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あんかけ焼きそばは長野のソウルフード【信越北陸一人旅⑫】

岩松院を出発したのは、17時ごろ。

だんだんと陽が傾き始める中車を走らせ、岩松院から少し北の方にある「ぽんぽこの湯」という温泉施設に行った。この日4回目の温泉である。

施設は少し高台の場所にある。中は割と綺麗で少し小洒落ており、受付の前のお土産売り場にはサウナグッズがたくさん並べられていた。僕もサウナーの一人として、昨今のサウナブームの勢いは肌で感じ取っている。ちなみにここも入浴料が450円とかなり安かった。

施設内には食事処があり、テラス席からは中野市街を見渡すことができる。露天風呂も開放的で、テラス席と同じような景色が見られて気持ちよかった。夕飯の時間まで余裕がありそうだったということもあり、サウナ→水風呂→外気浴を3セット繰り返した。旅の1日目からサウナに入れる上に、外気浴で高台からの景色も眺められ、ととのい中は幸せを感じていた。さっきあかりの博物館で考えていたことなんて忘れていた。

テラス席からの景色


サウナを3周したことでお風呂から上がる際には入館から1時間ほど経っていた。食事処の窓から外を見るとすっかり夜になっており、この時テラス席から見た夜景もなかなか綺麗だった。どうにかこの景色を見たまんま写真におさめようとしたが、iPhoneが勝手に夜間モードになったりしてなかなか調整が難しく、理想的な写真は撮れなかった。

テラス席から見た夜景

サウナでととのった後はご飯だ。もうそろそろ夕飯にもちょうどいい時間になっている。ぽんぽこの湯を出て、夕飯を食べにいくために車を走らせた。サウナの後の飯はいつも以上に美味い。サウナは飯を美味くする効果があるのだ。僕はそんな至福のサウナ飯を求めて上機嫌にアクセルを踏んだ。

この時、夕飯で何を食べるかはすでに決めていた。ズバリあんかけ焼きそばだ。昼に山の実でチラ見した雑誌に、あんかけ焼きそばが長野のソウルフード的なことが書かれていた。1日目の夕飯は事前に決めていなかったこともあり、この日の夜はそのソウルフードとやらを味わってやろうじゃないかと企んでいた。

目指すお店は、その雑誌に載っていたお店。お店は長野駅前にあるということで、ぽんぽこの湯からは車で1時間くらいかかった。夕方で道路が渋滞していたという影響もある。あと長野駅前ということで駐車場を探すのに少し時間がかかった。空いていた適当なコインパーキングに車を停め、Googleマップを見ながら雑誌で見たお店に向かって歩いた。お店の場所は少し分かりづらく、Googleマップを確認しながら同じような道を何度か行ったり来たりして駐車場から5分ほどでたどり着いた。

しかしお店の前にやって来ると、なんと「臨時休業」と貼り紙に書かれていた。僕は衝撃を受けた。このお店であんかけ焼きそばを食べるためにわざわざ長野駅までやって来たのに、食べられないなんて。貼り紙を見ながら少しの間茫然とした。だがここで茫然としている間にも他のお店はどんどん営業終了に近づいていくし、車を停めたコインパーキングの料金も上がっていく。ため息をつきながら一度車に戻り、ひとまず駐車場を出て車を走らせた。とはいえこのまま目的地もなく夜の長野市街を走るのもガソリンと時間がもったいない感じがしたので、適当な場所に一度車を停めて他にあんかけ焼きそばが食べられそうなお店をスマホで調べた。もう口が完全にあんかけ焼きそばの気分になっていた。

スマホで軽く調べた結果、今いる場所から車で10分くらいの場所にあんかけ焼きそばが食べられる「桂林」という名前の町中華があることが分かった。口コミを見る限り、観光客向けというよりかは地元の人たちが通うお店のようだ。僕はどちらかというと観光客向けのお店よりも、地元の人に愛されるようなお店の方が好きだ。お腹も減って来たしひとまずその「桂林」に向かって車を走らせた。


桂林には10分ほどで着いた。お店に駐車場はなかったので目の前のコインパーキングに車を停めた。お店の前に歩いてやって来ると、電気がついており「営業中」の看板が立っている。営業はしていそうな雰囲気だ。入店後に断られないことを願いながらお店の戸を開けた。

