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バンドの歴史を20年増やす方法

コロナ禍でいろいろなアーティストがライブ停止を余儀なくされた中、スタジオに籠って曲作りに励むアーティストも多くいました。その中でも特に多作だったのがフィンランドのLordi。いわゆるショックロック、メイクをしたモンスターバンドで、フィンランド代表としてユーロビジョンに出場したことからブレイク。フィンランドの国民的メタルバンドと言える彼らが、2021年にリリースするアルバムはなんと7枚組。ベスト盤や過去のボックスセットではなく、すべて新曲です。しかもこれ、設定的には「1970年から1990年代にリリースされたアルバム」という内容。

どういうことかというと、彼らは2020年に「Killection」というコンセプトアルバムをリリースしています。これは、「もし70年代からLordiが存在していたら(実際の彼らは1995年結成で、アルバムデビューは2002年)」という架空のコンセプトを元に作られたアルバムで、1975年から1990年代半ば(つまり、実際にLordiが結成されるまで)の間のLordiの曲を集めたベスト曲集、という設定でした。彼らはわかりやすく言えば聖飢魔Ⅱみたいなバンドで、「悪魔」ならぬ「モンスター」として活動しています。そうしたフィクショナルな存在の彼らは、ついに時間さえも偽ってしまったわけです。実際のデビューより前に「過去のLordiの(存在しない)アルバムからのベスト盤」を出すことで、あたかも70年代から存在するバンドのような(架空の)バンドヒストリーを作り上げました。「Killection」はそのコンセプトの通り、70年代~90年代までの音楽スタイルの曲が収められていました。実際はすべて新曲なので、幅広い音楽スタイルの曲を自在に作れる作編曲能力の高さを見せつける作品だったと言えます。

この意欲作が世の中にリリースされた頃、世界はコロナ禍により大きな変化を迎えています。それによってLordiも予定していたKillectionのツアーを延期せざるを得ず、バンド活動が休止してします。その中で、彼らは新作を作りまくることを決意します。で、何を作ったか、それは「Killectionで選ばれた、架空のアルバムを実際に作ること(!)」でした。

Killection」は10枚のアルバムから選ばれた(という設定だった)ベスト盤なので本当はアルバム10枚作りたかったそうですが流石にマネジメントとレコード会社に止められ(たという設定なのか、さすがに作り切れなかったのかは不明)、実際にリリースされたのは7枚。この7枚が一つのセットとして「Lordiversity」というタイトルで11/26にリリースされました。

中身は7枚のアルバム、という体裁になっていて、それぞれジャケットがあり、音楽性も大きく異なっています。架空の年表によると下記の通り。

Skelectric Dinosaur(1975)

アリスクーパーKISSといった、70年代的なハードロックサウンドのアルバム。

Superflytrap(1979)

アースウィンド&ファイヤービージーズボニーMといったディスコサウンドのアルバム。

The Masterbeast from the Moon(1981)

Rushピンクフロイドといったプログレハードに影響を受けた、プログレ化したハードロックサウンドのアルバム。

Abusement Park(1984)

W.A.S.P.トゥイステッドシスタースコーピオンズなど当時USを席巻し始めたヘアメタル(日本の用語で言えばLAメタル)、アリーナメタルなどに影響を受けたサウンド。

Humanimals(1989)

ボンジョビデスモンドチャイルドに影響された、ポップメタルというかUS80年代ハードロックに影響を受けたサウンド。

Abracadaver(1991)

アンスラックスメタリカパンテラなどヘヴィなサウンド(実際にはパンテラは1993年ごろですが)に影響を受けたサウンド。

Spooky Sextravaganza Spectacular(1995)

インダストリアルなサウンド。

と、それぞれの時代のトレンドに合わせた曲調になっています。これが良くできているんですよ。当然、実際には2020年-2021年の制作・録音なので当時なかったようなモダンな音響だったり曲作りもされているんですが、曲の雰囲気としては「ああー、あるある」的なアレンジや音像になっていて、バンドの底知れぬ才能を感じます。こんなに一気に曲を作るロックバンドなんて、一時期のフランクザッパぐらいしかいなかったんじゃないですかね。

フィジカルでは11/26に7枚組のアルバムがリリースされていますがサブスクでは1枚づつリリースしていくようで、今のところディスコサウンドの「Superflytrap(1979)」のみがリリース。これが本当にニヤニヤしてしまうぐらいディスコサウンドなんですよ。他のアルバムも1か月おきぐらいにリリースされていくようです。いくつか曲を紹介します。

1979年リリース(という設定)のディスコサウンドの曲。

最近、北欧メタルはディスコサウンドブーム(Beast In Blackの新譜もディスコ色がさらに強まった)なのでその「2021年の流れ」に乗っているとも言えますが、一線を画す「本当に1979年の曲」と言われても一瞬「そうかな」と思うクオリティ。レトロな機材などにこだわっているのでしょう。

