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マックダイエット

前回は腸内のマイクロバイオーム多様性が、ヒトの健康の維持増進にとって重要だということを書きましたが、どうすれば腸内微生物たちの多様性を作り出し、その状態を保つことができるのでしょう?
『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』の共著者で、スタンフォード大学スクール・オブ・メディスンのジャスティン&エリカ・ソネンバーグ夫妻は、「MACs(マック)を食べなさい」と言っています。

MACsとはMicrobiota Accessible Carbohydratesの略で、「マイクロバイオータが利用できる炭水化物」のことです。
ヒトの消化酵素が消化できる炭水化物はグルコースなどの糖質のみですが、マイクロバイオータは食物繊維など難消化性・難吸収性の炭水化物も栄養源にすることができます。
特に水溶性食物繊維の多くと不溶性食物繊維の一部、でんぷんなのに食物繊維と同じような役割を果たすレジスタントスターチなどは、マックとして多くのマイクロバイオータに好まれ、「発酵性食物繊維」とも呼ばれます。
マイクロバイオータはヒトの消化液では消化されない炭水化物がやってくるのを毎日腸の中でじっと待っていて、それらを発酵させ酢酸、酪酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸を作り出します。
生成された短鎖脂肪酸は大腸粘膜組織から吸収され、宿主であるヒトのエネルギー源として使われます。
特に酪酸は腸上皮細胞の最も重要なエネルギー源となり、抗炎症作用など優れた生理効果を発揮します。
また短鎖脂肪酸は、大腸の粘膜を刺激して蠕動運動を促進させ、腸内を弱酸性の環境にすることで有害な菌の増殖を抑制し、過剰な免疫反応を制御するなどさまざまな働きを持っており、日々の便通や過敏性腸症候群などにも効果をもたらします。

ところが 「今やマイクロバイオータは絶滅危惧種と目されている」とソネンバーグ博士は警告を発しています。
現代人の食生活ではマックの摂取量が足りていないため、マイクロバイオータが栄養不足となり、その多様性が失われつつあるのだそうです。
マックは野菜や果実、海藻、豆類、芋類、穀物などさまざまな植物に含まれていますが、精製した穀物や肉類中心の食生活では不足がちとなり、アメリカ人成人男子の推奨摂取量38g、成人女子29gに対して、平均15gしか摂取されていないということです。
現代アメリカ人のマイクロバイオータに含まれる菌種数は1,200で、アメリカ大陸先住民の菌種数1,600に比べ、大分少なくなっているようです(アランナ・コリン『10% Human』より)。

アリゾナ大学統合医療センターのアンドルー・ワイル博士は、「北アメリカ住民のマイクロバイオームを大きく変えた要素」として、次の4つを挙げています。
① 工業生産された加工食品の消費の増加
② 抗生物質の濫用
③ 帝王切開の増加
④ 母乳育児の衰退
マイクロバイオータ多様性の減少問題は、単に食事の変化だけでなく、薬の濫用や、そもそも母親から常在菌のセットを貰い受ける誕生時の在り方の変化にまで遡って考えなければならない、ということです。
Dr.ワイルは喘息やアレルギー、自己免疫疾患などの急激な増加と、この腸内細菌叢の変化は関連して起こっている可能性がある、ということも述べています。

食物繊維不足の傾向は我々日本人の食事にも言えることで、1950年代の食生活では1日平均20gを超える量を摂取していたのに対して、現在では14g程度まで減少し、アメリカ人よりもさらに少なくなっています(厚生労働省「日本人の食事摂取基準2020」)。
食物繊維などマックの摂取量が足りないと、マイクロバイオータは飢えて腸の粘膜層に含まれている炭水化物を食べるようになり、腸の防御機能が衰えてしまいます。
また抗生物質の過剰処方に関しては、日本の病院もアメリカに負けず劣らずの状況ですし、帝王切開の割合もこの20年で倍増して4件に1件となり、母乳率も50%に満たない状態が数十年前から続いています。
花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患が、ここ数十年で大幅に増加した理由は、こういったところにあるのではないかと考えられます。

経膣分娩で生まれる赤ちゃんは、妊娠中に変化した膣内細菌叢に覆われながら、それを防御層として生まれてきます。
母親から貰い受けた細菌群は、生後およそ1週間で皮膚や腸管内に常在菌として定着し、その後一生にわたってその子のからだを保護する役目を果たします。
しかし新生児への抗生剤治療は、マイクロバイオータのコロニー形成に関して、成人に対する場合以上のダメージを与えることになります。
一旦投与された抗生物質は、善玉菌も悪玉菌も区別せずに腸内の細菌群を殺戮し、マイクロバイオータの多様性をその根底から破壊してしまいます。
不必要な抗生剤治療は行わないことが一番ですが、もし投与された場合にはマックによる長期間のリカバリーが必要となります。

母乳はマイクロバイオータの栄養となるヒトミルクオリゴ糖(HMO)を豊富に含んだ、赤ちゃんのための究極のマックともいえる栄養源です。
母乳にはHMO以外にもたんぱく質、脂肪、炭水化物などがバランスよく含まれ、さまざまな種類の生菌や抗体を乳児に与える天然薬でもあります。
米国小児科学会は生後6ヶ月間、新生児に母乳のみを飲ませることを推奨し、WHOは少なくとも2歳まで母乳を与えるのが望ましいとしています。
母乳哺育で育てられた子どもは、喘息やアレルギー、肥満、糖尿症などのリスクが低くなるという報告もされています。
また農場で育った子やペットと共に育った子、兄弟の多い子なども、アレルギー症の発生率が低くなる傾向があるということも言われています。

両親から受け継いだゲノム情報は生涯変えることはできませんが、ヒトゲノムの200倍もあるマイクロバイオームは誕生後に形作られ、成人してからでも調整することが可能です。
そのためには毎日の食事の内容が重要となりますが、さて何を食べれば良いでしょう?
そう、(ビッグマックではなく)マックを食べれば良いのです。

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