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小説 開運三浪生活 82/88「野田の慶事」

十二月ともなるとさすが雪国だけあって、雪の日が増えた。文生が育った地は同じ東北の最南端にあったが、十二月の降雪はどちらかと言えば珍しく、ある程度の積雪は一月と二月に、それもシーズンで四、五回しか発生しないレベルだった。

十月の記述模試でE判定が出て以来気落ちしていた文生だったが、親知らずのおかげでいい具合に気がまぎれたのか、再び気力は充溢してきていた。やはり、川相塾広島校で学び直してから積み重ねは確かにあったし、去年よりも自信を持って問題を解けるようになっていた。十一月に受けた川相塾の広大オープン模試はC判定だったが、むしろ苦手分野克服の材料を収集するためのいい機会ととらえられるほど余裕も生まれ、受験へのモチベーションは上向いていた。

ただ、カリカリもしていた。

県立図書館でのその日の勉強を終え、すっかり夜の街と化した大通りを凍えながら盛岡駅へと急いでいると、クリスマスに向けた盛り上がりが嫌でも文生の視界に入ってきた。特に土日ともなれば、そこにリアルなカップルたちの姿も加わってくる。去年に引き続き、今年のクリスマスも文生はアパートの部屋でひとり過ごすことは決定済みである。

交差点に寒風吹きすさぶ瞬間、ぎゅっと彼氏たちに身を寄せる彼女たちが、文生にはあまりに眩しく、また恨めしくもあった。ことごとく文生からは遠い世界にいる住人たちだった。浪々の身で恋愛経験ゼロという自分の状況も殊更に恨めしかった。無論、この事態を招いたのはほかでもない文生本人なのである。

文生が不遇をかこつ相手と言えばやはり東京に住む野田で、だいたい一週間に一度の割合で数時間におよぶダラダラした長電話がお決まりだったが、どうも忙しいらしくここ数カ月はメールのやりとりしかなかった。

それ以外の気分転換と言えば自宅での音楽鑑賞である。その中心は相も変わらず、広島時代から聴き続けるバンド、スナッパーズだった。ただ、ここのところ彼らからは新曲が出ていなかった。実際には出ていたのだが、岩手まで流通していなかったのである。去年メジャーデビューを果たし、今年の三月にシングル『ボタン星』をリリースした彼らは、なぜか再びインディーズに活動の場を移し、ライブ会場限定の音源をいくつか発表しているとのことだった。幸い、来年一月に待望のフルアルバムが出ることが決まっており、さっそく文生は盛岡市内のCDショップに予約をしたところだった。


文生には関係なくクリスマスが過ぎ去り、今年も残すところ数日というある日の夜。深夜の凍結を防ぐために水道管の水抜きをした文生が床に入ろうとすると、野田からひさびさに電話が来た。

「フミオちゃん、お先です。こんな俺ですが、彼女できました」

思わず、文生の口から歓声が上がった。
 
なんでも夏に帰省した折に中学時代の同級生と再会したところ、お互いに都内の同じ沿線に住んでいることが判明し、秋頃から頻繁に会うようになったとのこと。実は、先方が以前から野田に淡い好意を抱いていたこと、野田は野田で、ひさしぶりに会ってみたら先方の一挙手一投足がえらくかわいく思えてきたとのことで、交際に至ったという話だった。

「とんとん拍子に行き過ぎて、自分でも怖いよ」
「おいおい、自信持てよ! ……いやあ、よかったな。ほんとによかったな」
 
つい先日まで盛岡の街をゆくカップルたちにイラついていた劣等感は、どこかへ霧消してしまった。野田とはお互いここまで、こと異性との関係においては(も)劣等生同士だった二人である。よく聞く合コンやサークルといった浮ついた出会いの場ではなく、同級生とのひさびさの再会というシチュエーションも文生にとっては好印象だった。

なかでも、この日の野田の述懐で印象的だったのが「彼女ができた途端、街の景色の一個一個がカラフルに見えてきた」の一言だった。心からこのカップルを応援したいと思ったし、仲間として、うらやましかった。次は俺の番だ。まずは広大合格っつう悲願を達成しねっきゃ——。改めて心に誓う文生だった。


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