1991年にリリース(という設定)のスラッシュメタル的な曲。

いやー、最初のリフからそれっぽいですね。91年のアルバム、と言われたら納得してしまいそう。とはいえ、根本にはフィンランド的な、このバンド独特のメロディアスな感覚がしっかり通底しているのは流石。

1989年リリース(という設定)のポップメタル的な曲。

確かに、デスモンドチャイルド的というか、当時の空気感をよくとらえています。今でいえばメロハー、イタリアのフロンティアレコードあたりから出てもおかしくない音像で、これも2021年的といえばそうですが、逆に言えば最近のメタルは80年代リバイバルが一つの潮流なことが良く分かりますね。

このアルバムの存在を今日知ったので本国からレコード取り寄せ中。まだしばらく時間がかかりそうですが、ちょうどクリスマスプレゼントぐらいになりそうです。ちなみに、レコードは日本のamazonやディスクユニオン、タワレコ、HMVなどでもそれぞれ取り扱いはあるようですがそれぞれ値段が違うし、全体的に高め。AFMレコードから直接買うのが一番(送料含めても)安いです。特にプレミア価格がついているのがAFMレコードショップ限定販売(と銘打たれている)こちらのカラーレコード。

こうしたコレクターズ心をくすぐるアイテムに弱い方は、まだ販売中のうちにゲットしておくと良いでしょう。プレミアがつくかは不明ですが、単純に「入手できなくなる」可能性が高いです。流通量が少ないので。

こういう遊び心があるアルバムは素晴らしいですね。こんな妄想的なアイデアを具現化してしまう作編曲能力とバンドの結束力も見事。フィンランドは「エアギター選手権」とか、独特すぎるユーモアセンスが有名ですが同じような「フィンランドジョーク」感を感じます。空前絶後。本当にLordiが1975年にデビューしたバンドだと思う人もいるんじゃないですかね。一気にKISS(1973年デビュー)と同じくらいのキャリアを持つバンドに変化したLordi。この手があったか! 2025年に「デビュー50周年記念」とかやったりして。これは(架空の)ストーリーが広がりますね。

攻めたマーケティング

フィジカル(CD、LP)では今のところボックスセットしか販売がない様子。ばら売りはありません。これはマーケティング的にも挑戦していて、主戦場はストリーミングを想定しているのでしょう。ストリーミングでは1月ごとのリリースなので一応「7か月連続新作リリース」みたいな戦略になっているし、実際、サブスクの一覧画面だと新譜以外は「Lordiのディスコグラフイー」として一覧表示される。並列に並ぶわけで、本当に「たくさんアルバムを出しているバンド」になるわけですね。リリース年は全部2021-2022(一部のアルバムはサブスクでは来年のリリース予定)になりますが、最近は昔のアルバムでも40周年アニバーサリーエディションとかでリミックスされるとそのリリース年で表示されたりしますし。「いつリリースされたか」の情報って実は(ユーザーが普段触れる情報としては)曖昧で、かつ、並列に並んでいます。そういうストリーミングユーザーの体験まで踏まえると、本当に「バックカタログが増える」わけで、歴史が拡張される。

フィジカルは7枚組のみの販売ということでセールス的には苦戦すると思われますが、すでにストリーミングがメインでフィジカルは固定ファンやマニアしか買わないということも見越しての決断でしょう。基本的に、ロックやメタルはヒップホップやポップに比べるとフィジカルの売り上げが一定数あるんですよね(逆に、ヒップホップはほとんどがストリーミング)。Lordiも一定のフィジカル売り上げがあるバンドだと思いますが、そこは「マニア向けのボックスセット」と割り切ったのでしょう。確かに、「1975年から1995年の初期Lordiの幻のアルバムが再発!」みたいな(架空の)物語が勝手に脳内に作られて、ジョークと分かっていながら引っかかってしまいます。とはいえ7枚組となると高価なのでフィジカルの売り上げは限定されるでしょうが、もともとライト層、熱烈なファン層以外はストリーミングがメインである、ストリーミングなら7か月連続アルバムリリースという戦略も許容できる、という、壮大なジョークのようでいてしっかりマーケティング的にも考えられた作戦であることが分かります。

ただ、レーベルの経営陣はかなり悩んだとは思います。アルバム制作というのは初期投資をして後から回収するモデルなので、ある程度成功しないと赤字になる。フィジカルの売り上げが限定される(フィジカルだけで考えれば、7枚のニューアルバムを一気に出すより別々に出していった方が売り上げが見込める)戦略を許容したのは、ストリーミングでは時間差リリースする、というところで落としどころを見つけられたことと、今までのLordiの実績とレーベルとの信頼関係があるが故に実現した意欲作と言えるでしょう。そういうところも踏まえて「すごい作品」だし、「今までになかった意欲作」です。純粋なニューアルバムだと3枚組ぐらいは時々ありますが、7枚組は凄いボリューム。

レコードが届いたらまたレビューしようと思います(2012/12/29追記:全アルバムレビューしたので記事内にリンクを貼りました)。75年から95年の音楽トレンドの変遷も(パロディ的に)追えそうで楽しみ。それでは良いミュージックライフを。


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