山本慎吾

NOBY T&F CLUB専任コーチ 短距離コーチ 元小学生100M日本記録保…

山本慎吾

NOBY T&F CLUB専任コーチ 短距離コーチ 元小学生100M日本記録保持者 11秒73 小学一年生から陸上をはじめ、現在も走り続けている。

最近の記事

陸上競技への自分なりの考え方について

久しぶりの投稿になります。 ここ最近で明確に陸上競技への考え方や取り組み方についてまとまったので ここに書き殴っていこうかと思います。 もう陸上競技をはじめて30年になりました。 長い様で短い様な。 ずっとずっと、速くなることを追い求めてきました。 けど、今は速さのみを求めていないです。 結果、速さは欲しいといったものです。 というのも、自分なりに『スタイル』をもった走りをしたいということです。 第一優先に。 極端な話、自分がかっこいいと思う走りをしたい。 速く走る

    • 全中、インターハイ中止を受けて

      色々な方がこの事についてメッセージを書いていますが 私なりにも書かせていただきたいと思います。 まず、私は全中やインターハイというより どっちかというと 中学生であれば通信大会、都道府県の選手権 高校生であれば地区・都道府県予選・近畿などのブロック予選の方が 思い入れが強い。 なんやろ。 競技レベル関係なく、チーム全体で参加して戦いに行く感じが好きで 全国大会になると出場するメンバーのみで行くことが多いので 私は個で戦い行くというような感覚だった。 もち

      • 中学1年生日本記録が出た理由

        小学生の時に陸上の世界にどっぷりハマった私は 当然中学生になった時にも陸上部にはいることになった。 入部前に一悶着当時陸上部にはヤンチャな先輩がたくさんいて 同級生のヤンチャな友達に 『慎吾陸上部はいるなって先輩が言ってたぞ!』 入部前にそんな一悶着あったが なんやかんやで入れることになった。笑 中学1年生の時は陸上について何も知らなかった当時を振り返ると 陸上のことを知っているようで全く知らなかった。 中学生になって小学生の時にはしていなったトレーニングを

        • デニス・ミッチェル

          『子供はマネの天才である。』 本当にその通りだと思う。 現に子供が物事の情報を得る時に聴覚や味覚などがあるが 視覚が8割を占めていると言われている。 子供の時にいかに本物の動きを見るか。 これが大切になってくる。 私自身子供の頃に憧れマネをしてきた 陸上選手はいっぱいいる。 日本選手だと井上悟選手・伊東浩司選手には かなり影響を受けた選手。 このことについてもまた深く掘り下げていきたいのだが 特に私が小学生の時に影響を受けた選手は デニス・ミッチェル選

        陸上競技への自分なりの考え方について

          最高学年というプレッシャー

          私は最高学年の時に結果がでていない。 小学6年生の時は全国で2位。 中学3年生のときは全国で3位。 高校3年生にいたっては怪我で地区予選で終わってしまった。 小学6年生の時にコーチにこう言われたことがある。 『慎吾、この調子やったら全国勝たれへんぞ!』 今あの時を振り返ってみると、 小学5年生の時は色々な人に全国優勝することを伝えると 返ってきた言葉のほとんどが 『全国にはたくさん速い人がいるから無理ちゃうか?』だった。 そんな言葉を言われる度に 『勝っ

          最高学年というプレッシャー

          続・自分のベストパフォーマンスを振り返る

          小学校の時の練習は週に1回小学生の時に通っていた陸上クラブ『島本ジュニア陸上教室』 は週に1回だけ開催するクラブだった。 練習内容に関してはすいません。 あまり覚えていないのですが(笑) ただJOGをして体操してドリルをしてメイン練習をして 基本を徹底していた練習だったと思う。 褒めてもらって自信がつくただ、鮮明に覚えているのは 練習をやっているメニューでうまい人がいると 練習を一時止めてその人がみんなの前で見本を見せるという時間が あったことだ。 みんな

          続・自分のベストパフォーマンスを振り返る

          自分のベストパフォーマンスを振り返る

          マインドセット年上のお兄ちゃんお姉ちゃんみたいに速く走りたい。 そんな思いでスタートした陸上生活だったが 当時小学1年生から敵うはずのない人に 勝負を挑んでいた。 その時は少しでも近づきたい一心で 何も考えず練習をしていたが 今考えてみると当時の私は 無双状態だったんだと思う。 『年下なんだから負けて当然。 だけどこの状況で少しでも近づけでもしたら 勝ってしまったらみんなビビるだろうな。 おもしろいだろうな。』 常にこのマインドで練習をしていた。 常にワクワク状

          自分のベストパフォーマンスを振り返る

          お兄ちゃんとお姉ちゃんの背中

          陸上競技との出会い私『小学校でなんかやってる!』 父『ほんまやなー!見にいく?』 小学校近くの公園で父親と二人で遊んでいた時に こんな会話をしたことを覚えている。 そこでやっていたのは 地元の陸上クラブ『島本ジュニア陸上教室』だった。 自分より大きいお兄ちゃん、お姉ちゃんが とてつもないスピードで走っている姿を見て ただ黙ってその姿を見つめていた。 『やってみる?』 父親からそう言われ、 当時から走ることが好きだった私は 即答で 『うん』と、うなずき

          お兄ちゃんとお姉ちゃんの背中

          初心を忘れない

          関西実業団選手権大会にNOBY T&F CLUBのみんなと一緒に出場しました。 私は小学校1年生から陸上競技を始めました。 走ることが大好きで、いつも走りの速い お兄ちゃんお姉ちゃんに果敢に挑戦する子供で、それが何より楽しみでした。 もっともっと速くなりたい。 その一心で週に1回の陸上クラブに通っていました。 本当に陸上クラブがある日が楽しみで仕方がなかったです。 初めて出た試合は小学校1年生の夏のことでした。 初めて見る大きい、大きい陸上競技場。 あまりの

          初心を忘れない