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「イグアナの娘」「母性」に見る母子関係の難しさ

Netflixで「母性」という湊かなえさん原作の映画がやっていたので見ました

お二人の演技力がすばらしい

なかなか振り切ったキャラクター設定で
ここまではなかなかいないでしょう、と思いつつも
要所要所では思い当たるところがあったり
よく聞く話だったり
引き込まれました

母親が好きすぎて
母親に喜ばれることを生きる道筋として生きてきた主人公が
自分の感情外の夫と(母親が喜ぶと思い)結婚し
娘を授かり育てていく話
育てる…といえるかはわかりませんが
(主人公はずっと娘だったような気も…)
軸としてはキーパーソンがそれぞれの母親ですね

母(?)でも娘でもある主人公
主人公の母でありながら、精神的にはおそらく孫の母(無償の愛を届ける人)ともいえる祖母
主人公の娘
主人公の義理の母親
みなさん一筋縄ではいかないキャラクター設定でした
おそらく設定が大正、昭和初期なのかな?という環境設定でした

自分から惚れて一緒になったパートナーでさえ愛し尽くすことは難しいのに
「どうぞ、この子を愛して育てなさい」
とか弱い赤子を目の前にしたときに
とまどう母親が多いのは仕方がないと思います
そのとまどいは、初対面の時かもしれないし
おなかにいるとき、言葉を話せない喃語時代
言葉を話し意思をはっきり伝えるとき(自己主張)
自分と対等になるとき(中学生以上)
自分を超えてくるとき

いろいろなタイミングで戸惑うのだと思います

私も、娘が自分と性格が真逆なため
どのように伝えればいいのか
どうしたらわかりやすいのか、など苦悩しました
なので私は言葉を話すようになってから苦悩しましたが
娘は、きっと言葉を話す前から
私の関わり方が受け入れがたいものだったことでしょう

「母性」を見ていて思い出したのが
萩尾望都先生の「イグアナの娘」
という漫画です
(こちらもドラマ化されています)

どれも名作の萩尾先生 

こちらは自分と似ている娘に嫌悪感を抱いてしまうお話です
最後は少しファンタジー要素もありますね

私も娘であり、母になりました
「イグアナの娘」は自分が娘時代に
今回の「母性」は母親となってからですから
見方がまた違うかもしれません

また私の母は少し変わってましたし(あらゆる意味で破天荒な母でした)
自分も変わった子どもだったかと思います(そんな破天荒な母が、この子は病院に連れて行った方がいいのか・・・と何度か悩んだそうですから)
とはいえ、無条件の愛を強要されたに近いことは
立場が違えど同じだと思います

今思うと、私の母は自分の母からの愛情に飢えていて
私が成長(成熟)したかと思ったら
私のことを母親代わりにしていた節があります

とはいえ、それまでは私にとって愛情深く
無償の愛をナイアガラの滝のように注ぎまくってくれました

おそらく
大人になりきれていなかった(自己受容ができていなかった)状態で
母親になったというのは みんな同じかと思います
(私ももちろんそうだし、ほとんどの人がそうなのでは)
だからこそ、みんなドラマを抱えていますよね

このようなドラマや漫画が
現実的には思えない人は、まだまだ母性経験が足りておりませんな

たまに男子もまきこまれているようです
「血の轍」は母と息子が主の話です

この話も衝撃的でした 

ほんとに、実際にすごーく大変なんだから
夫のみなさんは、ちゃんと支えてあげてほしいなと思います

なんにせよ、完璧すぎる母親というのは
あまりよろしくないな、と感じるのです

母は、嫌われてなんぼ
いや、もちろん程度はありますが(∩´∀`)∩
語弊があるかもしれないので、言葉を変えると
ある程度つっこみを入れられるくらいの母親の方が
子どもは健全に育つのではないかと思うのです

一番いいのは
うちの母親、私のこと好きすぎるんだよね~
と愛情は感じさせつつも、少し困ったところがあると
軽口をたたける存在

この映画や漫画に出てくる母親は
いろんな意味で遊びがないのよ

みなさんはどう思いましたか?


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