【小説】綺羅星と月城
ハロウィンの綺羅
ハロウィンパーティー。
思い思いの仮装をして集うイベントは、テーマパークの集客のために打ったキャンペーンの名残である。
お祭り好きの日本人らしく、ビジュアルの面白さから瞬く間に浸透した。
元々ホームパーティーを開く習慣がなかったため、日本では大がかりになる傾向がある。
芸能界や映画業界で開かれるハロウィンパーティーともなれば、マスメディアに取り上げられるため途方もないコストをかけて行われる。
有名芸能人や著名な俳優同士では、事前にテーマを決めて分担している節もある。
SNSではうわさが飛び交い、10月31日に伝説ができるのである。
たまたまタレントの知己を得て参加できることになった俳優のタマゴにとっては、ビッグチャンスだった。
飛び上がるほど嬉しさに熱狂した後で、頭の中をパーティーが支配していた。
「何を着ていくか ───」
弓波は、自作の動画を配信したりラジオ番組を運営するなどしてきた。
キャラづくりのために地道に更新し続け、少しずつ認知されつつある。
もしもパーティーで注目されれば、一気に知名度を上げることができる。
だが奇をてらえば雰囲気を壊してしまう可能性もあるから、ただ目立てばいいわけではない。
針の穴を通すような、画期的なアイデアが求められた。
「どうしたものだろうな ───」
腕組みをして、薄暗い部屋をゆっくり歩く。
足音はほとんど立たず、目に何も映らなくなってきた。
一代の野望の炎は胸にあるが、頭は真っ白なままである。
「もう、寝ちまおう」
頭の後ろに手を組んで、ゴロリと横になった。
背中に冷たい床の感触。
考え疲れて落ちていった。
星屑の下で
薄いピンクを基調にした、桜色の衣装。
スポットライトはほんのり淡く、人影を浮かび上がらせる。
儚い気配と共に、少女たちが現れた。
足元には綿のようなスモークが漂う。
凝った演出に酔いながら、気分は最高潮に達した。
大音響のBGMに、ファンたちの声援がかき消される。
夜の闇を切り裂くようなギターが、下手くそな歌を和らげてくれた。
「私、なんで苦手な歌を歌い始めたんだっけ ───」
他人事のようにペンライトの揺らぎを眺めていた。
口からは勝手に歌声が紡がれる。
音程が致命的なほど狂っている。
それでもファンは気にしない。
季節外れな桜コーディネート。
「りなちゃ───ん!」
自分の名前を呼ばれると、そこだけクリアに残る。
「みんな!
今夜はありがと───う!」
口角を限界まで上げ、目がアーチになる。
そして顔を30度に振った。
勝負アングルで、目いっぱいの営業スマイルである。
毎日練習した踊りとスマイルで勝ち残った。
アイドルは虚像である。
作られたイメージに聴衆は熱狂している。
「みんなにお知らせがありま───す!!
公式アカウントで好きなコスチュームを書いてね!