夕飯で寄った町中華、「桂林」

お店に入り、一人であることを伝えると60代くらいの男性の店主さんからすんなりカウンター席に案内された。よかった。とりあえず夕飯は食べられる。あとは、あんかけ焼きそばが食べられるかどうかだ。ここでもしあんかけ焼きそばが売り切れとか言われてしまったらめちゃくちゃ悲しい。カウンター席に座りながら、壁に貼られたメニューたちを眺めた。しかしここで違和感に気づく。店内のどこを見渡しても、「あんかけ焼きそば」の文字がない。あんかけの「あ」の字も見当たらない。おいおい嘘だろ。さっき見たGoogleマップの口コミではちゃんとあんかけ焼きそばの写真があったじゃないか。店内をどれだけ見渡しても、焼きそばらしいメニューは「焼きそば」と書かれたものだけだった。僕は普通の焼きそばじゃなくて、あんかけ焼きそばが食べたいんだよ。頼むよ、どうにかしてくれよと、懇願するような気持ちが生まれていた。

そんなことを考えていたら、店主さんがチラチラこちらの方を見ている。コイツまだ注文決めてないんかとか思われてるのだろうか。なんだか店主さんとの目を合わせたら注文を聞かれてしまいそうな気がする。あんかけ焼きそばが食べたい僕はなるべく店主さんと目を合わせないようにして、もう一度スマホでこのお店の口コミを確認した。店主さんからはスマホを見る前に注文してくれよなんて思われていたかもしれない。店主さんの視線を気にしないようにしながらGoogleの口コミを見ていると、そこで気が付く。どうやらこのお店のあんかけ焼きそばは「焼きそば」というメニューで表記されているらしいことが分かった。なんだ。そういうことだったのか。じゃあこの「焼きそば」を注文すれば、あんかけ焼きそばが食べられるってことじゃないか。僕の中での焦りや懇願する気持ちが消えた瞬間だった。

僕は堂々とした顔つきをして店主さんに目を合わせた。僕の視線に気づいた店主さんは

「注文かい?」

と言ってきた。やはり視線を合わせた時点で注文を聞かれることは確定事項だったようだ。僕は店主さんに焼きそばを注文した。あとついでに餃子も注文した。食べたかったから。僕が注文を終えるとしばらくして店主さんは鍋を振り始めた。ちなみにこのお店は店主さんのワンオペである。

注文を待っている間は、店主さんが鍋を振る様子を見たり、店内をジロジロ見回したりしていた。僕の左隣にはアイコスを吸いながらビールを飲んでいるおじさんがいて、そのおじさんはたまに店主さんとおしゃべりをしていた。どうやらこのおじさんは常連のようだ。少し間隔を空けた右側にはおそらく地元の人であろう30代くらいの夫婦が野菜炒めのようなものを食べていた。その野菜炒めもとても美味しそうだった。僕が注文をしてから5分後くらいにお店に2人くらいの若いお客さんが入って来たが、なんと店主さんは

「ごめん、今忙しいから」

と言ってその2人を帰していた。この時20時半に差し掛かろうとしているところ。Googleで見たお店の閉店時間はもっと遅い時間だった気がするが、店主さんの気分だろうか。僕はもう少し遅かったらお店に入れなかったかもしれないと思い、2人がお店の戸を閉めた瞬間安堵した。


10分ほど待って、待ち望んでいたあんかけ焼きそばが僕の元にやって来た。長野のソウルフードが目の前にやって来たのだ。皿一面を覆う茶色の餡と野菜、エビをはじめとしたたくさんの具材。そこから湧き上がる湯気。サウナ後で腹も空き切っている僕にとって、よだれが出てきてしまいそうな素晴らしい見た目だった。

僕は割り箸を持ち、本能のままに食らいついた。すんごい美味い。餡の甘味が強く、それゆえパンチのある味。サウナ後の身体にブッ刺さる刺激だ。餡の下に隠れた麺は若干の焦げがあり、麺のモチモチ感とカリカリ感の不揃いさがとても良い。このあんかけ焼きそば美味過ぎる。これが長野のソウルフードってやつか…!

