通常非公開!特別公開「称念寺」法然と重源!東大寺復興の道【奈良まちシリーズ】
重源上人を開基なので快慶作の仏像あるのでは?と期待を膨らます寺。法然の推挙により重源が兵火により焼けた東大寺を復興するよう、この寺に腰を据えて指揮を執る。
2024年2月に行われた『奈良市街地をぶらりと巡る冬のキャンペーン「路地ぶら」』で公開!!
変更履歴
▼HP
▼アクセス
奈良県奈良市東木辻町42
▼祭神・本尊と脇時
※後述「▼見どころ」参照
▼見どころ
元は築地之内町にあった草庵が始まり
1167年、重源が開基
1181年、法然の推挙により重源が兵火により焼けた東大寺(私のNOTE)を復興するよう、この寺に腰を据えて東大寺復興の指揮を執る
16世紀末、頓誉上人によって再興され浄土宗に改宗
1629年、本堂建立
本堂は、棟木の墨書から建立年代や大工名がわかっている
本堂内は、手前を外陣、内陣、脇陣とする浄土宗本堂の形式
1694年、松尾芭蕉が称念寺を訪れた
1793年、芭蕉百回忌を建立
境内に入ると仏塔だと思ったのだが、「無縁塔」と呼んでいるようだ。多くの墓石が積み上げられ、一番上の石碑は六字名号碑のよう。1614年に建立されたよう。
『色道大鏡』には 「南都の傾城町は木辻鳴川といひて縦横にあり”と記されていることから、遊郭の地だったとも。歴史に興味のある方は「奈良県所在の遊廓の沿革と概要(https://yukakustudy.jp/archives/1)」をどうぞ。
一方、奈良から大阪に向かう芭蕉が立ち寄った場所でもあるようで、句碑が残っている。松尾芭蕉も遊んだんかな!?とうとう出たね。。。
宝物館と思ってしまいましたが「愛染堂」です。中は見れないですね・・。
本尊は厨子に守られている。本尊阿弥陀如来と観音・勢至の両脇侍が厨子内に納められている。
左右に善導大師立像と法然坐像を安置する。
法然坐像は正座している珍しい組み方。意味があるのか?聞いてみたがはっきりとはしないとのことで、いくつかはあるようだが。。京都ならあるんじゃない?と質問返しされたww
この善導大師像は中国伝来とされ、下半身には金箔が施されていない。確かに口から阿弥陀如来立像を出しそうな顔の角度である。
→オマケ
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
通常非公開!特別開扉「路地ぶら ならまち」レア仏像と中将姫!!2024年2月分◆奈良㉘◆|やんまあ@旅行記
通常非公開!特別公開開扉「路地ぶら ならまち」2024年1月分◆奈良㉗◆|やんまあ@旅行記
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