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山本康正『なぜ日本企業はゲームチェンジャーになれないのかーイノベーションの興亡と未来』祥伝社新書

日本企業は「型を崩す」ことが他国と比べるとどうしても不得手な傾向がある。一方で同質性の高い組織は進むべき方向性が一度決まってしまえば強いという長所もある。しかし、不確実性が高まっている今の時代、同質性の高さは弱点にもなり、日本発のイノベーションがなかなか生まれにくい。

著者は、文系と理系に分けてしまう教育システムにも関係があると言う。テクノロジーと感受性の両方を持っているような人材がなかなか育たない。イノベーションは異質なモノや人同士が交差する接点から基本的に生まれる。人材の多様性はお題目ではなく、組織がイノベーションを本気で起こすための必要な条件である。

業界のトップ企業ほど変革のタイミングを見誤る。また、その道のプロフェッショナルほどイノベーションを過小評価する。古い人間には理解できないといった態度も、一見へりくだっているようで、思考停止となっている。批評家気分では新しいビジネスは生まれない。

2022年の最新ランキングでは、トップ50に入ったのだ31位のトヨタ自動車だけである。他国に追いつかれ、追い抜かれ、そして圧倒的な差をつけられてしまった。

デンソーのQRコードのような革新的技術の発明もあったが、応用という意味では中国のほうが一枚も二枚も上手であった。ソニーのFeliCaチップを使った交通系電子マネーも日本で使われる技術のままである。

本書では、
第1章 新しいお金
第2章 未来の食
第3章 ヘルスケアの進化
第4章 移動の革命
で、世界で起こっているイノベーションの現状を把握している。

さらに、
第5章 エネルギーの過去・未来
第6章 スマホによる「再定義」
で、現在進行している産業革命の現状と日本企業の敗因を考察する。

テクノロジーの進化がデジタル領域中心になってきているため、ハードウェアでの革新が起こしにくくなってきた。しかし、日本がソフトウェアでスタンダードを取れているところはない。プラットフォームの中で戦っているだけでは、イノベーションまでの変革は起こしにくい。また、まったく違う別の主戦場を作り出せるかというと、それだけの経営体力や、技術ビジョンを持った企業が少ない。

失われた30年により、試行錯誤をする体力が失われている。しかし、「我々はやればできる」というプライドと積み上げられた実績により、かつて旺盛であったチャレンジ精神が削がれてしまった。

「あれもこれもやってみよう」と率先して実行する人材が減ると、常識を覆すような発見につながらない。予算や学生の枠は未来を見通して配分しなければならない。これは減点主義の組織では難しく、正しく見通せ、意思決定できる人が報われる組織が予算を配分しないといけない。

令和のノーベル賞ラッシュは昭和の置き土産である。国際競争力を示す一流雑誌への日本からの掲載論文数は低下の一途をたどっている。一方で、日本のアカデミアにおける研究費の分配構造は著名な教授に予算が集中する傾向がある。准教授など若い研究者にまで研究費が分配されない構造となっている。

2021年のノーベル物理学賞の真鍋淑郎さんは、日本からアメリカへ国籍を変更している。光触媒の研究でノーベル賞候補の藤嶋昭さんは、チームごと中国の上海理工大学へ移籍した。

2022年3月、理化学研究所の研究職およそ600人が2023年3月末で雇止めされる可能性が発覚した。逆にイギリスでは優秀な人材を囲い込んでいる。中国の人材招致プロジェクト「千人計画」はすでに10年以上実施している。

かつてハードウェアが好調であった時代は、ソニーのような大企業が「研究者が自由闊達に議論や研究ができる工場をつくろう」という姿勢を見せていた。しかし、企業の利益が下がると、研究予算は真っ先に削られる対象となる。

企業の経営陣に求められるのは、めまぐるしい進化を続ける新しいテクノロジーの本質を正確にキャッチアップでき、そして的確に必要なテクノロジーベンチャーを買収するという決断力である。そのとき、目利きを外注してはうまくいかない。必ず、外から人材を外の報酬基準で雇い、内製化しないといけない。

最も合理的な方法は、ビジネスもテクノロジーもわかる経営者を選ぶか、外から連れてくることである。技術のバックグランドを理解できなければ、会社の方向性は定まらない。

日本でイノベーションが起こしずらい原因は、テクノロジーがわかる役員が少ないことも無関係ではない。イノベーションを起こす可能性を秘めているのは、ルールに疑問を持つことができる最前線である。世間や社内の思い込みの壁を次々と突破していける経営幹部こそ、イノベーションに最も近い場所にいる。

「型」は最終的には崩すためにある。また、プロダクトやサービスから「引き算」をする勇気も求められる。

韓国のエンタメは、「わかりやすさ」「シンプルさ」に相当時間をかけている。また、最初から「外」を意識している。海外のマーケットを視野に入れて、伝わりやすさ(わかりやすさ)を追求している。

今の日本はニッチでも伸びる分野に狙いを定めるべきと言う。まずアメリカを見て、その上、イスラエルなどの他国を見る。制度の枠を外した考え方は中国に学べることも多い。

イノベーションにつなげられる方法は、サンプリング&リミックス、つまり組合わせである。既存のビジネススタイルや過去の栄光を手放し、業界や業種、国をも越えて、幅広い知見とテクノロジーを組み合わせていく。

著者は、巨人の肩に乗って、世界の隅々にまでイノベーションの種が落ちていないか目を凝らそうと提案する。日本の枠を越えて発想する人が増えることも望んでいる。ベンチャー投資家である著者に意見に耳を傾ける必要がありそうである。

上場企業の役員の報酬は増えていると言われている。社内競争に明け暮れ、自己の既得権に汲々とする経営者はいないと思うが、投資をしないために内部留保が増えている企業があると聞く。プレイングマネジャー制度の導入で、中間管理職の忙しさだけが増えているのではという疑念も浮かぶ。最近の円安もあり、IT人材の日本の平均給与が中国を下回ったという報道も見る。

しかし、悲観論で終始するのではなく、過去の事例や海外の事例に学びながら、世界を相手に競争しようとするチャレンジ精神あふれる企業経営者が多数出てくることを切に期待したい。


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