<第2章:その3>妻の実家のお墓そうじをする
何度も言うように、私も父が事業に失敗したとき、たいへんな貧乏生活に陥って、しかも長く続きました。そのうちに、妻の実家から、
「帰ってきてもいいよ。そんなに苦労する必要はないよ」
と妻に言ってきたのです。子どももまだ生まれていないときでしたから、妻の両親としては見るに見かねてといった按配だったのでしょう。
でも、私は私で、墓石屋として必ず成功すると確信を持っていました。おじいちゃんの墓前にぬかずいて誓ったことでもありました。残念ながら、自分では自信を持っていても、商売として成り立つという事実が伴っていませんから、なかなか妻やその実家に信じてもらうことはできません。
当時は、これまでの施主様に頼んで墓石のそうじをしていたころでした。どうしたらいいだろうと、考えながら、毎日を過ごしていたのですが、あるとき、妻と実家に行く用事がありました。
それで、実家に向かう前日、
「そうだ、あちらの家のお墓そうじをしよう」
と考えついたのです。
実家には、お墓そうじの道具一式を車に詰め込み、運びました。妻の両親には、
「大丈夫です。必ず仕事は成功させますから」
と明るくあいさつし、すぐに墓所に向かいました。
この日から、たまに実家に行く用事があるたびに念入りにお墓そうじをすることにしました。
そうしているうちに、何となく妻も実家に帰るようなことは言わなくなり、両親もぷっつりとその件に触れなくなったのです。あとで知ったことですが、妻の兄が、私のお墓そうじの件を知って、
「他人のお墓を、あれだけ一所懸命に掃除できる人間はいないよ。まじめな男だ。早まらない方がいいよ」
と両親や妻にアドバイスしてくれたのだそうです。
そんなことがあって、私の家のほうは危機を乗り越えたのでした。
その経験が頭をよぎったものですから、知り合いの男にも、奥さんの実家にお墓参りして、一生懸命にお墓そうじをしたらどうだろうと、アドバイスしたのです。結局、彼は私の提案を受け入れました。
これもまた、劇的にというわけにはいかないのですが、徐々に奥さんの実家の両親のシンパシーを得ていきました。それはある意味で当然のことで、娘を嫁がせた先の旦那が、一生懸命に自分の家のお墓そうじをしてくれるというのは、胸に迫るものがあります。
ひじょうにインパクトがあります。
こうしたことをする男なら、いつか、仕事を見つけて娘を安心させてくれるに違いない。そういう納得をやがて両親が得たのです。
婿養子に入ったのならともかく、ふつう、男は妻の家のお墓に、あまり関心を向けないものです。お墓参りも奥さんと子どもは行くけど、自分は積極的には詣でることをしません。
そういう通念がベースにあるものですから、男が自ら出向いてお墓参りをし、なおのことお墓のそうじまでするとなると強烈なのです。
忘れてはならないことは、奥さんの家ばかりでなく、まずは自分の家のお墓もきれいにすることです。奥さんの家だけでは、何とも見え透いたご機嫌取りと受け止められかねません。
「がんばることをご先祖に誓う」という意味でのお墓参りであり、お墓のそうじですから、自分と奥さんの、それぞれの実家のお墓に誓わなくてはならいわけです。しかし、一度こうしてお墓のそうじをすると、その理由のいかんにかかわらず、たいへん気持ちがすがすがしくなります。
大小に関係なく何がしかを心に決め、奥さんや実家の協力を得たいのなら、ぜひ、両家のお墓にお参りをし、お墓のそうじをすることをおすすめします。
<前回まで>
・はじめに
・序章
母が伝えたかったこと
母との別れ
崩れていく家
止むことのない弟への暴力
「お母さんに会いたい!」
自衛隊に入ろう
父の店が倒産
無償ではじめたお墓そうじ
お墓は愛する故人そのもの
・第1章
墓碑は命の有限を教えてくれる
死ぬな、生きて帰ってこい
どこでも戦える自分になれる
お墓の前で心を浄化する
祖父との対話で立ち直る
・第2章
心の闇が埋まる
妻から離婚届を突き付けられて