出した文生は(模試でもせいぜい6割しか取れていなかった)、得意の国語ではしっかり八割を得点し、苦手の理系科目はもちろん低かったものの、それでも合計点で七割に肉薄した。同じく劣等生の野田が「予想屋フミオ」と命名し、普段安定して好成績を残してきた木戸が「最後の最後に本気出してきたな」と感嘆するほど、文生にしてはかなりの上出来だ

          小説 開運三浪生活 28/88「滑り止め滑り込み」

          小説 開運三浪生活 27/88「適性無視」

          文生は三年生になった。高校生活後半からの巻き返しを期したまま、実態は相も変わらず劣等生のままだった。五教科全体の偏差値は毎回40代の前半をさまよい、肝腎の数学と化学と生物に至っては、偏差値30代とまったくお話にならないレベルだった。記述式の模試になると答案に何も書けなかった。試験中は退屈で、苦痛で、やるせない時間だった。そのくせ、センター試験でしか使わない国語と地理は無駄に快調だった。まったく勉強しなかった現代文は長文読解問題が好きで、自分が読んだことのない小説やらエッセイや

          小説 開運三浪生活 27/88「適性無視」

          小説 開運三浪生活 26/88「破戒」

          高校生になってもテレビを観ない生活を継続していた文生だが、二年に進級してしばらく経つと、ようやくにしてカラフルな二次元の世界への欲求が募り始めていた。 その頃の文生は、人生で初めて本格的に音楽を聴くようになっていた。後年、CDが一番売れた時代と言われ、邦楽ロックと呼ばれるジャンルが日本の音楽シーンを牽引していた。CDを買う習慣がまだなかった文生は、ラジオから流れる楽曲をテープに録音して何度も聴いた。曲を最初から最後まで流しきるラジオ番組「ミュージックスクエア」は重宝した。ま

          小説 開運三浪生活 26/88「破戒」

          小説 開運三浪生活 25/88「遥かなり、大学スポーツ」

          夏休みが明けると文化祭の準備が始まった。文生が通うH高は三年に一度しか文化祭が行われない。どういう経緯でそうなのったか、市内にある三つの高校での持ち回り開催となっていた。文生のクラスはお化け屋敷をやった。三年生は高校生活最後の大イベントということで連日おおはしゃぎし、共学一期生である一年生は女子がいることで華やいでいた。間に挟まれた文生たちの学年はやや盛り上がりに欠けていたが、それでもクラス内は活気づき、文生も楽しみながら準備に参加していた。 お化け屋敷に使う大道具は、クラ

          小説 開運三浪生活 25/88「遥かなり、大学スポーツ」