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2時間並んで食べた妙高名物のとん汁定食【信越北陸一人旅⑯】

朝食としてパフェを食べた後は赤倉温泉の大露天風呂を独り占めした。

お腹が空いた。昼ごはんを食べに向かおう。
僕は北に向かって車を走らせた。妙高市の市街地は北の方にある。

僕はこの日の昼ごはんに関しては絶対にこのお店で食べてやる、というお店をあらかじめ一軒決めていた。そのお店の名前は「とん汁の店 たちばな」。

このお店は名前のとおり、豚汁がメインのお店。豚汁がメインというのは、つまり豚汁をおかずにご飯を食べるということだ。豚汁をおかずにするというのは未だかつて経験したことがない。僕にとっての豚汁は常に味噌汁の上位互換といった認識で、たとえ食卓に豚汁が用意されていたとしても豚汁はあくまで汁物という立ち位置になり、メインのおかずは別に存在する、というのが僕がそれまで豚汁に対して持っていた常識だった。

だから本当に豚汁でご飯なんて進むのだろうか、というのがこのお店を初めて知ったときに感じた第一印象だった。このお店をいつ何で知ったのかは忘れてしまったけど、だいぶ前から僕がずっとGoogleマップにピン留めしていたお店である。この旅を始める前に家です少し下調べをした情報によると、県外から多くの客が訪れる行列の絶えない人気店らしい。わざわざ妙高まで足を運んで旅行しているわけだからあまり行列に並ぶのに時間を割きたくないけど、ずっと気になっていたお店だし一度はこのお店の豚汁を食べてみたい。僕は一時間ぐらいは並ぶ覚悟をしてこのお店に寄ることを旅程に組み込んだ。


赤倉温泉から車で約1時間弱。妙高市の市街地に出た。先ほどの温泉街より車通りは多く、左右には東京でも見かけるようなチェーン店の姿が見られるようになった。ただ東京の景色と絶対的に違うのは、空が広いことだった。周辺には高い建物が一切なく、快晴の今日はずっと向こうまで空の青が広がっている。そして標高が少し高いからか、それとも空気が澄んでいるからかは分からないけど、その青はいつも見る青よりも少し濃く感じられた。

そんな空の青を感じながら県道を走っていると、急に車の進みが悪くなった。どうした、渋滞か?反対車線の車はスムーズに動いているのに、こちらの車線は車の動きが悪い。これは一体なんだろうと思っていたら、その正体はすぐに分かった。その渋滞の先に、僕が目当てとしていた「とん汁の店 たちばな」が立っていたのだ。そしてその駐車場に入ろうとする車達がお店の前で列を成していたのだ。お店の駐車場は見た感じ満車で、お店の入り口の前にはおびただしいほどの人間が群れを成している。一目見ただけで凄まじい数の待ち客が存在することが分かった。なんということだ。お店の人気は僕の想像を簡単に超えてきてしまった。

僕は最後尾に並ぶ車の後ろに車をつけ、駐車場が空くのを待つことにした。事前に調べた情報によると、このお店は記名制を採用しているとのこと。つまりお店の入り口の方に行けばウェイティングボードがあるはずだ。そして、2人以上で来る客は十中八九一人が車を降りて駐車場が空く前に少しでも早くウェイティングボードに名前を記名するはずだ。僕も待ち時間を少しでも少なくするためにいち早くウェイティングボードに名前を書きたい。しかし僕の代わりに名前を書きに行ってくれる相方は車内には乗っていない。どうしようかと悩んだ。バックミラーを見ると、僕の車の後ろにもすでに並びの車が2〜3台来ていた。まずい。後からやって来た客に先を越されてしまう。

