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カクテルパーティー効果(但し君限定)

ある晴れた日曜の22時。

僕は、いつもより少し遅めの時間に、恒例のランニングコースをひたすら走っていた。

5キロほど走り、いつも給水場所としている四角公園で、ベンチに座っている本田さんを見かけた。
学校でポニーテールにしている髪の毛を、今日はおろしていた。

本田さんは、中学1年から3年の今まで、ずっと同じクラスだ。
家庭科の調理実習も、学園祭で披露した創作ダンスのチームも、修学旅行の班も同じ。

僕も本田さんも、会話の中にユーモアを交えてみんなを笑わせるタイプ。

僕は、昼休みになったら、体育館でバスケをする。
本田さんは、僕とは別のグループで、いつもバドミントンをしている。
たまに僕らのグループと混ざり合って、一緒にバスケをすることもある。

どこからどう見ても、仲の良い男女だ。

でも、僕と本田さんは、一度も話したことがない。


本田さんは、いつも笑顔だ。奥二重でさっぱりしている顔をくしゃっとさせて、眉間にシワを寄せて笑う。
しかも、ゲラだから、誰が何をしてもケラケラ笑っている。
この間も、3時間目の数学の授業で、誰かがシャーペンを落としただけで、ケラケラ笑っていた。

本田さんは、おしゃべりが好きらしく、いつも楽しそうに誰かと会話している。
本田さんが、他の誰かとしている会話を聞いているうちに、少しずつ本田さんの事が分かってきた。

①小学生の弟がいる。ちびまる子ちゃんが好きで、まる子ちゃんの真似をよくするらしい。

②お母さんが看護師で、お父さんがライブの音響の仕事をしているから、家には弟と2人でいることが多い。

③料理が苦手。味付けが苦手で、全部しょっぱくなる。

④しゃべくり007が好き。特に、ネプチューン名倉とチュートリアル福田が好き。

今、四角公園のベンチに座っている本田さんがいる。 学校でケラケラ笑っているいつもの本田さんが、すぐ目の前にいる。
本田さんの家は、確か僕の家から徒歩5分くらいだったはず。
家から5キロも離れたこの公園に、本田さんがなぜか1人でいる。

僕は、2年と半年、一度も会話したことがない、本田さんが座っているベンチに近づいた。
ランニングしていたせいなのか、上がっている息を押し殺して、ゆっくり近づいた。

本田さんは顔をあげて、少しも驚いた顔をせず、僕の目を通り越して、更に上を見あげて、こう言った。

「星」

「…?」

「家の近所の中だと、この公園の、この位置がさ、一番綺麗に星が見えるんだよね」

本田さんは近所と言ったが、四角公園から本田さんの家までは、およそ5キロ近く離れている。
本当は、僕の家と近いことを知っているけど、知らないふりして聞き返した。

「近所なの?この辺」

本田さんは、いつも通り、眉間にしわを寄せて笑った。
いつもの本田さんだ。

「全然。結構遠い。最初はもっと近場で探してたんだけどね、無いの。大通り近くだからさ、ちょっと明るいの、私の家の方。家の近所っていうか、家から一番近い、星が綺麗見える場所だね。」

そう言った本田さんの目は、眠たいのか、いつもより二重の幅が広くなっていて、星みたいにキラキラしていた。

キラキラした目で、本田さんは言った。「世の中の電気がぜーーーんぶ消えたらさ、今、私達には見えないものが、全部見えるようになるのかなぁ。」

本田さんは、今見えない何かを、ここで見ようとしているのだろうか。本田さんと初めて話せた喜びと、本田さんの不思議な言葉に、頭が回らなくなった。


「電気がぜーーーんぶ消えたら、見えてるものが、見えなくなるよ。しゃべくり007とか」

言葉が無意識に口からこぼれ落ちた。

しまった。僕が常々盗み聞きしていた、本田さんから直接聞いていない話題を振ってしまった。

「え〜それは困るかも、てか明日じゃん、しゃべくり。明日さ、ゲスト、ゆりやんなんだよ、私、ゆりやん好きなんだよね。だから、明日の21時から1時間は勘弁してほしいなぁ。」

いつもと変わらない様子だった。
本田さんは特に何とも思っていないみたいだ。
良かった、キモいと思われたらどうしようと思った。

胸を撫で下ろしながら、ふと思った。

本田さんは、僕のことをどう思っているんだろうか。
ただのクラスメイト?たまに一緒にバスケする仲?

僕は、本田さんのことを少しだけ知っている。

家が近所なこと、弟がいること、笑うと眉間にシワが寄ること、料理が苦手なこと、しゃべくり007が好きなこと、いつもポニーテールなこと、ゲラなこと、両親の仕事のこと、眠くなると、二重の幅が広がること。

しゃべくり007は見たこと無かったけど、今じゃ毎週欠かさず見るようになった。
ライブの音響の仕事が、いまいちよく分からなくて、調べたら、ライブやコンサートで、音を調整する仕事で、PAエンジニアと呼ばれることも知った。
体育館でバドミントンをやる君を見たくて、僕は好きでもないバスケをしに、友達を誘うようになった。

僕は、2年半という年月を重ねて、いつの間にか、僕と話して、眉間にシワを寄せて笑う君の顔が見たいと思っていた。

そんなことを思う僕を見ながら、本田さんは、眉間にシワを寄せたいつもの笑顔で言った。


「夜遅いし、弟寝たあとこっそり抜けてきてるから、バレたら怒られちゃうかも。
たしか私たち、家近いよね?一緒に帰ろっか。」


やくにき

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