連載小説《Nagaki code》第3話─突如現れたのは
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僕のリュックを盗んだ男を急いで追いかけるけど、まったく距離は縮まらない。
「まっ……待てーっ!」
全速力で走る僕。それでもやっぱり追いつけない。しかも、先程までの雪で足元も悪い。息も切れ切れに叫ぶけど、向こうは当然止まってくれるはずもなく。さらに加速した男は裏路地へと入って行った。
小さい頃から運動が苦手で、学生時代はずっと帰宅部だった僕にとって、全速力は自殺行為。涙目で、おぼつかない足取りで、舌を突き出しながら必死にヒィヒィ呼吸する今の僕の姿は、誰の目から見ても相当醜いだろう。
喉が、痛い。奥の方から血の味がする。胸が、痛い。心臓が握りつぶされているかのような圧迫感。膝もガクガク笑ってる。もうダメだ……
「待てっ!」
入り込んだ裏路地に、少年の声が響いた。遠くの方に、男の前で両手を広げた影が見える。
「先回りしてきて正解だったぜ! おい、そのリュック返せよ!」
どうやら少年は、僕の為に男を止めてくれているらしい。僕は呼吸を整えながら、小走りで壁伝いに2人に近付いていった。しかし。
「あっ……!」
僕は小さく声を漏らし、足を止める。少年が男に顔面を殴られたのだ。少年はよろけたけど体勢を立て直す。しかしさらに繰り出されるパンチ。先程とは逆の方向によろける少年。後ろに結んだ短めの髪を揺らし、少年は地面に倒れた。
目の前の光景に、全身がカッと熱くなる。
「わあぁぁぁぁっ!!」
気付けば僕は傘を投げ捨て、男に殴りかかっていた。だが僕の拳は空を裂いただけ。代わりに男の拳が僕の腹部にめり込んでいた。
「かはっ……」
ただでさえ弱り切っていた身体に痛恨の一撃。喉の奥に血の味を感じながら、僕はうつ伏せに倒れ込んだ。火照った頬に解けかけの雪が冷たい。
走って去っていく男の足音。口中に広がっていく血の味。暴れる心臓の鼓動。閉じかけの瞼。遠くで聞こえる車の停止音──
その時。
「郵便でーす」
この状況には不釣り合いな、呑気過ぎる男の声が路地裏に響き渡った。