今年のハロウィンも、楽しみにしててね!」
そうだ、もうすぐパーティーだった。
どうせプランは会社の手の中である。
何を着るかはまだ知らされていないし、知ってもしょうがない。
統計的に反響が大きい戦略を練って、ハロウィンパーティのコスチュームが決まるのである。
そんなものが楽しいものか。
ちょっぴり残念な気持ちを引きずりながら、顔は笑っていた。
プレイングマネージャー
眼に光を与える強烈なスポットライト。
キセノンランプや白熱電球は熱を発するためスタジオが熱くなったものである。
今ではLEDが普及したので、発熱は少なくて明るさだけをもたらしている。
タレントのあり方は、特定のマスメディアから解放されつつある。
マルチタレントという言葉は死語になり、だれもがマルチに活躍している。
桜坂 拓哉と言えば、押しも押されぬビッグネームである。
20年ほど前に一世を風靡した。
地方へ行くと、ほとんど神様を拝むように遠巻きに黒山の人だかりができた。
神々しすぎて現実味がない、といった雰囲気である。
アイドルにはオーラがある。
立ち居振る舞いのすべてに隙がなかった。
そして、歳をとった今でも徹底的に磨き抜いた顔が輝きを放つ。
伝説のアイドル桜坂は、プロダクションを経営していた。
気分的にはそちらが大事である。
自分自身のピークは過ぎたし、チヤホヤされたいとも思わない。
若手をインキュベーションしたい。
時代性があり、普遍的なアイドル像を作りだすことがライフワークになっていた。
「今年のハロウィンパーティーは、どう攻めるか ───」
顎に拳を当てて呼気のリズムで思考する。
足をくんで椅子に座ったまま、俯き加減に目を閉じた。
眉間には皺を刻み、時折唸り声を漏らす。
身体を小さく前後に揺すり始めた。
羽化登仙
スタジオには湿った熱い空気が漂っている。
黄色い光が強烈に肌を照らし、あらゆる方向から影を消している。
昼なのか、夜なのかもわからず喋りつづける仕事。
金は使いきれないほど稼いだが、仕事の連鎖から抜けられなくなっていた。
今日はレギュラーのトーク番組、終わったらホールへ移動して歌い、自宅に籠って執筆。
明日は講演があるので原稿も書かねばならない。
フリートークと違い、事実を話す場合には正確な原稿が必要である。
若いころから頼まれた仕事は断らなかった。
忙しさを理由に断るのは大人ではない。
ましてタレントであれば、すべての要求を飲んでこそである。
タレントは超人でなくてはならない。
水瀬はいわゆるマルチタレントとして、何でもこなす。
最近はラジオや映像制作の会社も設立し自前で番組を作っている。
名前が通ってくると、何をやってもすぐに反響を得ることができた。
「どこかに光るタマゴはいないかな ───」
口癖のように呟いた。
最早自分が売れることに関心がなくなった。
人気がなくなったら隠居しようとも思わない。
すべて成り行き。
水面に浮かぶ笹船のように流れに任せて生きていた。
だが眼だけは爛々として、若い才能を見つけようと躍起になっている。
「今年のハロウィンパーティーでは、何かが起こるだろうか ───」
マスコミのあり方が変化している。
情報発信のすそ野が広がったため、アマチュアが増えた。
要するに一部の才能に金が集まる時代ではなくなった。
タレントの才能は総合力である。
ビジネスセンスも欠かせない。
何らかの虚像を作りだし、価値を生み出す商売である。
月の城に集う
都内某所のテレビ局前の特設会場で、タレントと一緒に一般人がパレードできるイベントが開催される。
ステージではライブが行われ、周辺は人で埋め尽くされていた。
羽月 りなはライブ会場でセンターを務め、昼間から熱狂の渦を作りだしている。
「はあ ───
疲れたわ」
控室でどっかりと腰を下ろし、天を仰ぐ。
口の周りには涎がついている。
「なんで竹咥えるのよ」
ピンクの和服に竹。
長髪のカツラをつけて踊る。
かなり無茶なシチュエーションだがお祭りらしいと言える。
「まあ、エンターテイナーの宿命よね ───」
独り呟いて、化粧を整えるのだった。
大通りの真ん中を歩く桜坂 拓哉は、白いコスチュームだった。
袖と裾には炎。
喉元は詰襟である。
腰に刀を刺すのは珍しくない。
時代物にしては華やかだった。
「何だかわからないが、かっこいいな」
何となく気に入っていた。
一番の人気キャラだそうである。
行く先々で歓声が沸き起こり、ファンがスマホを向けてくる。
すっかり慣れているし、関心事は別にあった。
「金のタマゴはいないものか ───」
