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【在宅ワークのススメ】私はこの日、ライターになることを決めた

2018年9月。私は自治体とクラウドワークスが合同で開いていた「Web系在宅ワーク実践講座」の会場にいた。受講者は50人もいただろうか。周りは知らない顔ばかりだ。
勤めに出ることができない今の自分に残された働き方は、多分、これしかない。
3日間の講座で、学べることは全て吸収しようと腹をくくっていた。
爽やかな講師が、穏やかに講座を進めていく。まだとても若く、とんでもなく優秀な人だった。クラウドワークスってすごい会社だな、と舌を巻いた。
私はこの日、ライターになることを決めた。

大学スタッフとして働く


話は7年ほど前にさかのぼる。
新しい大学ができて、スタッフとして働くことになった。
この大学には全国唯一の変てこな学部がある。私の仕事は、このユニークな学部の教授たちのサポートをすることだった。
開学直後の大学はドタバタだ。何しろすべてが初めてのことばかり。とにかく大学を大学として機能させなければ。オープンキャンパスや大学祭などのイベントも、みな手探りだった。

1年が経ち、2年が経ち、学生が揃っていくにつれて、仕事はどんどん増える。
忙しかったが、面白かった。大学の歴史を作っている実感があったから。
学部が珍しすぎて、ここで何が学べるのか世間や受験生にわかってもらえない。よりよく理解してもらうために、学生たちの活動や学部の実習などを、取材して発信する仕事も任された。
充実して働いていた。そう、あのときまでは。

次男、不登校になる


次男が3年生のときのことだ。2学期の始まりと同時に、体調不良を訴えた。
診てもらったがどこも悪いところはないらしい。けれども、体調はよくならず、食事もほとんどとらない。気力もない。
これはおかしい。
何かが起こっている。

病院をはしごした。
数週間が過ぎて体調は少しよくなったが、学校へは行けないままだ。
仕事をしながら、時間をやりくりしてあちこちに相談に行った。フリースクールや塾も訪ねた。次男が通えそうなところはどこにもなかった。
そして、以前からひそかに気になっていたことを確かめるため、医師とも相談して検査を受けた。

不登校から3ヶ月。
発達障害の1つである「自閉スペクトラム症」の診断がおりた。

次男は人とかかわることが苦手だった。周りをびっくりさせるぐらい得意なことがある反面、なぜだか全然できないことがあった。けれども我慢して頑張っていた。
そしてとうとう頑張れなくなって、学校へ行けなくなった。

後で知ったのだが、発達障害の子どもはこの辺りでもかなり多い。診断できる医師が限られているため、受診まで1年待ちということも珍しくない。3ヶ月で診断が下りたのは運がよかった。
診断があると、療育を受けられるようになる。
療育とは、子どもが専門家の力を借りて自分と社会を知り、周囲とうまく過ごしていける方法を学ぶことだ。
しかし、今すぐに療育を受けるには、日中の中途半端な時間に送迎が必要になる。仕事との両立はどうやっても不可能だ。
仕事を辞めなければならなかった。

次男と向き合う毎日が始まった。不登校や発達障害のこと、どこでどんな療育を受けるべきか、どのように接したらよいのかなど、親として知らなければならないことは、いくらでもあった。
だが、つらかった。
親としてだけの時間が過ぎていく。もともと転職を繰り返し、キャリアなんてないようなものだったが、それでも、充実していた仕事の時間がない。

もっとつらいのは、この子だ。そう思っても、もやもやとした気持ちは消えなかった。この子にこれからどれだけの教育費や生活費が必要なのかも、わからなかった。

在宅ワークに出会う


仕事を辞める少し前に、ある記事を見つけた。
市が「在宅ワーク支援事業」に乗り出しているらしい。
在宅で行うデータ入力や、ライターの仕事などが紹介されていた。
大学でやっていることと同じだ。もしかしたら、これが私の進む方向かもしれない。そう思った。

その数ヶ月後。次の講座が行われることを知った。
次男は保健室で過ごせる時間が増えてきて、落ち着きをかなり取り戻していた。
とはいえ、途中で限界になり、電話を受けて迎えに行く日もまだ多い。
今の私は、勤めに出ることができない。この働き方しか、ない。
すぐに申し込んだ。

3日間の実践講座で、在宅ワークのやり方や、ライティングや事務タスクの基礎を学んだ。
まずは「2ヶ月」続けてみようと、背中を押してもらった。

最初は1記事書くのに10日もかかった。
時給を考えるとくじけそうになったけれど、この道しかなかった。
一緒に受講した人の多くは、だんだんと次のセミナーに姿を見せなくなっていったが、1つずつ、とにかくそのときにできる最高の記事にしようとあがき続けた。
講座で出会った先輩たちや、クラウドワークスの方たちの支えがなかったら、今の私はない。

さまざまな理由で勤めに出られない人がいる。
そして、在宅で働ける仕組みがある。
与えられた機会とたくさんの人との繋がりに、感謝している。

今とこれから


たくさんの方に支えてもらって、次男はこの春、小学校を卒業する。
私はライターを始めて3年目になった。書いてきた記事は300ほどだ。今後、不登校や発達障害のお子さんと保護者の力になれるような記事を書けたらいいな、と考えている。

2020年の秋からは、みんなのカレッジのWEBライターコースに、メンターとして参加させてもらってもいる。ライターを育てる側の仕事だ。
そんな大それたこと、とんでもないと思ったが、これも縁だと考え直した。
在宅でも働けるよ!と、精一杯の声で伝えていく。

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