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「御館の乱」の舞台となった鮫ヶ尾城跡を歩く【信越北陸一人旅⑯】

2時間並んでとん汁定食を食べた僕は、お腹がいっぱいだった。

お店を後にしてやって来たのは、鮫ヶ尾城跡。「とん汁の店 たちばな」からは車で10分かからないぐらいの距離だった。

鮫ヶ尾城は、新潟県上越市の標高185mの場所に位置する山城。築城年代は分かっていないが、戦国時代に越後を治めていた上杉氏のお城であったことはたしかだ。

鮫ヶ尾城が歴史上最も注目されたのは、1578年に起きた「御館の乱(おたてのらん)」の時だろう。この「御館の乱」は、いわば上杉氏内で起きた内輪揉めだ。越後の雄として名を馳せたあの上杉謙信が死んだ後に、2人の養子の間で後継者争いが起こったのだ。その主役となったのは謙信の姉の子である上杉景勝(うえすぎかげかつ)と、北条氏政の子である上杉景虎(うえすぎかげとら)だ。
なぜ北条の子が上杉家にいたのか?については、謙信がまだ存命だった頃上杉氏と北条氏は同盟を結んでおり、同盟が締結された際に仲良しの証みたいな目的で景虎は上杉家に婿入りしたのだ。

戦の流れについては割愛するが、ここ鮫ヶ尾城はその上杉景虎が自刃した場所だといわれる。当時の時勢は上杉(長尾)の血が濃い景勝側に味方したというわけだ。
そんな歴史の大舞台となった鮫ヶ尾城は、現在「続・日本100名城」の一つに指定されている。


カーナビにしたがって鮫ヶ尾城にやって来ると、駐車場らしきものが見当たらなかった。特に案内板などもなかったが、城内の坂の中腹に車が2台くらい停まっている場所を見かけたので、とりあえずそこに車を停めることにした。先述したとおり鮫ヶ尾城は山城なので、散策はちょっとした登山になるだろう。虫除けスプレーを肌全体にかけた後、財布と水と「続・日本100名城スタンプ帳」だけ持って車を出た(「続・日本100名城」をめぐるスタンプラリーが開催されている)。

事前に調べた情報によると、鮫ヶ尾城の中にはビジターセンター的な建物があるらしいとのことなので、とりあえずはそこを目指すことにした。続100名城のスタンプもおそらくそこに置いてあるだろう。
施設に向かう途中、縄文時代の遺跡とかで見られるような竪穴住居が立っていた。もちろん現代になってから築かれたものだと思うが、鮫ヶ尾城は戦国時代のお城のはずなのに、なぜ竪穴住居が立っているのだろう。と思ったらすぐ近くに案内板があり、「斐太遺跡(ひだいせき)」と書かれていた。どうやら城の周りは元々遺跡だったようで、お城と遺跡がセットになって国の史跡に指定されているようだ。

斐太遺跡の竪穴住居

竪穴住居を通り過ぎるとすぐにそのビジターセンター的な建物が見えてきた。正式には「斐太歴史の里 総合案内所」というらしい。その施設はとても簡素な建物で、昔ながらのチープな観光案内所、といった雰囲気だった。

中に入ると鮫ヶ尾城の写真や案内板が展示されているほか、パンフレットや鮫ヶ尾城グッズが置かれていたりなどした。その小さな案内所は町のおばあちゃんが一人で営んでいるようで(おそらく近所の人同士の交代制だとは思うが)、優しい声で挨拶してくれた。

僕はそのおばあちゃんに続100名城のスタンプを借り、持ってきたスタンプ帳に押印したした。その後おばあちゃんにスタンプを返すついでに

「今から登ろうと思うんですけど、どれくらいかかりますかね?」

と聞いてみた。おばあちゃんは優しい声で

「あら、今から登るんですか?大体頂上まで30分くらいですかね〜」

と答えた。なるほど、頂上まではなかなかの道のりのようだ。


僕はそのおばあちゃんからお城の道案内について軽くレクチャーを受けた後、おばあちゃんにお礼を伝えてビジターセンターから一歩出た。しかしビジターセンターから出た途端、僕は足を止めた。なぜなら外は少し雨が降り始めていたからだ。

「うわ、雨降ってきましたよ」

僕がおばあちゃんに向かってそう言うと、

「あら、雨ですか〜。さっきまで晴れてたのにねぇ」

と返ってきた。おばあちゃんにとってもこの日の雨は意外だったようだ。

すると急に一人の男性がビジターセンターに入ってきた。ビジターセンターには入り口が2つあり、僕が入ってきた入り口とは別の入り口からその男性は登場した。見た目的に40代ぐらいだろうか。彼は少し息を切らしており、髪の毛はかなり濡れていた。どうやら、今山から下りてきたらしい。

「あら、戻ってきたんですね。お疲れ様です〜」

とおばあちゃんが濡れ髪男性に声をかける。

「あぁどうも。いやぁ〜大変でしたよ。なかなか道が険しくて」

男性は息を切らしながらも笑って答えていた。その後彼は僕の方を見て、

「今から登られるんですか?」

と聞いてきたので、はいと答えると

「雨降ってますけどね、どうせ登り始めたら汗だくになるから、雨か汗か分からなくなりますよ」

と彼は言った。たしかにその男性は髪の毛だけでなく全身ずぶ濡れだった。それは雨というよりかは汗によるものらしい。そんなにきつい山なのだろうか、と思ったのと同時に、男性の言うことももっともだと思った。加えておばあちゃんが

