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恵比寿本宮・美保神社繋がり!式内社「波波伎神社」コトシロヌシが亡くなった場所【伯耆シリーズ】伯耆国二宮

出雲の神魂神社、熊野神社と同じ空気感。コトシロヌシが国譲りの際に、「天逆手(あるいは天栄手)」を打って、青柴垣に籠ったというその宮であるという。って、美保神社と同じだけど・・。
近くの倭文神社には下照姫神の伝承が色濃く残り、大神山神社は父・大国主命(オオクニヌシ)を祀っており、出雲と繋がっているのは間違いないかと。

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 境内には福庭古墳という古墳時代後期の古墳があり、横穴式石室構造で、赤色顔料が残る。また「伯耆(ほうき)」という古代の地名は、この「波波伎(ははき)」からきているとか。

伯耆国風土記「伯耆国の由来」
或書に引る風土記には、手摩乳(てなづち)、足摩乳(あしなづち)が娘、稻田姫、八頭(やまた)の蛇(をろち)の呑まむとする故に、山中に遁(に)げ入りき。
時に、母遲く來ければ、姫、「母來ませ、母來ませ」と曰ひき。故、母來の國と號(なづ)く。後に改めて伯耆の國と為す。云々。

変更履歴
2022/03/08 初版

▼HP なし

▼アクセス

鳥取県倉吉市福庭654

▼祭神

コトシロヌシ(オオクニヌシの長男坊)

▼見どころ

 八重事代主命の荒魂が青柴の巻籬内に鎮まった、その宮そのものであり、それが創建と伝わるとのこと。
 ということで、美保神社は和魂で、ここは荒魂ということで解釈しておこう。

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祭神は「八重事代主神」で、国譲りの際に「天逆手(あるいは天栄手)」を打って、青柴垣に籠った場所とする。今は内陸部だが、古代では海がすぐ近くだったのかな。

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この神社では、コトシロヌシとは別に、天稚彦神、下照姫神、少彦名神、建御名方神、味耜高彦根命、宗像三女神も祀る。

天稚彦神:
 出雲に国譲りに行くが、出雲に染まってしまい、下照姫命と・・。
下照姫神:
 オオクニヌシと田心姫命の娘、味耜高彦根命(アヂスキ)の妹
味耜高彦根命:
 鳥取・大山、奈良・葛城によく出てくる。大山の宮司はアヂスキの末裔が続く。

ちなみに、宗像三神は1916年の海田神社合祀からかと思う。

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▼旅行記

▼セットで行くところ

↓NOTE版はこってり。↓じゃらん版はあっさり。

↓鳥取

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