僕はこの駐車場の空き待ちの列がしばらく進まないことを察知し、車から降りてお店の入り口までダッシュした。入り口の前には予想どおりウェイティングボードが置かれていた。僕はすぐに自分の名前を記入した。僕の前に何組待っていたかは確認していない。しかし凄まじい数の名前が書かれていたことは覚えている。名前を書き終えた後はまたダッシュで車に戻る。予想どおり、駐車場の空きを待つ車は一台も進んでいなかった。ウェイティングボードに書かれていた待ち客の数を考えると、駐車場に車を停められる時がしたとしても当分僕の名前は呼ばれないだろう。気長に車内で待つことにした。


車内で待ちはじめてから15分くらいが経った。その間に駐車場の空きを待つ車はちょっとずつ進んでいき、気づけば僕がその列の先頭になっていた。つまり、あと一台車が出ていけば、僕も駐車場に車を停めることができる。いつ空くのかなぁなんて思いながら待っていたら、何やら視線を感じた。ガラス越しに見回してみると、お店の前で待っている一人の女性がこちらに向かって何やらジェスチャーをしている。僕は車の窓を開けた。

「駐車場、あちら一台空きましたよ!」

女性の声が聞こえた。どうやらそのジェスチャーをしていた女性は駐車場が空いたことを僕に伝えたかったらしい。僕は女性にお礼を伝え、車を敷地内に進めた。女性の言うとおり、一台だけ駐車場に空きスペースがあった。僕が並んでいた場所からは見えづらい位置にあった。女性の優しさに感謝した。


まだまだ待つことになるだろうと思い、一応フロントガラスにサンシェードをひいてから車を降りた。改めて入り口の近くに行くと、本当にすごい人だかりだ。入り口の前だけでも軽く30人くらいはいるような気がした。このお店は記名制なので、ここで待っている以外にも車内で待っている人もいるだろう。ここまで人気のお店だとはさすがに予想できなかった。そんな光景を眺めつつ、先ほど駐車場の空きを教えてくれた女性を見つけたので改めてお礼を伝えた。女性は旦那さん、お子さんと一緒にお店に並んでいるようだ。

10分くらいお店の前で待ってみたが、一人も待ち客の名前が呼ばれることはなかった。このままお店の前で待ち続けても当分名前は呼ばれないだろう。そう思った僕は歩いてお店の周りを散策することにした。散策、といってもお店が立っている県道沿いを歩くだけ。まばらに並んでいるチェーン店を見てへぇ、ここにもガストあるんだとか思ったりするだけだった。途中、トイレに行きたくなったので近くにあったウェルシアに寄った。ついでに飲み物を何本か買った。

飲み物を持ってお店に戻ってウェイティングボードを確認したが、僕の名前はまだまだ呼ばれそうになかった。あまりにも暇だったのでまた5分くらい歩いて今度は県道沿いのイエローハットに行ってみた。イエローハットも、家の近所で見かけるようなお店だ。僕は普段車で使っているスマホホルダーがボロくなって来たので、何か良いスマホホルダーはないかと探した。するとおっ、このホルダーめちゃくちゃ良いじゃん、と思ったスマホホルダーを見つけた。そのスマホホルダーは4000円くらいしたけど旅行中でテンションが上がっていたからか勢いでレジに持って行った。またお店に戻って来たけど相変わらず僕の順番まではまだまだ遠い。車の中で新しく買ったスマホホルダーの取り付け作業をして時間を潰した。

これだけ時間を潰しても、まだまだ名前が呼ばれそうな気配がない。もう歩いて暇を潰すというのにもちょっと飽きて来た。僕はお店の入り口の前で待ち始めることにした。入り口の前には待ち客用にベンチが5つほど用意されているのだが、待ち客が多いせいでそのベンチはパンパンに埋まっている。そのため立って待っているお客さんも非常に多い。僕はそんな状況の中、車からキャンプ用の椅子を持って来た。僕はこういった長時間の並びに備えて、キャンプ用の椅子を常に車の中に入れておいてある。立って待っているお客さんが群れを成している中で僕はそのキャンプ椅子を広げて腰を掛けた。立って待つよりかは100倍マシだ。座って待っていると他のお客さんから若干の視線を感じた。羨ましいのだろうか。ちなみにもちろん椅子を置く場所はなるべく他のお客さんの邪魔にならないように配慮している。


