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神武東征旅立ちは阿波倭国内の蜜月旅行

やまとみずほの国に生まれて  第十七話

古事記日向国としか記されていませんが、急な船出のエピソードに因んで八朔の夜に起きよ祭りが行われる美々津神武天皇御舟出の地が、宮崎神宮神武天皇宮崎宮之碑鵜戸神宮神武天皇御降誕伝説地が有ります。最初に立ち寄った宇佐には、神武天皇聖跡菟狭顕彰碑が建ち、古事記には一年過ごしたと記される筑紫国岡田宮には、神武天皇岡田宮伝承地が残ります。

太平洋戦争前年の1940年が紀元二千六百年記念行事ですが、その一貫で神武天皇聖跡顕彰碑は、推定も含め巨大な石碑が19碑も建てられました。第十四話「神武は瓊瓊杵の子?瓊瓊杵は台与の子?」に天孫降臨一宇から矢野への遷都と書きましたので、神武天皇の生まれも育ちも矢野近辺です。近くの鮎喰川から船出するなら、吉野川まで下って、吉野川を遡上します。

そしてイザナギを追うように、第6話「黄泉比良坂は墳墓ハウツー物語」を辿ります。イザナミ眠る不二山の大元である高越山から阿波橘までですが、途中に宇佐神宮の元宮である宇佐八幡神社が有り、宇佐とは宇が狭いと書く宇狭です。第7話「三貴子の誕生は邪馬台国連合国家の誕生」が王権拡大の原動力ですから、同じ道を辿り神武東征前に気を引き締めたのでしょうか。

また辰砂の採掘場である若杉山遺跡の近く、空海が開いた四国八十八箇所の第21番太龍寺縁起に、神武東征時に立ち寄ったと空海が記録しています。そして、太龍寺の那賀川対岸には岡田の地名が残ります。ここで一年滞在するのは、古い坑道が枯れて新坑道を探したのでしょうか。高越山へ墓参り、宇佐八幡神社へ参拝し、辰砂採掘を視察したのなら、阿波倭国内旅行です。

古事記に阿比良比売と記される夫人同行だったなら、ほっこり、ホッコリ。

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