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【掌編小説】大貧民

セルバンテスは著書『ドン・キホーテ』の中で、こう言った。

There are only two families in the world, the Haves and the Have-Nots.
家柄ってのは、世界にたった2つしかない。持てる者と持たざる者、どっちかだ。


常識が変わる速さは、忍び寄るようにゆっくりの時もあるし、時として一瞬のこともある。『大貧民』というゲームで、さながら同じ数字のカードを4枚揃えるように、スペードの3が突然最も強くなることもある。
ある王国で、「貸し」と「借り」が逆転したのも、前触れのない夕立ちのように突然のことだった。


城の前に、ボロ切れを着た汚らしい男が立っている。男はそびえ立つ城を見上げて言った。
「やっと面白くなってきたぜ」

元々、町のゴロツキだったこの男。悠々と城の門をくぐり、中へと入っていく。今日から俺の職場はこの城だ。

目をひん剥くほどの借金と、他人に寄生するような借りの実績を買われ、王国の幹部に登用されたのだ。今日から国王直轄の格差変革推進室というところで働くことになる。


今となっては、何が価値観を変える明確なトリガーだったのかはわからないが、最初のきっかけは大恐慌だろう。
この恐慌によって、困窮している人ほど王国政府から多くの助成金を受け取った。様々な事情によって働けない人ほど、働かずに金をもらった。営業できない市中の店にも金がばら撒かれた。

その反面、資産を持っている奴ほど大損をこいた。高騰することが見込まれていた土地や株は、数時間のうちに野山や紙切れと同じ価値に値を下げた。税金は傾斜の角度がより急になり、金持ちから多くの税金を巻き上げた。文字通り”持っている者”ほど削り取られた。

みんな思ったはずだ。いざという時の荷物は軽い方が良いのだ、と。


王国内で極端なミニマリズムが加速した結果、奇妙な事態が起こった。

これまで金やコネクションによって、他人に大いに「貸し」を作っていた人の身分が急落し、世間で虐げられはじめた。

反対にこれまでさんざん人に迷惑をかけ、何年かかっても返せないような負債を抱え、「借り」を作り続けた救いのない厄介者ほど、旧来の常識に反旗をひるがえすアイコンとしてもてはやされ、新時代の象徴となった。

今まさに、従来までの貧富の差、パワーバランスが崩れようとしていた。


「こいつらはどうやって登用されたんだろうか」
男は城内ですれ違う他の役人たちを、興味深そうにぎょろぎょろと観察しながら歩いている。時代に選ばれた己の僥倖が、足取りを更に軽くさせる。

俺がこの世の中をそっくり変えてやるさ。男は、今までの人生では感じたことのないような使命感に燃えていた。


しかし、男は知る由もない。
新入りは幾分増えたが、王をはじめ、幹部の面子が以前と全く変わっていないことに。

(了)

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