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#31 京都大学を中退した医学部生が世界一周してみた

登山と亡き人ーマレーシア⑥

登山を翌日に控えた3月10日、ぼくと朋也はとある海の綺麗な島にいた。


マムティック島と呼ばれるこの島は、ボルネオ島コタキナバルの港から、船で数十分の沖合に存在する小さな島であるが、綺麗な海と、こじんまりとはしているものの、その背後を鬱蒼と覆うジャングルが人気の名景勝地だった。


「明日の登山に備えて、今日はしっかり体を休めようぜ」

そう提案する朋也に反対する理由もなく、ぼくたちは束の間のリゾートを楽しんでいた。


「トモ君、日焼けすると明日登山バック背負った時に大変なことになるよ」


「大丈夫、大丈夫。おれの肌はもう日焼けすんのが不可能なくらい黒いからな」


「それどういうこと、おかしいでしょ」


「いやいや、全然おかしくないでしょ。まあでも念のため今日はTシャツ着て、日焼け防止しますか」


「うん、絶対それがいいよ。というかシャツ着たまま海入ればいいし」


「そうだな!そうしよう、どうせすぐ乾くだろ」


ぼくたちは明日の体調に気を付けつつ、海水浴とシュノーケリングを楽しんだ。

海底まで見透かされることを、まるで厭わない素直な海だった。顔を水に付けずとも驚くほど明確に、水中の魚を鑑賞することが出来る。


そうして水場で一通り遊び、休憩を終えると、次は山場の番だった。

「ヤマイ、あっちのジャングルの方にも行ってみようぜ」


「いいね、行ってみよう。でもさっき濡れたシャツがまだ乾いてないから、気持ち悪いや」


「だな。おれはもう上半身裸で行くけどね」


「え?虫刺されとか大丈夫?さすがに危ないでしょ」


「いや、虫よけスプレーしとけば大丈夫だろ!」


この時ぼくは、なぜ朋也がそんな大胆な行動に出たのか、まるで分らなかったし、それはおそらく朋也自身も同じだったことだろう

とにかく理由のよくわからないまま、ぼくと上半身裸の朋也は、山の方へ向かっていった。


海を背にして山手の方に向かいながら、ジャングルへの入り口を探していると、急にとんでもないものが目に飛び込んできた。


コモドオオトカゲである。


たしかにここは赤道からほど近い、熱帯のジャングルであるが、野生動物というものを日常的に見慣れていないぼくたちにとっては、そんなことは関係がなく、ただ驚きたじろいで逃げるように、その動物から身を離すことしかできなかった。


そもそもぼくたちが、ここマムティック島に来たのは、その時滞在していた宿の従業員に良い所があるから、と推薦されたからだった。


自分たちで調べてやって来たわけではなかったので、島に関する情報は何も持っていなかったし、むしろ情報のないまま飛び込んでみることに、興奮を覚えていたほどだった。


その結果が、このコモドオオトカゲである。


上半身裸にカメラとデイパックを提げた朋也と、その野生動物の取り合わせは、はじめ恐怖感や危機感といった感情をもたらしたが、その場で少し時間が経った後すぐにやってきたのは、笑い出してしまうほどの滑稽さであった。


「冒険家の血が騒ぐわ」


「え?トモ君が冒険家とか冗談でしょ。初めて聞いたけど」


「ジャングルでコモドドラゴンと遭遇、これもう冒険家の域でしょ」


「最初はめちゃめちゃビビッてたけどね」


「うるせー」


厳しいような可笑しいような、不思議なジャングルの洗礼を浴びたぼくたちは、その後入り口を見つけ、木々の繁る場所へと入っていった。


最初に見かけた動物が例のオオトカゲであったことから、さすがに少し緊張感を感じていた。


どんな動植物や昆虫がそこに巣食い、不意の闖入者に対して牙を剥くとも分からないのだ。


自己防衛のためだろうか、小心者である自分を過剰に演出しているぼくは、ゆっくりと歩を進めていたが、それをよそに朋也はずんずんとジャングルの奥へ進んでいった。


途中さすがに警戒の色も抜けてきたぼくと、最初から警戒心などまるで抱いていない朋也は、ジャングルの中で、「冒険家トモ」などといったごっこ遊びを始め、生まれてこの方聞いたことの無いであろう大爆笑を、木々に浴びせていた。


そしてその後何匹かのコモドオオトカゲと遭遇はしたものの、蓋を開けてみればこれといって危険な目にも遭わず、一時間ほどの探索は終わってしまったのだった。

こうしてかなり想像と違ったやり方で、マムティック島の海と陸を楽しんだぼくたちは、再び船に乗り込んでコタキナバルへと戻っていった。

続く

第1話はこちら
https://note.mu/yamaikun/n/n8157184c5dc1


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