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出雲と繋がる伯耆一宮「倭文神社(しとり)」経塚から国宝!下照姫命の墓か?【伯耆シリーズ】

織物を生業とする倭文が多く住んでいたことから、織物の祖神といわれる健葉槌命を祀るが、出雲繋がりの神社と確認する。アマテラスが出雲国譲りの刺客として送られた天稚彦命はオオクニヌシ娘・下照姫命(シタテルヒメ)に惚れて出雲に馴染む!?そんな神に関係する神々がいる神社。社伝によるとオオクニヌシの娘・シタテルヒメが出雲からこの地に着き、この地に住居を定め、安産の普及に努めたといわれている。境内には「安産岩」と呼ばれる岩があります。経塚があり、平安時代の銅経筒@国宝が出土した場所。長い間、下照姫命の墳墓と言い伝えられていた場所である。

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変更履歴


▼HP

▼アクセス

鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内754
※東郷湖の畔。御冠山の中腹に鎮座だが車なら楽に行ける。

▼祭神

・御祭神
 建葉槌命(タケハヅチ)
・相殿
 シタテルヒメ(オオクニヌシ娘)
 コトシロヌシ(オオクニヌシ長男。美保神社)
 タケノミナカタ(オオクニヌシ次男。諏訪大社)
 スクナヒコ(オオクニヌシ相方)
 天稚彦命(出雲国譲りの名を受けるが出雲に染まる。シタテルヒメと結婚・・。)
 味耜高彦根命(大神山宮司の祖。奈良葛城の高鴨神社。シタテルヒメと天稚彦命の息子)


▼見どころ

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やっぱ本殿の装飾が素晴らしいですね!

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 下照姫命は、出雲から羽合町宇野に着船され、御冠山に登って現在地に住居を定めたという。というわけで、長期にわたり女神を祀る神社であった。

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 本殿の後方には、「乳神」とも呼ばれる、樹齢600年の御神木があったが、今は・・たぶん、これ・・。

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 あまり調べずに行ったので、これを見たとき倒壊していることよりも、想定外の光景に「すげ~」と思った。人は自然の一部なので、神社内では神の御意思通り、そのままでということでしょうかね。
 続いて、国宝ざっくざっくの経塚です。

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 境内の経塚から出土したものは国宝指定もされている。奈良時代の仏像・金銅観音菩薩立像、銅鏡、瑠璃玉などもあり、全て東京国立博物館に寄託されている。
 ここからは私見だが、仏像は明治の廃仏毀釈でここに隠したと思われる。だとすると、この仏像たちの故郷(寺)はどこかは気になるところ。たぶん、境内の広さなどから神宮寺があったのではないか?と思ってしまう。

 祠を載せた安産岩がある。難産に苦しんでいた婦人の夢に、下照姫命が現れ、その後、この岩の側で、安産をしたという伝説がある。

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 参拝している時、赤ん坊を抱いた夫婦がお参りしていた。地元では大事にされている神社なんでしょう。

▼旅行記

鳥取砂丘方面

▼セットで行くところ

鳥取砂丘方面

出雲方面

↓NOTE版はこってり。↓じゃらん版はあっさり。


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