見出し画像

沈む夕日が美しい駅で

◇◇ショートショートストーリー

取りあえず乗った列車は瀬戸内海の海岸線を緩やかに走って日本で一番海に近い駅「下灘駅しもなだえき」に到着しました。夕暮れ前の海の景色は健一の心を少しは癒してくれそうです。彼の心は空虚でした。


大学で同じゼミだった美樹と付き合い始めたのは入学してすぐでした。美樹とはたまたまアルバイト先が同じだったのです。キャンパスで授業を受けてふたりでそのままレストランのシフトに入っていました。

美樹は生真面目な健一とは違って誰とでも友達になれる、開放的な女性でした。健一にとっては彼女の存在がとても新鮮だったのです。アプローチを掛けてきたのは美樹でした。

「今度、友達グループとドライブに行くんだけど一緒に行かない、メンバーは写真マニアが多いの、健一君はカメラ持ってる」と訪ねてきました。健一は父のカメラ好きが高じて、自分もカメラを趣味で始めていました。

「うん、いいよー、僕の一眼レフ持っていくから」と言うと「いいねー、じゃ行こう、行こう」それがきっかけでふたりは何となく付き合うようになったのです。

健一は美樹の積極的な性格に圧倒されながら、どんどん彼女にはまっていきました。「今度、私のマンションに遊びにおいでよ」そんな風に誘われてふたりは何時しか深い関係になったのです。

健一は大学を卒業したら、きっと彼女と結婚するんだろうなと思っていました。ところがある日から美樹の健一への接し方が激変したのです。それは美樹が夏休みに故郷に帰って高校の同級会に参加してからでした。

健一へのメールの返信がそっけなくなったのです。「美樹ちゃん、今夜マンションに遊びに行ってもいい」すると美樹からは「あー、今日は女友達が来るから無理、また今度」そんなことの繰り返しで、健一はおかしいなと思い始めていました。

ある日、ふたりがバイトをしているレストランに、長身のイケメン男性が訪ねてきました。美樹と親しそうに話しています。「あれ、誰なんだろう」と思って美樹に尋ねるよ「あー、彼は田舎の同級生、昔からよく遊んでたの」彼女は軽く答えました。

しかし健一は嫌な予感がしていました。彼と話す美樹の表情がとても親しげだったからです。

健一が「今日帰りに遊びに行ってもいい」と訪ねると美樹は「あー、今日は先約あり、ごめんね」またまたそっけない返事です。

翌日、健一は意を決して彼女のマンションを訪ねました。ピンポーンとチャイムを鳴らすと中から声が聞こえます。「美樹、チャイムなってるよ、宅配じゃない」

「あー、じゃあ出てみてくれる」と甘えた美樹の声がします。

そして扉が開いて、健一の目の前に現れたのはパジャマ姿の男性でした。

健一はバツが悪くなって、その場を立ち去りました。彼にはその時すべてが呑み込めたのです。

そのまま彼は電車に飛び乗りました。

気が付いたら昔父親と写真撮影に出掛けた事がある、愛媛県伊予市の下灘駅に来ていました。降り立った健一は夕日を狙って撮影に来ていた数人のカメラマニアと一緒に穏やかな瀬戸内海に沈む美しい夕日を眺めていました。

「父さんと来た時と同じだ、海に沈む夕日、本当にきれいだなー、何となく癒される・・・」と思いながら父の言葉を思い出しました。

「健一、父さんとお母さんはこの駅で出会ったんだよ、カメラが好きなふたりがね、夕日を撮影しようとやって来て、偶然にこの駅で初めて出会ったんだよ」

「えー、お父さんそんな話初めて聞いたよ、お母さんもカメラが好きだったの、知らなかった」「そうさ、昔は父さんより上手かったんだよ」


その時、父親からこんな話も聞いていました。「この駅の近くの、沈む夕日が立ち止まる町って言われている双海町ふたみちょうって言うところがあってね、”恋人岬”があるんだよ、おまえ好きな人が出来たら、何時か行ってみるといい、父さんも母さんと行ったんだよ恋人岬」その話を聞いてから健一は何時か絶対誰かと恋人岬に行きたいと思っていたのです。


下灘駅のプラットホームで静かに沈む夕日を眺めながら、健一はそんな中学時代の話を思い出していました。

その時です、健一はシャッターチャンスを狙ってアングルを決めていたカメラ女子に声を掛けられました。「わー、いいですねー、そのシルエット、そのまま海を見ていてもらえますか、黄昏てて、素敵・・・」

それが健一と真理子の初めての出会いでした。この時健一はこのカメラ女子と恋人岬に行くことになるとは思ってもいませんでした。

【毎日がバトル:山田家の女たち】

《あの辺りは本当に沈む夕日がきれいんよ》


お昼ご飯に豚肉の野菜炒めを食べたばあばと。

「下灘の駅は味があるんよね、あそこに行ったら若い日の思い出になら、い夕日は人の心をひきつけるもんがあるけんねー

「お母さん、恋人岬は知っとった」

「私は知らんかったんよ、ほじゃけどあの辺りは本当に夕日がきれいなけんねー、列車の中からでも海に沈む夕日がきれいに見えるけんねー

母は家族で列車に乗った時のことを思い出したようです。瀬戸内に沈む夕日は本当に美しく一見の価値があって、忘れられない映像として残ります。


【ばあばの俳句】


冬夕焼寄り添う二人瀬戸の海


母が今回のショートショートストーリーに出てきた恋人岬をイラストに描き、句に詠みました。伊予市双海町の恋人岬には恋の成就を求めてたくさんのカップルが訪れます。

夕日が海に沈む頃、寄り添っている人たちが、絵になる場所です。春分の日と秋分の日にこのモニュメントの真ん中の穴に夕日がすぽっと入るんですよ。


最後までお読みいただいてありがとうございました。
たくさんある記事の中から、私たち親子の「やまだのよもだブログ」にたどり着いてご覧いただき心よりお礼申し上げます。
この記事が気に入っていただけたらスキを押していただけると励みになります。

私のアルバムの中の写真から

また明日お会いしましょう。💗

この記事が参加している募集

#この街がすき

44,017件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?