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地下経済でGDPを "盛っている"EU諸国

海外大手メディアや日本のマスコミのフィルター経由だと、ゴリッパなニュースしか聞こえてこない北欧ですが、現地紙を直接読んでいると、"学力ランキング1位"の国の学力がビチグソだったり、幸福度1位なのに麻薬が蔓延してたり、男女平等ランキングでトップレベルなのに女性が夜道を歩けなかったり・・、という現実を思い知るので、統計とかランキングは、"当てにならない"、"どうせいじられているのだろな"、"むしろ逆が真実では"、と誰でも懐疑的になります。

それでもですね、経済関係はちゃんとやってると思っていたわけですよ。数字ばかりだし、みんな大真面目に語りますしね。
でも、"国ごとにルールが違うのでは?"、とか、"野球とクリケットのように似て非なるゲームの点数を比べてるのでは?" と思わせるようなニュースを最近見るようになりました。今回はそんなお話です。


地下経済をGDPに算入しているEU諸国

2014年6月、ウォール・ストリート・ジャーナルは、イギリスやアイルランド、イタリアが麻薬取引や売春などの違法取引をGDPに含めることに決めた、と報じました。

「政府があらゆる取引を集計しなければ、国民所得勘定は大きく歪められることになる」という理由で、国連が地下経済のGDPへの算入の指針を出し、EUが大プッシュしてるそうです。
でも、この記事は、"大きく歪められる" と言った直後に、"GDP統計全体に与える影響はわずかである"、と矛盾したことを言っていて、なんとなくゴリ押しの底意を感じます。
それはともかく、国連やEUが大合唱で推奨してるなら日本もノリノリで地下経済を算入しているのかと思いきや、我が国はやっていません。

麻薬取引や売春などをGDPに算入した場合の国別寄与度は以下の通りです。同じウォール・ストリート・ジャーナルの記事に出ていましたから、2014年以前に試算されたものなのでしょう。1%未満のところもありますが、5%なんていう国もありますね。

https://web.archive.org/web/20150310160623/https://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702303861104579613382675324744


麻薬取引額が想定の10倍もあったスウェーデン

上の国別寄与度のリストによると、スウェーデンの地下経済の対GDP寄与度は4-5%となっていますが、実はこれだけに留まりません。
2021年5月、ラジオ・スウェーデンは以下のように報じました。

エンクロチャットでの麻薬密売が明らかになったことで、国内の麻薬取引は当初考えられていた額より著しく多いことが判った。・・・麻薬取引は長らくGDPに算入されてきたが、そろそろ算入モデルをアップデートするべき時期が来ている。
(エンクロチャット=犯罪でよく使用される暗号化チャットアプリ)

https://web.archive.org/web/20210514124058/https://sverigesradio.se/avsnitt/1727127

また、以下の記事は、スウェーデンの麻薬取引額は従来想定してた額の10倍にもなるという警察の試算を報じています。これを受けて、スウェーデン統計局は、麻薬取引のGDPへの算入額を再検討するそうです


地下経済算入額は膨張する予感

先のウォール・ストリート・ジャーナルの記事は、英国のGDPは地下経済を算入すると0.7%程度のプラスになる、と言っています。記事の文脈は、"0.7%ぐらいたいしたことないよねー"、と匂わせたいようですが、長いこと防衛費1%枠騒ぎを聞かされてきたので、小さな数字とは思えず、こういう "匂わし" はなんかムッとします。

それはともかく、こうした数字は、時間が経つにつれて膨らんでいく予感しかしません。
なぜなら、算出方法やどこまで算入するかを国の裁量で決められるので、こんなに "盛りやすい" 数字はないからです。時の政権は、任期中に経済が落ち込んだことにしたくないでしょうから、数字を盛る強い誘惑が常にあると考えていいでしょう。案の定、イタリアは麻薬と売春の他に密輸も算入すると言っていますし、スウェーデンは、麻薬取引が10倍だった、と言い出しました。どこかの国が、"うちも今年の売春の売上高は○○倍で・・"、と言い張り、また別の国が、"違法ギャンブルや児童ポルノも算入する"、と宣言したとしても、誰も文句を言えないのです。

また、GDPを水増しすると対GDP比の指標は軒並み改善します。特にEUは、政府債務残高を対GDP比3%に以内に抑えるという「3%ルール」を加盟国に課していますが、このルールでEU内はしょっちゅう紛糾し、 "EU離脱" や "EU崩壊"の引き金になると今まで恐れられてきました。しかし、自由にGDPを盛ることが許されるなら、加盟国も助かるし、EUも崩壊しなくて済むわけです。地下経済のGDP算入にEUがいやに積極的なのはそれが理由だった、というのはいかにもありそうなシナリオですね。


日本の地下経済規模はGDPの1割超、しかし算入せず

2014年6月、大和総研グループは地下経済に関して以下のようなレポートを出しています。

このレポートが引用している International Economic Journal誌の2010年の推計によると、日本の地下経済はなんとGDPの11.1%もあるそうです。繰り返しになりますが、日本はこれをGDPに算入していません。
他の国もすごくて、アメリカ8.6%、イギリス12.5%、ドイツ16%、フランス15%、ブラジル39%、ボリビア66.1%だそうです。

もし日本が、EU諸国のように地下経済を算入すれば、たちどころにGDPは1割アップします。また、これは10年以上前の推計ですから、スウェーデンのように、"よく見たら10倍になってたからよろしく"、と言えばGDPが倍増するわけです。笑いが止まりませんね(バカバカしくて)。

統計は人が創るもので、自然現象ではない

地下経済とはまた別の聞き捨てならない話が前出のウォール・ストリート・ジャーナルの記事にありました。

英国の場合、非営利団体の取引関係の算出方法を変えたときの方が影響が大きかった。

https://web.archive.org/web/20150310160623/https://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702303861104579613382675324744

つまり、GDPの一つの項目の計算方法を変えたら、GDPが0.7%以上アップ(もしくはダウン)したと言っています。これは、GDPの計算方法ではなく、その基礎となる下部項目の計算方法ですが、それを変更しただけでこんなに大きな変化が起きるとは驚きです。
この "非営利団体の取引関係の算出方法" は国際的に統一されているのでしょうか?地下経済を巡る問題だけでもこんなにバラバラなのに、こんな地味な問題で世界が一致してるとはとても思えません。
それどころか、こうした問題は他にもっともっとたくさんあるだろうと考えるのが自然でしょう。

言うまでもなく、GDPは国際比較で最もよく使用される数字です。だからこそ、どの国も同じルールに則ってちゃんと計算してると思っていましたが、かなり怪しい数字だと考えた方がよいのではないでしょうか。

統計やデータは自然現象ではありませんし、神様が創っているわけでもありません。人が創っています。
企業やスポーツなどの世界で凌ぎを削ったことのある人は痛感していると思いますが、欧米諸国は、ルールやゴールを勝手に決めておきながら、都合が悪くなったらルールを変更し、負けそうになったらゴール・ポストを動かす・・ということをけっこう平気でやりますし、統計を取ること自体がとても政治的な行為と言っていいでしょう。
そうしたルールの違う世界で創られた怪しい統計を並べて "国際比較" をしたり、さらに加工してランキングやグラフを作り、自分の主張に誘導したり、説教し始める人がいるので注意したいものですね。


P.S. 最近、韓国が日本のGDPを抜くと言ってる人もいますがどうなんでしょうか?



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