お店に並びはじめたのは、11時半ごろ。僕がお店の方から名前を呼ばれたのは、13時半のことだった。僕は、2時間も並んでいたらしい。店員さんに呼ばれ、店内に入り1つだけ空いていたカウンター席に案内された。テーブル席を見るとグループ客や子連れ客も多く、こりゃなかなか進まないだろうな、と納得した。ああ腹が減った。メニューを見よう。僕の目当てはハナからとん汁定食だと決めている。メニューを見ると他にも豚汁ラーメンやぶっかけラーメンといった気になるメニューも見かけたが、せっかく妙高まで来て2時間待ったのならお店一番の名物をいただきたい。そしてお腹が空いているのでできればたくさんいただきたい。僕はとん汁定食の大盛りを注文することにした。あとついでになす漬けも注文した。

注文してから10分ほど待つと、僕の目の前にお待ちかねのとん汁定食が姿を現した。巨大な丼の中にパンパンに入れられた豚汁。それを見た瞬間えっ、こんなに大きいの?と思ってしまったのと同時に、僕は大盛りの意味を理解した。僕はてっきり大盛りの定食を注文したらご飯だけが大盛りになるものだと思っていたが、このお店の大盛りはどうやら豚汁も大盛りになるらしい。これはなかなか想定外だった。その時目の前に置かれていた豚汁は人生で見た豚汁の中で一番大盛りだったと思う。そしておぼんの中に並べられているのは豚汁のほかに大盛りのご飯と漬物と小鉢。他にメインとなれるようなおかずはない。どうやら僕はこれから本当にこの豚汁をおかずにご飯を食べ進めるらしい。

とん汁定食 大盛り

レンゲを使って2時間待った豚汁を一口飲んでみる。まろやかだ。そして温かい。野菜がふんだんに溶け込んでいるであろうまろやかでクリーミーな味がする。その証拠として汁の中に入った玉ねぎ達がみんなトロットロだ。豚肉にもトロみがあって脂の味が甘く感じる。美味しい。僕はおかずになる豚汁と聞いていたからもっとご飯がモリモリ進むような濃いめの味を想像していたのだが、そのイメージとは少し違った優しめの味だった。

豚汁を適当に食べたところでご飯をかっこむ。なかなかやらない経験だ。ご飯は新潟だけあってさすがに美味しい。豚汁が美味しいからご飯が進むというよりかは、単純にご飯が美味しいからご飯が進む。

追加で注文したなす漬けは一人前とはとても思えない量だ。味付けが控えめでナスの味をよく感じられる漬物だ。サッパリする。

なす漬け

この豚汁は滅多に食べられるもんじゃないと思いながらよく味わって食べた。これを食べた時はまだまだ暑い時期だったけど、冬のクソ寒い時期に食べたら最高に身体に染み渡るんだろうなぁ。そんなことを想像しながら食べ進める。しかし大盛りが思っていたよりも多い。だんだんお腹が苦しくなってきた。豚汁で苦しい思いをさせられたのも初めてである。


そんな大盛りの豚汁が入った丼も、気づけば空になっていた。美味しかった。妙高では豚汁が名物なんだよ、と誰かに教えてあげたいが、2時間並ぶのなら気軽に勧められるものでもないな、とも思った。


お店を出ると、相変わらずお店の前にはたくさんの待ち客が集まっているが、昼の部がすでに終了したことで駐車場には空きができている。このお店で次に食事をするのは一体いつになるのだろうか。


お腹がいっぱい。満足だ。むしろいっぱい過ぎる。この後は運動してこの摂りすぎたカロリーを消費しなければ。車は、次の目的地に向かって走り出す。

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