今年は何かがある。
胸の高鳴りを感じていた。
水瀬 彩那も芸能界の大物である。
白パンツに黒ジャケット。
白いカンカン帽でビシッと決めたキャラだった。
男キャラとのことだが、少しパーマをかけて目深にかぶれば誰でも着こなせそうだった。
普通にセンスのいいコーディネートで、パレードの最後尾を務めるにはふさわしい。
威厳のある空気をかもし出し、圧倒的な存在感があった。
妙なキャラづくりだと思っていたが、観衆の眼をくぎ付けにしている。
仕掛け人のストーリー通りにパレードが進み、タレントの配置も完璧に組み立てられていた。
月見草のように
「黑いヒヨコ知ってる?」
唐突な質問に、桜坂は振り向いた。
「何だって?」
「バズってるのよ」
パソコンを開いた水瀬は、動画サイトを開いた。
日本屈指のチャンネルで、ハロウィンイベントの模様が取り上げられている。
どこから撮っていたのか、会場の全景が映る。
パレードの先頭から最後尾までを画面に収め、その一部がズームされていく。
「桜坂さんと私が食われてるわ」
「なんだって!?」
羽月は自身のSNSをチェックしていた。
ファンはライブでのサプライズコスチュームについて、書き込んでいた。
反応は上々である。
長い髪を振り乱し、竹を咥えて必死に歌う顔はいつも笑顔である。
涎が漏れないように、必死に飲み込んでいることなど微塵も感じさせない。
画像と動画が無数に上がり、陶酔ぎみのコメントが添えられた。
あらゆるアングルから、竹を咥えた羽月が捉えられていた。
その中の一枚に目を留める。
「なに?」
全身黑い男が、卵の殻を被っているのだ。
さまざまなキャラがひしめき合う中で、際立って見えた。
俯いて、とぼとぼと歩いている。
人生の悲哀を背負った、妖気のようなオーラを纏っていた。
彼がいる空間だけ、ぽっかり穴が空いたように暗く沈んでいる。
成功したアイドルの直観で、只者ではないことはわかった。
背中を冷汗が伝い、身震いがする。
桜坂に連絡を取った。
「あの、黑いヒヨコの人見ましたか?」
「ああ。
水瀬さんに教えてもらってね ───
誰だか知ってるのかい?
教えてくれないか」
線香花火の妖異
部屋の明かりは消えたまま。
狭い部屋には不似合いなソファに身体を沈め、弓波は考えた。
「タマゴの帽子に黑いヒヨコって ───」
意味不明だった。
華やかな会場で、思いっきり浮いていた。
考えてみれば一般客でもお金を払えば参加できるイベントである。
埋もれてはいないにしても、目立とうとして逆を突いたつもりが空振りだった。
黑いヒヨコは、親から無視され虐められ涙をこぼしながらも前向きに生きるキャラクターである。
逆境にめげずに生きていく、人生の深い教訓を含んだ幼児教育ともいえる。
役者として、演じ甲斐がありそうだと思うが、やはり奇をてらっていた。
「失敗を糧にして頑張ろう ───」
自分を慰めるようにつぶやく。
眼を閉じると、深い眠りに落ちていった ───
携帯電話の着信音が微かに聞こえる。
右手をテーブルに延ばし、スマホを探る。
画面には、見慣れない番号が出ていた。
1秒ためらってから応答した。
「もしもし。
私は桜坂 拓哉と申します。
弓波 大樹さんですか」
桜坂って ───
友人にそんな名前は思い当たらない。
質の悪いキャッチセールスかもしれない。
多分ろくな電話ではないだろう。
少々不機嫌な声を出した。
「そうですけど」
「ああ。
よかった。
先日のパレードに参加してましたよね」
「パレード ───」
「ハロウィン企画のやつです。
私は前の方にいたので直接見ていないのですが、動画が上がってましてね」
「はあ」
「羽月ちゃんと水瀬さんが一目で気に入った様なんですよ」
「んん!?」
単語を繋いでいくと、桜坂という人物はもしかして ───
ようやく現実を受け止め始めた。
飛び起きて立ったまま外に目をやった。
「失礼ですが、桜坂さんは ───」
「そうか、失礼。
突然名乗ってもどこの誰かと思いますよね。
タレントを養成しコンテンツ制作などをしている桜坂プロの代表、桜坂 拓哉です。
早速ですが、今度制作する映画のオーディションを受けてほしいのです」
『卵の眸』と題した映画の中で、パレードで見せた役作りに似たキャラがいるのだそうだ。
たまたま当たった感は否めないが、プロが目を留めたのである。
黑いヒヨコというネガティブなキャラになり切って歩いた姿を、しっかりと受け止めている人たちがいたのだった。
こうして弓波の映画俳優人生が始まった。
つづく
了
この物語はフィクションです