焼きそば ¥850

あんかけ焼きそばを食べているうちに餃子も登場。町中華の餃子はいつだって大好きだ。餃子の表面を見てちょっと焼き過ぎなのでは?なんて思ったが、そう思った僕が馬鹿でした。この餃子もめちゃくちゃ美味しかった。ニンニクがかなり効いていたが一人旅なので問題ない。この時、本当はめちゃくちゃビールが飲みたかった。

餃子 ¥400

食べるものすべて美味い。雰囲気も含めて素晴らしい町中華だ。このお店が家の近所にあったらいいのにと思いながら夢中で食べ進めた。旅行先で町中華に行ったなんて言ったら町中華なんてどこでも食べられるじゃんなんて言われるかもしれないが、単純に僕は町中華が大好きなのだ。


一人で目の前の食事に夢中になっていると、左隣から声がした。

「お兄ちゃん、この時計知ってるよ。」

もしかしたら話しかけられたかもしれない、と思い左を見ると、先ほどからずっとアイコスとビールを嗜んでいたおじさんが僕の方を見ていた。僕はそのおじさんを正面から一目見て、角野卓造に似てるなと思った。僕は心の中でこのおじさんを卓造と呼ぶことにした。卓造は、僕が左腕につけている腕時計(正確にはスマートウォッチ)を指差していた。

「あっ、あぁ…この時計知ってるんですか?」

初めましての話題にしてはなかなか目の付け所が変わっていると思ったので返答に若干戸惑う。卓造は続けて、

「どう?この時計?良い?」

と聞いてきた。どう?良い?ってなんだろう。抽象的過ぎる。卓造は時計を買おうかどうか迷っているのだろうか。

「あぁ、まあ良いですよこの時計。ずっと使ってます」
「へぇ〜そうなんだ。それって防水?」
「防水です。お風呂でも使えますよ」
「そうなんだ。いいね〜」

卓造がなぜ時計について聞いて来たのかは分からなかった。でもこの後は一人旅では定番の、一人で来たの?どこから来たの?宿はあるの?といった質問が続き、僕が一人で車中泊で旅をしていることを伝えると卓造はとても驚いていた。どさくさに紛れて「角野卓造さんですか?」って聞いたら「角野卓造じゃねぇよ!」って言ってくれるかなぁとか思ったけど、さすがに聞かなかった。

僕と卓造の会話が結構盛り上がってきたところで、店主さんや右隣にいたご夫婦も混ざって全員で会話をする流れになった。この中で、観光客は自分だけ。とても楽しい空間だった。店主さんは最初常連以外には無口な人なのかと思っていたが、話すととても気さくだった。話の途中お店にいる誰かが、

「なんでこのお店に来たの?」

と聞いて来た。僕はそこでどうしてもあんかけ焼きそばが食べたかったからここに来たことを伝えると、みんな笑っていた。右隣の旦那さんが、

「そういえば、焼きそばって頼むとあんかけ焼きそばが出て来るのって長野だけみたいですよ。他の県だと焼きそばといえばソース焼きそばだけど、長野だとあんかけになるんですよね」

と言っていた。これを聞いてめちゃくちゃ合点がいった。だからこのお店のメニューには「焼きそば」と書かれていたのか。この旦那さんが言うことが本当なら、他のお店に行ったとしてもメニューには「あんかけ焼きそば」ではなく「焼きそば」と書かれていたということになる。その土地の文化を一つ知れた気がした。

料理を食べ終え、5人の会話がひとしきり盛り上がったところでお会計をした。お店を出る時、みんな笑顔で僕を見送ってくれた。料理は美味いしとても良いお店だった。地方の町中華ももっと開拓してみたいなぁ。


車に乗り、車中泊の予定地に向かった。車に置いてあるティッシュが切れてしまったので、途中でスーパーに寄ってティッシュと飲み物を買った。5箱入りのティッシュは荷物になるなぁなんて思ってその後ガソリンスタンドに寄ったら、なんとそのお店のキャンペーンでティッシュを1箱無料でもらった。なんだ、スーパー寄らなくてよかったじゃないか。長野のスーパーで買った5箱入りのティッシュは、この旅の間ずっと車内のスペースを圧迫していた。


時刻は21時を回っており、途中街灯の少ない暗い道を通ってこの日の宿泊地にたどり着いた。この日は、野尻湖の近くにある「道の駅 しなの」で車中泊。1日目からいきなりこんなにたくさんの人としゃべることになるとは思ってなかったなぁ。明日はどんな出会いがあるのだろうか。エアマットの上で明日に期待しながら瞼を閉じた。

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