見出し画像

小説 開運三浪生活 83/88「-12℃」

二〇〇二年の一月十二日、盛岡の最低気温はマイナス十二度を記録した。センター試験の初日だった。数日前に積もった雪が道端のそこかしこに残っていた。文生は転倒防止のスパイク付きのスニーカーを履き、バス停への道を粛々と進んだ。吐く息がいちいち白かった。路肩の側溝からも白い蒸気が上がっていた。白に近い灰色をまとった空が街を覆っていた。

舘坂橋という停留所でバスを降りると、文生は北上川を渡って東へ進んだ。たまに使う市立中央図書館への道を途中で左に入ると、岩大の工学部棟である。ここが今年の試験会場であった。

文生が割り当てられた五十人規模の講義室に入ると、予想どおり受験生のほとんどが制服姿で、なぜか男子ばかりだった。中にはホテルで持たされたとおぼしき大きな弁当箱を持参する生徒もいた。沿岸の地域から泊りがけで来た高校生のようだった。

文生は、やけに冷静に周囲を観察できている自分に気づいた。鉛筆を持つ手は去年のように震えなかったし、一段高い位置から会場を俯瞰する余裕まで持っていた。初めて受験した高校三年から数え、都合四回目となるセンター試験は、適度な脱力と適度な緊張でもって始まった。

センター試験の全日程が終了した二日目の夜、文生はかつてない確かな手応えを感じながら帰りのバスに揺られていた。一日目、まずは英語の問題を解きながら(もらった!)と思ったし、二日目の数学①などは(わかる! これもわかる!)という調子で鉛筆を持つ手がサクサクと進んでいった。どの科目も、(文生にしては)面白いように解けた。

翌日、普段は買わない朝刊を近所のHOT SPARで購入し、自室のこたつで独り自己採点を執り行った。以下、その結果である。

国語  160点/200点
数学①  91点/100点
数学②  73点/100点
英語  157点/200点
化学   77点/100点
地理   83点/100点

合計  641点/800点

四回目の受験にして初めての八割である。これは広大総科の合格ラインでもあった。

文生は両の手に拳をつくり、ひとりガッツポーズした。

「っし!」

思わず出た雄たけびが、石油の匂いが漂う和室に響いた。

人前で大喜びできるほどの点数ではないかもしれない。なかには、高校生にして合計九割を取ってしまうような猛者もいるだろう。随分と遠回りをしての八割到達だったが、文生にとっては大きかった。――あの頃の自分に知らせたらどう思うだろうか。高校時代の担任が知ったら何と言うだろうか――。三浪だから、時間的には高校を二つ卒業したようなものである。傍目には一種の狂人と映るに違いない。

それでも、文生はかつてない陶酔の中にいた。歩んできた道のりは間違ってなかったと、再確認できたのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?