「頂上までの道は木が多いですから、それらが傘になってくれるのであんまり雨の心配はしなくて良いと思いますよ」

と言ってきたので、僕はこのタイミングで降り始めた雨については特に気にしないことにした。


おばあちゃんと男性に挨拶をして、今度こそビジターセンターを出て山城散策を始めた。登城口の場所は結構分かりづらく、おばあちゃんに聞いていなかったら辿り着けなかったかもしれない。「鮫ヶ尾城跡」と書かれた看板にしたがって階段を下ると、まず見えたのは大きなため池。大きなといっても公園などでよく見かけるちょっとした池程度の規模だが、山城の麓にしては大きな池があるもんだなぁ、とちょっと意外に思った。

登山道入り口近くにあるため池

池を横に眺めながら、コンクリートでできた橋を渡るといよいよお城の入り口に差し掛かった。ここからは本格的な山登りになる。登山道は割と整備されており、山にできている轍の上を歩いていけば道に迷うことはなさそうだった。そしてビジターセンターでおばあちゃんが言っていたとおり、道中には高い木が多く、それらが見事に傘の役割を果たしてくれたので雨は全然気にならなかった。

鮫ヶ尾城の登山道

登山道は基本的には割とゆるやかな傾斜が続いており、登っている途中にへばってしまうようなことはなかった。途中所々で急な坂や段差があったりしたものの、若さ故かあまりキツいとは思わなかった。また登山道の途中には土橋や堀切の跡など、当時の城の遺構が見られる場所もあり、ここが本格的な山城であったことを実感させられた。

分かりづらいが土橋が作られている。

20分ぐらい歩くと、それまで周囲を覆っていた木々たちがいなくなり、急に視界が開けた。どうやら、頂上付近に来たようだ。視界が開けたあともちょっとした丘がまだ続いているようで、そこにあった階段をせっせと上ると屋根がついたちょっとした休憩所のようなものが見えた。近づいてみると、その休憩所のすぐ近くには「本丸跡」と書かれた看板が立っている。

本丸跡

そうか、ここが頂上なんだな。そして右を見ると、そこにはさっきまで僕が豚汁を食べたりしていた妙高市の街並みが広がっていた。

本丸からの景色。左にいくほど空が広くなっていく。

頂上からの景色はとても綺麗だった。風景の多くは田んぼで、その奥にはうっすらと高い山々があるのが分かる。左奥の方の空が広い気がするのは、向こうが海に近い方角だからかもしれない。僕はこの景色をぼーっと眺めながら、かつてこの地を拠点にした上杉景虎もこのような景色を見ていたのだろうか、なんてことを考えていた。疲れは感じておらず、ただ目の前の景色に没頭した。雨はまだ降り続いており、木々の傘もないため僕はダイレクトに雨を受けていたが、目の前の景色を見ているだけでそんなことは本当に気にならなかった。

本丸跡の隣には、本丸の3分の1くらいの大きさの曲輪があり、看板には「米蔵跡」と書かれていた。名前のとおり、城内でお米を貯蔵しておくための曲輪がここにあったようだ。調べた情報によると、鮫ヶ尾城ではこの米蔵跡から焼け焦げたお米の跡がいくつも見つかっており、中にはおにぎりの形で見つかったものもあるよう。御館の乱が起こった際、この城で籠城する兵士が腹を満たすために携帯していたものが戦火により炭になったのではないかといわれている。武士と聞くとつい獰猛なイメージを持ってしまいがちだが、休息時には現代の我々と同じようにおにぎりを頬張っていたんだなと考えると、武士の人間味を感じられる。

米蔵跡。今でも炭化した米が所々に落ちている。

米蔵を下りた後は、ずっとくだり坂が続く。特に尾根に沿って作られた道は幅がとても狭く、人間1人分くらいの幅しかなかった。大軍相手に籠城する際には有利な道といえる。その後もくだり坂が続き、気づけば行きに通ってきたような木々が生い茂る山道に入った。雨はずっと気にならない。


しばらく歩き続けると、長い下り坂が終わり、ビジターセンターがある場所に戻ってきた。上りよりも下りの方が長かったような気がする。ビジターセンターに着いた頃には、すでに雨は止んでいたが、体は出発前に出会った男性のようにびしょびしょになっていた。

「おお、早いね。おかえりなさい」

ビジターセンターのおばあちゃんが声をかけてきた。僕が無事に戻ってきたことで少し安心しているような様子だった。城に登り始めてから帰ってくるまで、大体30分ぐらい。普通の人よりは早く回った方だと思う。

雨があがりましたね、的な世間話を軽くおばあちゃんとしつつ、最後に300円の御城印だけ買ってビジターセンターを後にした。山城を登り終えたし、天気も回復したしってことでこの時の僕は晴れやかな気持ちになっていた。


車に戻り、運転席に乗り込む。Tシャツもびしょびしょだったのでこのまま運転席に腰掛けるのは少し抵抗があった。そのためなるべく背もたれによっかからないようにして座った。スマホで調べたところすぐ近くにスーパー銭湯があるようなので、そこで軽く汗を流すことにした。

そのスーパー銭湯は「釜ぶたの湯」という所で、上越妙高駅からも近い。駅前のスーパー銭湯にしては広く、のびのびとできる場所だった。サウナがあったので1セット(サウナ→水風呂→外気浴)だけ回した。


城を巡れた上にサウナも入れたので大満足だ。その満足感ゆえかスーパー銭湯の写真は撮り忘れていた。この時点で16時ごろ。まもなく日が傾いていく時間だ。僕は車に乗り、運転席の背もたれにがっつりよりかかって次の目的地を目指した。

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